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訪れる未来とそれぞれの心

 透明な朝日が差し込む中、えぐえぐ、と小さい子供が近くで顔を伏せて泣いている。

 その頭に手を伸ばして撫でてやると、子供は顔を上げて、パッと笑顔になった。

「姉様!!」

「……セレン?」

 そこでようやく義弟だと分かった。

 自分の部屋の自分のベッド。

 あの時止まり回廊の出来事は夢だったのだろうか?

「どうしてここに……?」

「セレン、大声を出さないの。お姉様は起きたばかりなんだから」

 たしなめるその声に驚いて、エルレアは頭を巡らせた。

 椅子からゆっくりと立ち上がり、こちらに近づいてくる女性。

「お養母様」

「おはよう。気分はどうかしら?」

 どう答えたものか悩んでぼんやりしていると、ハーモニアの手がエルレアの額に当てられる。

「熱は無いみたいね。廊下で寝てしまっていたの、覚えてる?」

「え……いいえ」

「酷い嵐だったから目が覚めてしまってもおかしくないわ。“昨日は少し怖かったわね”」

 何気なく呟かれた言葉に、エルレアはハーモニアをじっと見てしまう。

 ハーモニアはその視線を受け止め、安心させるように微笑んだ。

 そしてセレンに目を移す。

「あなたが目を覚まさないんじゃないかって、変なことを言うのよ、この子」

「だってお母様、姉様、とても眠ってるだけには見えなくて……疲れてるみたいで、息はしてるのに、それも止まってしまうんじゃないかって思うくらいかすかで」

「セレン、滅多なことを言うものじゃないわ」

「だから泣いていたのか」

 セレンは恥ずかしそうに顔を赤くして、乱暴に袖で目元を拭う。

 ハーモニアはクスクスと笑った。

「姉様っ子ね。ここに朝食を用意させるわ。セレン。特別に、今日はエルレアと二人で朝のお食事をなさい」

「本当!? わぁいっ!」

 部屋を出て行こうとするハーモニアに、エルレアは「お養母様」と声をかけた。

 声をかけなければいけないと思った。

 ハーモニアは優雅に振り返り、首を傾げる。

「ありがとうございます」

「母として当然のことよ」

 その言葉に昨晩の全ての真実が内包されている気がした。


「姉様。聞いてもいい?」

 食事を済ませた後、セレンは改まった様子でエルレアの方を見た。

「何だ?」

「昨日、姉様が言いかけた、姉様の将来なりたいものは何?」

―――「私は……」

 エルレアは、セレンと合わせていた視線を少し逸らした。

「期待するようなことではない。私は、将来どこかの家に輿こし入れするだろう」

「こし、いれ?」

「嫁に行くということだ」

「!?」

 セレンは口をあんぐり開けて、目をぱちぱちさせた。

 そしてエルレアに駆け寄るとその腕にすがって叫んだ。

「嫌……嫌だ姉様! それって、姉様と会えなくなるってことでしょ!?」

「それが世の女性達の人生だ」

「相手は誰なの!?」

「まだ決まってないと思うが」

「なら僕が大人になるまで待ってて!」

 瞳を潤ませて必死に訴えてくる義弟。

 エルレアは酷く冷静に状況を分析して返した。

「大人になったら、お前は私をグリーシュ家ここに改めて閉じ込めるつもりか?」

「え……?」

「お養父様が私に縁談を用意しようとしても、お前はそれを全て破談にするという意味か?」

「ち、違うよ。血の繋がりがなければ結婚できるんでしょ? 僕と姉様の血は繋がってない。だったら、姉様と結婚することだって」

 ようやく義弟の言葉の意味が理解できて、エルレアはゆっくり瞬いた。

「セレン、一つ良い言葉を教えよう。『若気の至り』という言葉だ」

「思いつきとかで言ってるんじゃないよ! ずっと考えてたんだ。僕はいつか誰かと結婚しなくちゃいけないなら、姉様と結婚したい。僕がおじさんになっても、おじいさんになっても後悔なんてしない」

「……セレン」

 エルレアはセレンを椅子に座らせ、傍らに膝をついて見上げた。

「新しい世界を知れば、一緒に居たいと思える相手が見つかる。お前にも、私にも。私達の今の世界は、一生の物事を決めてしまうには狭すぎるんだ」

 セレンは身を乗り出してぎゅっとエルレアの首に抱きついた。

「僕を一人にしないで、姉様……」

 エルレアは息を吸いながら、目を閉じてセレンの頭を抱く。

 自分に『そういう相手』が現れるかどうかなど分からない。だが現れなくとも、養父母から縁談を勧められれば自分は拒否しないだろう。

 世話になっている身で養父母に逆らう程我が侭な人間にはなれない。

 だが、養父母の願いで屋敷を出なければいけなくなる日までは……

「努力しよう」

 誰かが自分を求めていてくれるなら。

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