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時を繋ぐ回廊

「そうかぁっ!」

 ドルチェの森でセレンと別れ、皇子達と港町ヴェラートへ向かう馬車の中でクィーゼルが唐突に叫んだ。

「んぁ?」

 目を丸くしたニリウスに、クィーゼルは得意げに笑んだ。

「あたしさ、一度だけグリーシュの本邸の時止まり回廊に忍びこんだ事があるんだ。後でおふくろにばれて尻引っぱたかれたんだけど。回廊からしか入れない、誰かの書斎みたいな部屋があってさ」

 クィーゼルの話を聞きながら、エルレアも昔見た時止まりの回廊のことを思い出していた。

 あの時、誰か……

 自分を誘うように部屋に入っていった少年を、確かに見た。

 それはセレンだと思っていたが、翌朝のセレンの反応から考えるに違うだろう。

「そこに飾ってあった夫婦の肖像画が大奥方と旦那だって聞いたんだけど」

「大奥方……お祖母様か」

「あぁ。カトレア妃とソリスト皇子ってこと」

 ソリスト皇子。

 グリーシュの娘カトレアと結婚した皇太子で、養母ハーモニアの父であり、そして自分……グリーシュに貰われる前に一緒に暮らしていた自分の父親でもあると伝えられた失踪した皇子。

 エルレアは暗闇の中でキャンドルに照らされた肖像画を思い出していた。

 妻の手を恭しく取った優美な青年は、誰もが虜になってしまいそうな笑顔を浮かべていた。

「いや、セレン坊がその皇子に似てきたなぁって。奥方も“エルレア”も皇子に似てるけど、なんていうか……あー、あれだ、姫と一緒の時とかに、セレン坊も男なんだなぁと思う時がたまにあるんだよ。たまにだけど。その時のセレン坊の雰囲気が、どこかで見たことある気がしてたんだ」

「それが肖像画のソリスト皇子だったと」

 エルレアの言葉に、クィーゼルは大きく頷く。

 エルレアは静かに思考を巡らせた。

 空が光った瞬間、その肖像画のある部屋へ入っていった少年。

 セレンによく似た……あの少年は。

 いや、だとしたら、自分をあの書斎らしき部屋に招き入れた目的は。

「エルレア嬢、気をつけてあげなさい」

 話に耳を傾けていたシンフォニーがエルレアの方に身を乗り出し、形の良い顔に悪戯っぽい笑みを浮かべ、声をひそめて言った。

「伯父上は女性によくモテるかたで、婚礼前は数々の浮名を流しておいででしたから。セレンに伯父上のような色男の片鱗があるとすれば」

「兄さん。……気にしないで、エルレア」

 スウィングは兄を止めるように鋭く声を発した後、エルレアに気遣うような視線を投げた。

 だがエルレアの方はソリスト皇子の色男振りを語られても、自分が覚えている頑固で冷たい雰囲気の父親と結びつかず未だ他人の話にしか思えない。

 妻が二人居て、それぞれに複数人子供をもうけているという事実だけで隅におけない人のような気もするのだが。

(カトレア……父の前の妻……時止まりの回廊を愛した人)

―――この顔が憎い。

 はた、と気がついてエルレアはかすかに息を呑んだ。

「しかし不思議ですね、元々エルレア嬢は伯父上似だろうとは思ってましたが、正直な所、肖像画の伯父上とはあまりに纏う雰囲気が違っていました。ですが湖の上の伯父上の姿を見てからは、よく似ていると思うんです。セレンは、宮廷に居た頃の伯父上に似てきているんでしょう」

「どっちもソリスト皇子じゃねーか」

「そう、どちらも伯父上です。ですが、シャルルが湖の上の幻影を伯父上だと最初信じられなかったように、生きる世界が違えば同じ人間でも顔が違って見えるものです。面白いじゃないですか、貴方達姉弟は、まるで伯父上の栄光と苦難の人生をそれぞれ表したような面立ちをしている。それでいて本質は非常に近いんでしょう」

「シンフォニー様とスウィングのように?」と無表情にエルレア。

「……」

「……」

「エルレ」

「私とスウィングの本質が近い、と? ふふ、何故?」

 スウィングを遮ってシンフォニー。どうやら話のなりゆきを楽しんでいるようだ。

「お二人の人当たりがいい顔や柔らかい物腰を信用してはいけない」

 これにスウィングは青ざめ、シンフォニーは顔を背けて笑いを必死に堪えた。

「私はともかく、スウィングは一体どこで株を落としてしまったんでしょうね」

 そしてシンフォニーはさらりと付け加えた。

「エルレア嬢、スウィングは私ほど無責任ではありませんよ」

 エルレアは何かを察したようにスウィングを見た。

「すまない、いつも信用してない訳ではない。スウィングは、頼りになるし、優しいと思う。ただたまに、どうしても掴めないと思う瞬間があって、困るから」

 いつものエルレアらしくなく、言葉を必要以上に慎重に選ぶように、切れ切れに発される声。

 エルレアの顔からわずかな狼狽の色が読み取れた時、スウィングの心臓は跳ねるように高鳴った。

「いいよ」

 参った、というような口調で言った後、スウィングは少し照れたように笑った。

「分かってる」



 一連の会話を同じ馬車に乗っていた面々が聞いていない訳も無く。

(“どうしても掴めないと思う瞬間”ねぇ……それって素直になれない系男子の意地悪って奴じゃねぇの? そりゃ第一皇子のとは種類違うわなぁ)

(それにしても嬢さんがそんな風になる相手が……)

(待てよ、姫は第一皇子を諦めるって言ったよな……ってことは……まぁそんなの、どうにでもなるか!)

(なんにせよ)

(いい雰囲気じゃねぇのー!!)

 グリーシュから来た召使二人は、緩みそうになる口元をこっそり引き締めていた。



 馬車の窓から見える外の景色を見ながら、エルレアは先ほどのシンフォニーの言葉を思い出していた。

 ソリスト皇子に似ていると言われたセレンと自分だが、未来はどうなるか分からない。

 外見も内面も人は成長し、絶えず変化するものだ。

(私もこのままでは居られない)

 向かい側に座る少年をちらりと見て、押し寄せる変化の予感から逃げるように再び外の景色に目を移す。

 まだ。

 この“回廊”の扉を開けて外に出て行くのは怖い。

 時を進めてしまったら、自分が自分でなくなる気がする。


 でも彼が。

―――「いいよ。……分かってる」

 さっきのように、また扉の外から手を差し伸べてきたら。

(私はあと何度……その手を無視できるだろう)

 不安と少しの後悔と慣れない高揚感が、エルレアの心に静かに渦巻いていた。

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