表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/61

浄化の炎

◇◆


メッサーは木の裂ける音を聞いた。

作戦は上手く行ったようだ。

周囲のハンターたちは小さく歓声を上げるが、メッサーはそれには構わずに広場へと歩き出す。


作戦はこうだ。

まず、遠巻きに魔獣を監視し続け、その通り道にいくつもの罠を仕掛ける。

罠で足止めをしつつ矢を射かけ、少しずつ魔獣の体力・気力を奪う。

そして頃合いを見計らって、深く掘った落とし穴へ誘導する。


弱っているとはいえ、相手は知恵のある魔獣だ。

さんざん罠で痛めつけられた後なら、なおのこと怪しい場所には近づかないだろう。

そこで囮役を用意する。


足の速い囮役は、落とし穴の中央に渡された木の板の上を走りぬける。

後から来た魔獣がそのまま落とし穴に落ちれば良し、もし囮役と同じように木の板の上を渡ろうとしても、その体重から木の板を踏み抜くことになる。

また例え落とし穴に気がついたとしても、魔獣が迂回している間に囮役は遠くまで逃げることができる。


囮役が逃げ切れれば、あとはまた罠と弓矢の繰り返しだ。

時間がかかるだろうが、狩ることはできるだろう。


他の獣は魔獣を恐れるため近寄ってはこないが、森の中を走り回られては偶然出くわしてしまうこともあるだろう。

リスクを少なくするためには、是非ともここで落とし穴に嵌めておきたかった。


周囲のハンターたちと共に、獣道を早足で進む。

追跡・襲撃部隊の一部は夜目の秘薬を使っているが、一度に作れる量が少なく日持ちもしないため、指示を出すだけのメッサーは使ってない。

そのため、光源のほとんどない森の中を走るのは危険である。

それでもシャーディックが進路上の枝葉を蹴散らしていたので、普通よりかは幾分進みやすくなってはいた。


メッサーたちが広場に着いて最初に目にしたのは、穴の淵にしがみついている若いハンターだった。


彼はノインと組んでいたパーティーの1人で、この最後の罠にかけるための囮役に自ら志願してきた。


「オレがあんなことを言って追い出さなければ、ノインは魔獣に襲われることはなかったんです。だから魔獣を狩る手伝いをさせて下さい。あいつに謝るチャンスを下さい!」


彼は真剣な顔でそう言った。

今回の狩りにおいてとても重要な役目を、そんな個人の思い入れだけで任せることはできない。

しかしメッサーは、彼についての評価を他ならないノインから聞いたことがあった。


曰く、「まだハンターとして全然なってないわよ。でもひとつだけ褒めるところがあるとしたらそれは、逃げ足がとっても速いことね。見切りも諦めも速いけど、そのおかげで怪我が少ないのも確かなのよ」


そう笑顔で言っていた。


狩りとは、生きるために行うことだ。

食べるために狩り、守るために狩り、救うために狩る。

その過程で命を落とすのは本末転倒。

そして今回の狩りもまた、人と森に害をなす魔獣を退治するためのものだ。


だからこそ、彼を採用することにした。

無駄な攻撃をしないことを言い含め、地面に置いた板で練習をさせた。

全ては死人を出さないために。


メッサーの姿を見つけると、彼は情けない悲鳴を上げた。


「た、助けて下さい。つかまる、つかまっちゃう!」


急いで他のハンターと共に駆け寄り、彼を穴から引き上げさせる。

興奮のためか息は粗いが、どこにも怪我はなさそうだ。


足に爪がかすったと指をさしているが、服も靴にも傷はない。


「よくやった。後は私たちに任せて、君は休め」


「あ、はい。お願いします」


立とうとしたようだが、どうやら腰が抜けているようだ。

他のハンターたちに両脇を支えられ、森の奥へと連れて行かれた。


メッサーはそれを見送ってから、穴の淵に立って中を見下ろす。

そこには、瞳に怒りを燃えたぎらせた、クマの魔獣がいた。


「デメ、アアン、ゴラア!」


口角に泡をにじませながら、魔獣は威嚇の声を出す。


「初めまして、シャーディック。調子はどうだい?私は君の狩りの指揮を執っているメッサーという者だ。君が私の娘を傷つけたらしいが、それはまあいい。あの子もハンターの端くれだ、覚悟はしてあっただろう」


「ッゼゴラ!ロッスゴ、ラア!」


理解できない言葉をわめく魔獣に眉をひそめる。

魔獣は人の言葉を理解し、時には話すこともできるはずだ。

しかしこのシャーディックは、怒りのためかそれとも話すつもりがないのか、ただただ怒鳴り声のを発するだけだ。


それでもメッサーは話を続けた。


「さて、ここからが本題だ。君の命はここで終わることになる。君は自分が生きるために今まで散々殺してきたのだろう。その順番が回ってきたというだけだ。ただ、こちらの条件を聞くならやめてもいい」


周囲のハンターが驚いたようだが、メッサーはシャーディックから視線を動かさない。


「条件は2つ。1つは君はもう人を殺さないこと。そしてもう1つはすぐにこの森から去ることだ」


シャーディックはそれを聞いて牙をむく。


「アッケンナ!シルカ、シネオ!」


言葉が理解できているかはわからないが、どう見ても了解も納得もしていない。

それどころかなお一層激しく吼えたててくるのを見て、これ以上は無駄だと悟った。


「そうか、交渉は決裂だな」


メッサーが手を上げると、追跡・襲撃部隊のハンターたちは広場から出て行った。

そして彼らと入れ違いに、何人ものハンターがやってくる。


彼らは無言で穴を囲み、それぞれが最後の仕上げの準備を始める。

穴の周囲を囲んだハンターたちが、つぎつぎに壺を投げ入れる。

壺は穴の中やシャーディックに当たると割れて、中の液体をばら撒いた。


シャーディックはそれを受けて、嗅ぎ慣れない匂いに鼻をひくつかせる。

それは草や木の実から絞り出した油であった。


メッサーは懐から種火を取り出し、松明へと火をつける。


松明は穴の周囲を囲むハンターに順に手渡され、それを使ってさらに新しい松明が次々と火を灯していった。

そしてメッサーへ松明が戻ってくると、それを高く掲げた。

周囲のハンターたちもそれにならった。


「森に生まれし不浄なる魂よ」

『森に生まれし不浄なる魂よ』


「我らはお前を森へと返す」

『我等はお前を森へと返す』


「その毛皮は灰となり」

『その毛皮は灰となり』


「その血肉は土となり」

『その血肉は土となり』


「いずれは森の恵みとなるだろう」

『いずれは森の恵みとなるだろう』


夜目の秘薬を使った者たちは森の奥へ隠れてその様子を見る。


夜目の秘薬は、光量の調節をする光彩を一時的に開きっぱなしにする効果を持つ。

夜の森のを進むのには便利だが、そのせいで火を直接見ることはできなくなる。


本当ならば遠目だとしても見ない方がいいのだが、その近くにいた全てのハンターは目が離せなかった。


「森に生まれし者よ、今、森へと帰るがいい」

『森に生まれし者よ、今、森へと帰るがいい』


メッサーとハンターたちは、松明を一斉に穴の中へと放り込んだ。


次の瞬間、穴の中から火柱が立ち上る。

火柱は穴の中で踊狂い、中にいるシャーディックの狂乱を連想させた。

実際穴の中からは、絞り出すような悲鳴が響いてくる。


穴の周囲にいたハンターたちは、火の勢いに押されて穴から距離をとったため中の様子は見れない。

だが、この悲鳴はすぐに止むと信じて疑わなかった。


残酷かもしれないが、魔物は普通の生物よりも生命力が強く、頭を切り離す・心臓を貫くなど確実に止めを刺さなければ生き延びてしまう。

瀕死の獣は通常の何倍も恐ろしいものとなる。

だからここで、一気に殺さなければいけないのだ。


数分後、火柱が少しだけ小さくなった。

穴の中の悲鳴はもう聞こえない。

広場のハンターも、その周囲の森にいるハンターも、全員が獲物とその魂の冥福を祈った。


人を傷つけ、森を荒らした魔獣とはいえ、森に生きた者への敬意を忘れてはならない。

それは同じく森によって生かされている者としての礼儀だからだ。


誰かが小さくつぶやいた。


「これで終わったんだな」


その言葉に、広場にいた者たちが安堵のため息をつく。


その時、地響きがした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ