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戦闘後


やっぱり抱えながらだと歩き辛かったようで、少し進んでから背負ってもらう。

私もこっちの方が落ち着く。

抱えられるのは物語のお姫様になったみたいで、なんだかくすぐったい。

私はただのハンターなんだから、このくらいがちょうどいいよね。


ジルバーの背中は、お父さんみたいに広かった。

あれだけの戦闘をした後なのに、まだまだ元気そうだ。


ハンターは追ってきてないので歩いている。

揺れると足の怪我にひびくので、歩いていたもらったほうが私もありがたい。


負ぶってもらっているので、なんとなく暇を持て余している感じ。

黙っているのももったいないから、気になっていたことを聞くことにした。


「ねえ、ジルバーは、いつからこの森にいるの?」


「うん?3年……くらいまえからかな」


「なんでこの森に来たの?」


「それが、気がついたらみなみの森にいた。森のなかをあるいていたら、まじょにあった。いろいろあったけど、この森のことをおしえてくれた。あのすみかも、まじょがくれた」


「へえ、あの家は魔女様にもらったんだ。なんとなく魔女様の家っぽいなって思ってたんだ」


「そうだな。でもおれがもらったときは、そうこになってたぞ」


「そうこ?あ、倉庫ね」


「そうだ。そうこ、倉庫」


ジルバーは、倉庫倉庫と繰り返して発音を確認してる。

私たちの言葉を知っているけれど、まだ使い慣れていないのだろう。

だとしたらジルバーは今までどうやって生きてきたんだろうか?


「この森に来る前は、どこにいたの?どんなことをしていたの?」


「……おぼえて、ない。おれは、おれがなんなのかわからない」


「あ、ごめんなさい。変なこと聞いて」

「いや、きにするな。おれはきにしてないから」


かぶせ気味に否定してくる。

ジルバーが最初に魔女様に会っているのなら、彼が魔獣だってことは知っているだろう。

それでもジルバーに私のことを任せたってことは、やっぱり彼は普通の魔獣と違って信用できるってことだろう。

魔女様が決めたことだから、大丈夫だよね。


そんなことを考えていたら、黙っているのを別な風に捉えたのだろう。

ジルバーが気分を変えるように、大きめの声で言った。


「おれはこの森が好きだ。獣も、きのみも、たくさんある。この森にこれてよかった」


「そうなの?私も好きよ。私の家は、お祖父さんのお祖父さんのそのずっとずっと前からこの森と一緒に生きてきたの。どう?すごいでしょ」


私が好きなものがジルバーも好きなのだと知って、嬉しくなって思わず強くしがみついた。


「そんなまえからハンターをやっているのか。森ができるまえからとかか?」


「え?森はずっと昔からあるんじゃないの?」


森がいつからあったかなんて、考えもしなかった。

ジルバーはいつできたのか知っているのだろうか?


「さあ?おれもしらない」


軽くジルバーの頭をチョップする。


「とにかく、私の家はずっとずうっとハンターをやっているの」


「ハンター一家(いっか)か。ノインの家はみんなハンターなのか」


「みんなじゃないけど、ほとんどそうだよ。私はお祖父さんとお父さんにハンターの仕事を教わったんだ」


「ノインみたいなおんなのこも、ハンターをできるんだな。おとこばかりだと、おもってた」


「あはは、私みたいなのはそうはいないよ。うんそう、珍しいのよ」


そこら辺の話をするのは恥ずかしいので、強引に話を変える。


「ねぇ、ジルバー。ジルバーはハンターになりたい?」


「ハンターに?おれは、その……」


「今日、狩りを見に行ったけど、けっこう追跡慣れしてたじゃない。もしかして、普段からよくハンター

の後ろから狩りの様子を観察しているんじゃない?」


「なんでわかるんだ!?あー、うー、その、おれも森で狩りするから、わりとよく、ハンターみるんだ。おれにきずくハンターも、たまにいる」


でもまだ見つかったことはない、とジルバーは続ける。


「おれは、その、いろいろあって、ひとのところには行けない。だから、ハンターのやり方をおぼえるには、見るしかない」


人の所へ行けない。

それはやっぱり、ジルバーの姿のことだろう。

人の言葉を話し、人に似た顔つきの獣。

森と人に災いをもたらすという『魔獣』。

ジルバーの姿はまさにそれだけれど、私は彼が人や森を傷つけるとは思えなかった。

私を助けてくれたし、守ってくれた。

魔女様とお友達だし、美味しい料理も作れる。

シャーデイックのような魔獣とは違う。絶対に違う。

だから私は、内緒話をするように囁いた。


「じゃあさ、私が教えてあげようか?」


「え?ハンターのやり方を、ノインが、おれに?」


「うん、そう。私はお祖父さんとお父さんに厳しく教わったら。それこそ耳にタコができるくらい。だからさ、基本だけなら十分に教えられると思うんだ?」


「うーん、でも、ノインはあしをけがしてるし、たいへんだろう?」


「平気よ。むしろ治るまで何もせずにじっとしている方が大変よ。自慢じゃないけど、私は落ち着きのない奴だってよく怒られたんだから」


「ほんとうに、じまんじゃないな」


「でしょう?だからさ、助けたお礼だと思って受け取ってよ。私これでも、同期のハンターよりかずっとすごいんだから」


ジルバーの背中で胸を張る。

あぶないぞと言われて前を見ると木の枝が迫って来ていたので、慌ててジルバーの頭の後ろへ退避した。

そのままくっつくと、背中の温かさが伝わってくる。


「私はさ、多分もうハンターとしてやっていけないと思うんだ。この足じゃない?傷が深いみたいで、なんかうまく動かないのよ。今日だけで何回も転んじゃった。だからさ、私がずっと習ってきたことが無駄になるのがさ、とってもイヤなの」


ジルバーの背中にいると、小さいころにお父さんに背負われた時のことを思い出す。

私がハンターになろうと思ったのも、大好きなお父さんみたいになりたかったからだ。

だからだろうか、言おうとも思っていなかったことが口から滑り出てくるのを、私は止められなかった。


「私は、一流のハンターになるはずだったの。お祖父さんやお父さんみたいに。みんなと一緒に狩りをして、森を守って生きていくつもりだった。そのために何年も頑張って、頑張って、女の子らしいことを我慢して、訓練してきた。でも、それなのに」


声に涙が交じりそうになって、それを隠したくて、大きく息を吸う。

こらえたつもりなのに、鼻の奥がツンとしてくる。

目に涙が溢れてくる。

声が、言葉がのどから勝手に出て行く。


「それなのに!私はもう、足がうまく動かないの!デコボコの道を走ることも、木に登ることも無理。縄を押さえることもできないし、泳ぐのも大変だわ。私はハンターになるしかなかったのに、それが不可能になってしまったの。ねえ、この気持ちわかる?わからないでしょ!?」


私はいつの間にか、泣きながらまくし立てていた。

ジルバーに当たるのは間違ってる。

そうなんだけれども、それでも私は言葉を止めることができなかった。


速く走れるジルバーが羨ましかった。

高く飛べるジルバーが羨ましかった。

獣を狩れるジルバーが羨ましかった。

森に入れるジルバーが羨ましかった。

私は、ジルバーが羨ましかった。


私はみっともなく泣きながら、ジルバーの肩へ拳を何度も叩きつけた。

でもジルバーはびくともしなかった。


「わかるの!?わからないの!?何か言ってよ!!」


「……わかる」


「え?」


怒鳴り声の合間にするっと差し込まれた返事に、私は動きを止めた。


「おれも、じぶんがいる、いみが、わからないときが、あった」


ジルバーの顔は見えないが、たぶん真剣な表情をしているだろう。そんな声をしている。


「そのときに、まじょにいわれた。『お前はまだ若いんだから、いくらでもかわれる。この森の中でお前はとてもちっぽけなそんざいだ。お前が何になろうと、森はきょぜつしたりしない。この森は全てをうけいれる。だから大丈夫だ』って。だから、ノインもかわれる。まだ若いんだからな」


ジルバーの言葉は、不思議と私を落ち着かせてくれた。

まだ呼吸は治りきってはいないけれど、涙は止まった。


つっかえそうになる喉をなだめながら、ゆっくりと質問する。


「……私は、ハンターにならなくても、生きていけると思う?」


「大丈夫だ。ハンターってりょうりもさいほうもできなくちゃ成れないんだろ?それをつかったしごととかあるだろ。なんだったら、お嫁さんになればいい」


お嫁さんになればいい。


その言葉を聞いて、反射的にジルバーの頭を叩いてしまった。


いてっ、という呟きが聞こえたが、怒ってるということを示すために頬を膨らませる。


昔から、周囲のみんなに言われてきた。


『女の子はハンターなんかになるより、お嫁さんになればいい』


その度に私は馬鹿にされているような気がして、無視していた。

今回もちょっとムカッと来たけど、でもなんとなく、それもありかなとも思えた。



それからいくらも経たないうちに、ジルバーの家にたどり着いた。

気分はもうすっかり落ち着いている。

泣いていたことを思い出して、怒っていたことが吹き飛んでしまった。

さっきのお嫁さん発言も、もしかしたら彼なりの気遣いだったのかもしれない。


そんなことを考えていたら、入り口で降ろしてもらうつもりだったのに、部屋の前まで運ばれてしまった。

私は部屋の入り口でなんとか降ろしてもらい、ジルバーを見上げた。


「今日はいろいろありがとうございました。無茶なお願いを聞いてもらったり、助けてもらったり……あとは愚痴を聞いてもらったり、ほんといろいろしてもらっちゃったね」


「おれのほうこそ、ありがとう。まじょにノインをひとりにするなって言われてたから、ノインがいくっていわなかったら、おれも見にいけなかった。あと、こわいおもいをさせて、ごめん。あれはおれのしっぱいだった」


「いいのよ。助けてもらったんだし、それに魔獣も退治してもらったんだから、ジルバーが謝ることなんてないよ」


「いいや、おれのしっぱいだ。だから……」


「だから気にしないでって言ってるの。おあいこよ。もう夜も遅いから、話すのは明日にしましょう?」


「そうだな。じゃあきょうは、おやすみ」


「あ、そうだ」


しまった。

一番大切なことを、今の今まで忘れていた。


「なにかあったのか?」


「うん、さっき拾ったの。これ、ジルバーのでしょ?」


人の顔の形をした皮を、ジルバーへ手渡す。


「うん?……え、これ……あれ??」


ジルバーはそれを見てから、慌てて自分の顔を触って確かめた。


「しまった、あのときシャーディックにやられたのか!え、でもノインはおれのかおを、え??ノイン?」


人間っぽい狼の顔が、理解できないという表情をする。

これは、なかなかかわいい。


「じゃあ、私寝るね。おやすみ」


「え?あの、ノイン?」


ジルバーの声を背にしてベッドへたどり着くと、振り返らずに布団に潜り込んだ。

部屋の前で戸惑っているジルバーの気配を感じながら、私は目を閉じた。

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