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ジルバーが持ち帰ったもの

魔女様のお話しはとても面白くて、気がつけば日が傾き始めていた。


「けっこういい時間になってきたわね。こんなに長く話したのは久しぶりだわ」


「魔女様って、本当にいろいろと知っているんですね」


「だてに長く生きてないのよ。あなたはまだ若いんだから、これからの人生を楽しまなきゃダメよ。この程度の怪我で人生を諦めるなんてもったいないわ」


「そうですね。魔女様のおかげで、元気が湧いてきました」


「それはよかったわ。私は一度戻ってまた来るからまた後でね」


「はい、わかりました」


魔女様は黒いコートをフワリと羽織る。

私も赤いコートを羽織って、魔女様を家の外まで送る。


「ジルバーの話、また聞かせて下さいね」


「もちろん。まだまだいっぱいあるから、楽しみにしててね」


魔女様が手を振りながら、森の中へと入っていく。

私も手を振り返しながら、見えなくなるまで見送った。


魔女様が見えなくなった後も、私は家の前にいた。

立っているのはちょっと辛いので、近くにあった小ぶりの岩に腰掛ける。


空はわずかに赤みが増している。

視線を少し下げれば、森の木々によって空が見えなくなる。

風が少し冷たいが、今はまだもうちょっとだけ、ここにいたかった。


そんなふうにしていたら、森の中からジルバーが出てくるのが見えた。

手を振ると、向こうも気がついていたようで手を振り返して来てくれた。


ジルバーは手にウサギを三羽下げてた。

傷が見当たらず、まだ生きているようなので、罠にかかっているのを捕まえてきたのだろう。

ウサギを捕まえる程度の罠なら、ハンターは食料確保のためによく設置している。

たぶんそれを見たことがあるのだろう。

設置した罠の場所を忘れてしまうバカモノや、設置したまま回収しないで放置するオロカモノがいると、お祖父さんが怒りながら教えてくれたこともある。


ジルバーはウサギの他にも、意外なものを持って……いや、背負っていた。

一抱えはある大きな(かめ)背負子(しょいこ)に乗せている。

慎重に歩いているみたいなので、中身がたくさん入っているのだろう。


立とうとしたら座っているように手で示(ジェスチャー)されたので、お言葉に甘えてそのままで声をかけた。


「ジルバー、それ重そうね。何が入っているの?」


「まじょにたのまれたやつだ。森のくだものでつくった、さけがはいっている」


「さけ?お酒なの?そんなのどこで買ってきたの?」


お酒は、領主様の蔵でしか造られていないはずだ。

茶色くて泡立つ、苦い飲み物。

ハンターたちはみんな飲んでいるけれど、私は少し苦手だ。

お父さんには大人の味だからなと言われたけれど、何年かするとその味がわかるようになるとは、私には思えない。


もちろん造り方も知らない。でも、時間と人手がかかると聞いたことがある。

だから領主様が大きな酒蔵を管理して、この森周辺の村で飲むビールの全てを造らせているらしい。

そんな風にして、たくさん造るから安い。

安いのだけれど、それを人前に出たがらないジルバーが買ってくるとは思えなかった。


そんな私の疑問に、ジルバーはごく普通な様子で答えた


「これは、おれがつくったんだ」


「造った?お酒を?ジルバーってそんなこともできるんだ。すごいのね!」


「そんなにすごくない。はじめは、ぐうぜんだったんだ」


「偶然?お酒って偶然できるようなものじゃないと思うんだけど」


「ぐうぜんできる、さけもある。みなみの森には、【さる】がいるんだ。にんげんをちいさくして、けぶかくしたような獣だ」


さる?

たしか、私の家がロットカッパーを名乗ることになった御先祖様が倒したのが、その【さる】の魔獣たちだったはずだ。人間よりも強い力で、人間よりも上手く武器を扱っていたらしい。


ジルバーの言う【さる】は、ただの獣のようだけれど、それでも人間のように道具を使ったりするのだろうか?そしてお酒まで造ってしまえるくらい、頭がいいのだろうか?


「その【さる】は、じぶんの食べ物を、いろんなところにかくすんだ。木のうえにいるから、木のうろ(・・)にかくすのが、いちばんおおい。それで、あまい実を木のうろ(・・)にかくして、そのままわすれるときがある。あまい実はすぐにくさって、あまいしるが、そこにたまる。それがすごくあとになって、さけになることがあるんだ」


「その【さる】は、木の(うろ)でお酒をつくっちゃうの?」


「ぐうぜんできるんだ。おれがそれをみつけて、まじょにみせた。そしたらまじょが、いまのことをおしえてくれたんだ。それからまじょが、もっとほしいといったから、みなみの森をさがして、【さる】をみつけて、さけがどうやってできるかを、よくみてみた。それから、それをまねして、じぶんでつくるように、なったんだ」


「へええ。ジルバーって本当にすごいんだね」


「だから、すごくない。ぐうぜんだったんだって」


「ううん、絶対にすごいよ。普通は偶然できたお酒を探すだけのはずだよ。自分で造ろうなんて考えない。でもジルバーは、見て、考えて、やって、それが上手くいっちゃったんだから、とってもすごいんだよ」


「そうかな?」


「うん。絶対にすごい。私が保証するよ」


「……ありがとう」


ジルバーが、はにかみながら言った。

真面目で、少し硬いイメージがあったジルバーのはにかみは、なんかもう、とてもすごくカワイかった。


私が微笑みながらも心の叫びを表に出さないように必死に堪えていると、ジルバーが気分を切り替えるように言った。


「よし、じゃあこれをおいてくるから、そしたらゆうしょく(・・・・・)にだす、このウサギをしめよう」


「そう?じゃあ私もそれを見てていい?」


「べつにいいぞ。でもはぎとりは、ノインのほうがうまいかもしれないな」


「そしたら、私が教えてあげるよ」


「ははっ。そのときはたのむ」


ジルバーは笑いながら、家の中へと入っていった。

そしてすぐにお酒の入った大瓶を置いて、ウサギだけを持って外へと出てきた。


「じゃあちょっと、いどうしよう」


ジルバーが手を差し出してくれたので、それにつかまって立った。


「近くに水場があるの?」


「ああ、ある。そこに、みちがあるだろ?あのさきに、ちいさなかわが、ある」


ジルバーに手を引かれながら、家の横にある道を進んだ。道はすぐに下り坂になり、ジルバーが言った通りの小川が下った先にあった。


私はジルバーの手から離れると、河原の岩に手をついた。

ジルバーは、ウサギの一匹を平たい石の上で押さえつけると、ナイフをウサギの首筋に当てた。


「違う」


「えっ?」


「それじゃあダメよ。ウサギはそうじゃなくて、お腹からバッサリいくのよ」


「えっ?こうか?」


「違うわ。ちょっとかして」


岩から離れて、ジルバーの横にしゃがみ込む。


「あの、ノイン?」


戸惑ったジルバーの顔を見て、我に返る。

しまった。またやってしまうところだった。

他人のダメなところが許せなくて、自分ならもっと上手くできると、横から手を出してしまう。

それが悪い癖だと、この前に反省したばかりではないか。


「ご、ごめんなさい」


急いで立ち上がろうとして、足に痛みが走る。


「あっ」


「危ない!」


ふらついたところを、ジルバーが抱き留めてくれた。


「あ、ありがとう」


「きにするな。それと、やっぱりさばき(・・・)かたをおしえてもらえるか?」


「え、私はいいけど、ジルバーはそれでいいの?」


「ああ。おれは、ハンターのやりかたを、しりたい。ノインは、おれがしってる、ただひとりのハンターだ。だからノインに、おれはおそわりたい」


間近で見たジルバーの顔は、やっぱり真面目そうで、キレイな目をしていた。


「……わかったわ。そのかわり厳しくいくから、覚悟してよね」


「ああ、それでたのむ」


私は笑って、ジルバーも笑った。

そして、日が暮れるまでの短い間に、ウサギのさばき方教室が始まった。

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