泡沫の夢に触れた少女
「姉様は、将来何になるの?」
まだ庭園の木々が赤く染まりきらない秋の日の昼下がり、義弟のセレンは何気なく尋ねてきた。
「将来……?」
その彼より自分の方が5年ほど『将来』に近い場所に居るはずなのに、その時の自分には酷く遠い言葉に思えた。
「その、僕は多分、このまま父様の跡を継ぐことになると思うんだ。グリーシュを守って次代に伝えていくのが僕の役目だって父様に言われてるから。でも姉様は僕みたいに将来が決まってないから、どこにでも行けるし何にでもなれるんだ。姉様は何になりたいと思ってるの?」
見上げてくる義弟の瞳は、大きな期待とわずかな羨望が入り混じった色をしていた。
「私は……」
答えようとした時、強い風に髪がさらわれた。
言葉を止めて空を仰ぐ。
「……今夜は荒れるな」
東方から黒い雲が、青い空を塗りつぶすように迫ってきている。
「お嬢様、お時間です」
傍に居たメイドの控えめな声に、エルレアはセレンを見て声をかけた。
「セレン、お前も戻れ。雲の流れが速い」
屋敷の玄関に向かって早足で歩く自分の後ろに、セレンもついて歩く。
(大きくなった)
後ろから聞こえてくる足音が走る音ではなくなったのは、いつからだろう?
今はまだ小さく軽やかな音だが、やがて重く、落ち着いた足音に変わっていくのだろう。
コツリ、コツリと石畳を鳴らすのは、大きな革靴。
急ぎ足の自分を、歩幅の差で難なく追い越していく青年。
追い越された時の肩の高さの違いから過ぎた年月を思い知った時、彼は振り返って、幼い頃の面影を残した輝くような笑顔で腕を差しだした。
「つかまって、姉様」
光を弾く淡い金色の髪が揺れる。
穏やかな空色の瞳が見下ろしている。
いつか見た別の誰かに似ている気がしたが、それが誰なのか思いださせてくれる間も無く。
「……姉様?」
セレンがキョトンとした顔で見上げている。
(夢?)
少し想像が行き過ぎたのか、さきほどの白昼夢のような幻影のせいでどうやら足を止めてしまったらしい。
「ああ……いや……なんでもない」
わずかに頭を振って余計な思考を追い払うと、セレンの背中を押して歩き出す。
「行こう」
「うん!」