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ノインとジルバー

明るさを感じて、目が覚めた。今日はちょっと寝過ごしてしまったみたいだ。

小さい頃からずっと日が昇る前に起きていたので、こんな明るい時間に起きたことは今までなかった。

目に映るそこは、見慣れない部屋。部屋の中を見回すと、テーブルとイスと棚だけのあっさりとした内装。

夢の気配が遠ざかるとともに、頭がはっきりとしてくる。


「そっか。ここはジルバーの家だったっけ」


伸びをして眠気を飛ばすと、右足に軽い引きつりを感じた。


「いたっ!忘れてた」


ベッドに腰掛けるようにして足を見ると、傷はやはり赤かった。


「でも昨日よりは治ってる気がするかな?そんなに痛くなかったし」


触らないようにして服を着直し、靴を履いた。

立ち上がる時に痛みがあったが、歩くのは問題なさそうだ。


「お腹空いた。昨日はほとんどスープだったものね。今日はもっと歯応えがあるのを食べたいなあ」


つぶやきとともに、お腹が小さく鳴る。

実はさっきから美味しそうな匂いが漂ってきていて、たいへん困っているのです。


壁に手をつきながら、美味しそうな匂いのする方へ進んでいく。

昨夜と違って家の中がよく見える。

部屋の窓から入る光はとても明るく、廊下も暗い感じはしていない。

家の入り口も開けられていて、下に着きそうなくらい伸びた(すだれ)がかかっていた。


美味しそうな匂いは出入り口の横にある部屋から漂ってくる。

短めの簾をくぐると、広めの部屋の中央にテーブルと椅子があり、その奥に(かまど)と流しがあるのが見えた。


その竃の前で、フードをしっかりかぶったジルバーが料理をしていた。


「ジルバー、おはよう」


挨拶をしたけど、返事はない。

竃を見つめて、何やらぶつぶつと言っているのが聞こえる。


「ジルバー、どうしたの?」


イスに手をつくと、カタンと音がした。その音で、ジルバーが勢いよく振り返った。


「ノイン、いつからそこに⁉︎」


「今来たところよ。ジルバーったら、私がおはようって言っても気づいてくれないんだもん」


「ごめん、ちょっとかんがえごと、してた」


ジルバーはテーブルにやってくると、イスを引いてくれた。


「ありがとう。お世話になりっぱなしでごめんね」


「きにするな。ノインはおきゃくさま、だからな」


「ところでそれ、どうしたの?」


見上げたジルバーの顔には布が巻かれていて、目だけしか出ていない。

ジルバーは視線を逸らして、言いにくそうに頬をかいた。


「おれのかお、……その、こわいだろうと思って」


「全然怖くないよ。むしろ私はカッコイイと思うよ。こんなにいろいろしてくれているんだもの。貴方がとても優しい人だということは良くわかっているわ」


「……そうか。でも、おれが、おちつかない」


ジルバーは背を向けて、竈の前へ戻った。

その背中がなんとなく寂しそうに見えて、私は口を開く。


「ジルバー、あのね……」


「あさめし、もうできてる。すぐにならべるから、待ってろ」


ジルバーが急に元気な声を出して、遮られてしまった。

私がしゃべる間もなく、あっという間に料理がテーブルの上に並べられていく。


「スープは昨日とおなじものをつくった。まだなべにのこってるから、食べたかったらいってくれ。あと、おかゆ(・・・)もつくってみたから、だいじょうぶなら食べてみてくれ」


ジルバーは説明をしながらテーブルと竈を行き来する。その間も私と目を合わせようとはしなかった。


料理が全てテーブルの上に揃い、ジルバーがイスに座る。

胸の前で手を組んで、料理への感謝を込めてお辞儀をする。


「いただきます」

「いただきます」


ジルバーの作ってくれた料理は、やはり美味しかった。

スープは熱めだったので、ふーふー息を吹きかけながら冷まして飲み込む。

暖かいものが喉を伝わり、お腹の中へと落ちていく。


ジルバーの方を見ると、なにやら一口ごとに変な動きをしていた。

顔を覆った布を中途半端にずり下げて、一口食べては布を戻し、また布を下ろして一口食べるということをやっている。


「ねえジルバー、それって食べにくくないの?私は全然気にしないから、普通に食べたらどうかな?」


「きにするな。おれは、これでいい」


そう言いながらスプーンを口元へ持っていくが、布を下ろすのを忘れてスープが布についた。


「ほら、その布汚れちゃってるよ。ジルバーこそ気にしないでいいから、その布取りなよ」


「こんなの、あとであらえばいい」


「ねえ、ジルバー。どうしてそんなにその顔を見せたくないの?私はジルバーのその狼の顔、嫌いじゃないよ」


狼の顔、というところでジルバーは顔をしかめたが、すぐに表情を消して視線を落とした。


「おれは、みてのとおりの、魔獣だ。わからないけど、たぶんそうだ。

 まじょにあうまえは、けものとおなじように、いきてきた。まじょにあって、おれは、けものでも、ひとでもないのだと、おしえられた。おれはひとと森をきずつける、いきものだと。

 それから、おれはがんばって、森をきずつけないようにしてきた。おれがひつようなだけ、ほろぼさないように、ころしすぎないようにしてきた。

 森は、ずっとここにある。おれが森をきずつけなければ、森もおれをきずつけない。

 でもひとは、そうでないかもしれない」


「そんなことないよ!ジルバーが味方だってわかれば、きっとみんなわかってくれるよ!」


「いや、それはない」


ジルバーが顔を上げ、私の目をじっとのぞきこんできた。


「ひとは、ケンカする。狩りのしかた、えもののわけかた、どんなちいさなことでも、みんなおなじにはならない。

 だから、ノイン。きみがおれをうけいれてくれたとしても、ほかのひとは、そうしないだろう」


「で、でも、ジルバーはシャーディックを倒してくれたじゃない。それを言えば、ハンターのみんなは歓迎してくれるはずだよ」


「もしそうだったとしても、ハンターじゃないひとは、おれをおそれるだろう。だからおれはひとのいるところへはいけない。ノインも、魔獣にたすけられたというと、こわがられるか、きらわれる」


そんな、そんなことない。そう言いたいけど、言えない自分がいる。

ハンターにとって魔獣はすぐに殺さなければいけないもので、仲良くしようなんて考えは絶対にない。

私はジルバーのことをよく知っているから、彼が悪者ではないと知っている。でも、他のハンターはそうではない。


「私は、ジルバーと仲良くしたい。でも、それは無理なの?」


「おれは魔獣で、ノインはひとだ。ノインは、けががなおれば、むらへかえるだろ。むらへかえれば、ほかのひととくらすんだ。魔獣となかよくしてはいけない」


ジルバーはそれだけ言うと、食事を再開した。

今度は布は下ろしたままだったけど、外してもいなかった。


「……ごちそうさま」


私はもう何も食べたくなくなった。

スプーンを置くと、イスから降りて出口へ向かう。


「ノイン」


「ごめんねジルバー。私、部屋へ戻っているわ」


足が重かった。

走ってもいないのに、傷がずきずきと痛んだ。

そして私の胸も、なぜが同じように痛かった。

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