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開かずのロング・ギャラリー

 窓を叩く雨音に混じって何かが聞こえることに気付いたのは、夜も更けた頃だった。

 それが女性の泣き声だと気付いた時、夢うつつだった意識が急にはっきりした。

(お養母かあ様……?)

 自分をこのグリーシュ家へ養女として迎え入れたハーモニア・ド・グリーシュは、ここ最近体調がすぐれず屋敷に籠もりがちな日々を送っている。

 聞こえてくる泣き声がハーモニアのもののように思えてならず、エルレアはベッドをこっそり抜け出した。

 ひんやりとした空気を足元に感じ、手早くショールを羽織る。

 自室の扉を開けて廊下に出ると泣き声は少し大きくなった。

 養父母の部屋へ向かいかけて立ち止まる。

 どうやら、泣き声は養父母の部屋から聞こえてきている訳ではないらしい。

 声の聞こえるほうへと誘われるように歩を進めたエルレアは、ロング・ギャラリーに通じる扉の前で立ち尽くした。

 ロング・ギャラリーは、貴族の屋敷にある様々な美術品や肖像画、書物で埋められた長い廊下のことで、通常、休憩用の椅子やテーブルが沢山置かれている。

 肖像画は一族に縁ある人物や関わった皇族のものが飾られるため、歴史の長い家ほど圧巻なものになる。

 そのため貴族の権勢を測る一つの物差しになると言われ、オルヴェルの貴族達は競い合ってロング・ギャラリーを凝ったものに作り上げているらしい。

 エルレアはグリーシュの屋敷から出たことがないため、他の貴族達の屋敷のロング・ギャラリーを直接見たことは無い。

 だが、その様子についてはグリーシュ家に保管されている書物から十分読み取ることができた。

 オルヴェル帝国の貴族になってから三千年の歴史を持つグリーシュ家にも当然ロング・ギャラリーは存在し、多すぎて飾りきれない肖像画は12の別邸のロング・ギャラリーに飾られている。

 グリーシュの本邸には二つのロング・ギャラリーがある。

 一つは、養父コーゼスと養母ハーモニアが他の貴族達に見せるために新しく作ったロング・ギャラリー。

 そしてもう一つは、開かずのロング・ギャラリーと使用人達が噂をしている、

(時止まりの回廊)

 不気味だというメイドは多いが、ハーモニアはエルレアに教えてくれた。


―――「あの回廊はね。亡くなったお祖母様……私にとってのお母様の想い出が沢山詰まっているの。誰にも見せたくないし、できれば、お祖母様が愛していた回廊の状態のまま、とっておいて差し上げたいのよ」


 宝箱のようなものだとハーモニアは花のように微笑んだ。

 そしてエルレアは今、雨音に包まれながら時止まりの回廊の手前で逡巡しゅんじゅんしていた。

 泣き声はやはり、扉の奥から聞こえてくる。

 何となく放っておけずにここまで来たが、この泣き声が養母ハーモニアだとしたら、養母は何を悲しんで泣いているのだろうか?

 中で養母を見つけたとして、自分がここに立ち入ったことを許してくれるだろうか。

 いや、まず、自分が泣いている養母に何ができるというのだろう。

 何もできず、ただ傍で見守ることしかできないだろう。

 何と話しかけるつもりなのか。

(どうかしたのですか)

(私に)

 泣き声がすすり泣きの声に変わる。

 聞いているだけで胸が張り裂けそうな、不安と恐怖と絶望が入り混じった泣き声だった。 

(私にできることはありませんか)

「お養母様」

 少し大きめに呼んだのは、この周辺には誰の部屋も無いことが分かっているからというのもあった。

 泣き声は止まず、意を決して扉の取っ手に燭台を持っていないほうの手をかけた。

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