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『黒猫』

~地上・グレスカ




 ここグレスカは、入り組んだ地形で構成される天然の良港で、背後まで山が迫っているという地形から、歴史のある軍港としても発展していた。また、人に慣れた猫が多いことから、好事家からは猫の街としても知られている。人口が集中している地下からはアクセスしにくいということもあってか、猫好きにとっては聖地のような扱いを受けている。

 そんなグレスカに、ラビット達は居た。彼らがここに居る理由。それは観光などではなく、仕事のためだ。

 AMC特殊部隊が駆り出される仕事なんか、ろくな物はない。特に富裕層の多い地上での仕事である。間違いなく厄介な仕事になる。観光気分の抜けないラビットなんかはともかく、リンクスやナイトアイといったベテラン勢は気を引き締めるのだった。




 猫がこちらを見つめていた。

「リンクスさん、また猫がいますよ」

 ラビットとリンクスは警邏から引き返していた。今回の仕事は、イージスグループの一つである葛城かつらぎ造船の警備。この度行われる創業百周年の記念行事と新型フリゲート艦「明星みょうじょう」の進水式に合わせて、テロ組織である「地上解放戦線」からテロ予告が出ている。グループ企業に対するテロを行わせたとなれば、イージス本社の面子は円潰れである。政府の影響力が低下している昨今、巨大企業のグループに入るのは、経営的な部分もあるが、自社の防衛力の担保という側面も大きい。たいていの大企業は民間軍事企業を傘下に収めているのだから。

 閑話休題。

 これが重要な任務だということは、ミーティングの際に口を酸っぱくして言われた。それは理解しているが、ラビットにとっては初めての地上であり、初めての本物の空である。地下のくすんだ、作られた空ではなく、本物の、抜けるような青空。そして、どこまでも青い海。それだけで大幅にテンションが上がってしまい、観光気分が抜けないままであった。

「あぁ。今日だけで三匹目か。猫の街とはよく言ったものだな」

 季節は初夏。時刻は十五時。のどかな午後だ。のんびりと日なたぼっこをしている猫の姿に、さすがのリンクスも目を細めた。グレスカは坂が多い。そんな坂に昔ながらの小さな家がへばりつくように建っており―グレスカには造船所があるため、地上には珍しく労働者層も多く住んでいる―、細い路地を駆ける猫というのはずいぶんと画になる。

 これが仕事じゃなくて旅行ならな。ラビットはつくづくそう思う。こんな街に、AMCの制服は似合わない。

「ハーゼ君、お疲れさま」

 駐屯所として利用している葛城造船所有の体育館に戻ってきたとき、同じく警邏帰りの少女とはち合わせた。その後ろにはラプターがいる。

 少女はラビットよりも少し身長が高く、いかにもおっとりとした顔つきの美少女。黒い髪をお団子頭にしていて、ぽっちゃりとまでは行かないが、肉付きの良い身体だ。特にその胸元は豊満である。水着を着れば、雑誌のグラビアを飾っていても違和感はないだろう。

 ラビットの一歳上の強化人間、黒江楓子くろえ ふうこ。コードネーム「ウインド」。

「フーコにラプたんさん。そちらもお疲れさまです」

「ですからー……」

 ラプターがため息をついた。まさかラビットからも「ラプたん」呼ばわりされるとは思わなかったようだ。

「そろそろ諦めろ。可愛いじゃないか、ラプたん」

「これは自分のプライドの問題なのでありますっ」

 ラプターが唇を尖らせた。そこまで気にすることはないと思うのだが。

「ハーゼ君、地上ってやっぱり綺麗だよね。海も空も、ホントに綺麗」

「そうだね、地下じゃ見れないもんな。海も空も」

 ウインドは上機嫌である。無理もない。地下には海はなく、頭上に広がるのはくすんだ天井なのだから。

「こら、お前ら。仕事中だぞ」

 リンクスがラビットの頭をはたいた。

「え、なんで僕だけ!?」

「美少女に手を上げる訳にはいかんだろう」

 美少女と呼ばれたのが嬉しかったのか、ウインドが少し照れた。確かに彼女は美少女である。スノーといい、同級生は美少女揃いだ。まぁ、スノーは口が悪く、ウインドは人見知りという欠点があるが。

「美少女だなんて、そんな……」

「何照れてるのさ」

 ラビットは恥ずかしそうに頬をかくウインドを肘で小突く。すると、もう一度リンクスからはたかれた。

「こら、美少女に手を上げるな」

「僕にはいいんですか!?」

「ああ」

 リンクスの素っ気ない答えに思わずうなだれるラビットであった。ウインドの哀れむかのような視線が少し痛い。

 今回の作戦に参加している部隊は特殊部隊だけではない。AMCの通常部隊も二つ投入されている。故に、この体育館はAMCの制服を着た者でごった返していた。

 特殊部隊は厄介な任務に駆り出されることが多く、いわゆる汚れ仕事もこなしているが、彼らへの信頼、いや、畏怖は全部隊が共通して抱いている。そのためか、ラビットやウインドがからかわれることは少なかった。

「リンクス及びラプター、警邏より戻った」

 リンクスはそう告げて、司令部の扉を開けた。中には特殊部隊から三人、通常部隊から五人、計八人の指揮官相当の者が居る。

「ん、ご苦労さん。何か異変は?」

 ナイトアイはにこやかだ。彼は普段から温厚な性格ではあるが、今の上機嫌にはウインドの存在もあるかもしれない。彼はロリコンなのだ。

「いや、私とラビットが見た限りでは特になかったな」

「このまま何もなければ、いいお仕事なのですがねぇ」

 金色の前髪で両目を隠した女がころころと笑った。長いのは前髪だけでなく、ストレートの後ろ髪も背中まである。彼女の物腰は上品で、AMCの制服は似つかわしくない。

 マリーヤ・カプチェンコ。コードネーム「ミストアイ」。ナイトアイと同様、初期の強化人間の一人で、爆発物のスペシャリストである。

「自分らのほうも、特に異常なしであります」

 ラプターが背筋を伸ばして報告する。彼女につられて、ウインドも背筋を伸ばした。それによって彼女の豊満な胸が強調され、ラビットは一瞬だけ目を奪われた。

「他のところも特に問題はないみてぇだな。こりゃ、地上観光で終わりそうだな。いいこった」

 もう一人の男がしわがれた声で返答した。茶色い髪はぼさぼさで、顔の造りそのものは整っているものの、目の下に隈があり、頬はこけ、無精髭が顎を覆っている。それらが彼に退廃的な雰囲気を醸し出している。

 チェスター・フランシス。コードネーム「スカイアイ」。今回の作戦では特殊部隊の総指揮を担当している。彼も初期の強化人間であり、特殊部隊屈指の古強者だ。

「ともかく、ご苦労さん。また明日頼む」

「了解」

 リンクスが気だるそうに敬礼を返す。それにつられて、ラビット達三人も敬礼を返した。

 今日の警邏は終わり。今回、警邏は朝昼夜の三交替で行っており、ラビット達は七時から十五時までを担当していた。今からはオフの時間である。

「さてと、夕飯までは時間があるな。一眠りでもするかな」

 部屋から出たリンクスはあくびをしながら、宿舎として割り当てられている葛城造船の社員寮行きのバスへと向かった。体育館から社員寮までは徒歩四十分ほどである。毎日歩きというのはちょっと無理な話なので、葛城造船からバスを出してもらっており、AMC職員はそれで行き来している。

「ハーゼ君、どうする?」

「うーん、確かに夕飯まで暇だよなぁ」

 ラビットは時間を潰す術を持たない。昨日は適当にテレビを見つつ、携帯のアプリを触ることでなんとか時間を潰した。本の一冊や二冊、持ってくればよかったと、三日が過ぎた今になって後悔する。

「お散歩でもしてきたらどうですか? せっかくの地上なんですから」

 ラプターが微笑んだ。彼女はなかなかの美女である。やはり、野暮ったい眼鏡が惜しい。ひょっとしてナンパ避けなのかな、ということが思いついたが、ラプターがそんなことを考えるとは思えなかった。却下である。

「そうですねー。そうします、ラプたんさん」

 案の定、ラプターはため息。

「あ、ハーゼ君、わたしも一緒に、いいかな?」

 ウインドがおずおずと話を切り出した。別に断る理由はないので、頷きで返答。

「あ、デートでありますか?」

 ラプターがくすくすと笑う。

「いやぁ……」

「違いますよ?」

 照れるラビットに対し、ウインドは恥ずかしがらずに否定した。あ、脈はない。

 いや、ウインドは幼馴染であり、そういう感情を持ったことはない。それに、彼女に悪気はないのだろう。それでも脈がないと悲しくなるというのが男心だ。

「……ドンマイであります」

 ラビットの気持ちを察したのか、ラプターが励ますかのようにラビットの肩を叩いた。




 社員寮の玄関前。さすがに通行するのは大人ばかりで、ラビットは奇異な視線を浴びていた。なんだか恥ずかしい。

 私服に着替えてはいるものの、私服は部屋着の黒い半袖ジャージしか持ち込んでいなかったので、これまた少し恥ずかしい。まぁ、あまり荷物がかさばっても困るので、正解といえば正解だったが。

「ハーゼ君、お待たせ」

 ウインドが玄関から現れる。彼女はゆったりとしたワンピースの下にデニムの長ズボンを履いていて、体のラインをうまく隠している。ヴィクセンが言うには、ウインドは自分の豊満な身体が好きでないらしい。そういえば、ヴィクセンはそのことにやたら怒っていた。まぁ、彼女のスタイルは豊満の真逆であるので、それを持て余すウインドに怒る気持ちもなんとなくわかる。色々と危ない嗜好を持つヴィクセンのことだ。他に何か理由があるかもしれないが、それは考えないことにしておこう。

「あれ、フーコ、カメラ持ってきたんだ」

 ウインドの首には、ストラップのついた淡いピンク色のコンパクトデジカメがぶら下がっていた。ウインドはそれを持って、嬉しそうに笑う。

「奈々さんから借りたんだ。猫がたくさんいるから、写真撮ろうって思って」

 どうやらラプターの持ち物らしい。普段の生真面目な彼女からは想像できないカラーのデジカメだ。

「ラプターさん、何してるの?」

「持ってきてた小説読んでる。リンクスさんは本当に寝ちゃってるの?」

 二人は歩道を歩きだした。初夏の日差しが、街路樹の葉の隙間から注いでいる。車道を走る車は少なく、本当にのどかな午後だ。

「寝てはなかったけど、もうすぐ寝るんじゃないかな。横にはなってたから」

 ラビット達にあてがわれているのは二人部屋。本当は一人部屋の予定だったのだが、部屋の数が足りないということで二人部屋となった。まぁ、いつも通りといえばいつも通りである。

「あ、猫だ!」

 塀の上で伸びをしている猫を見つけたウインドはすかさずシャッターを切る。つられてラビットも携帯のカメラで写真を撮った。すると、もう一匹の猫がこちらにすり寄ってくる。

「人に慣れてる子が多いね。みんな餌とかあげちゃうのかなぁ」

 ウインドはしゃがみ、猫をあやす。その横顔は可愛くて、思わず写真を撮ってしまうラビットだった。

「もう、何撮ってるの?」

 携帯のシャッター音で、ウインドが照れくさそうにこちらを向いた。

「あ、ごめん。ヴィクセンさんにでもあげよっかな、って」

「け、消してーっ!」

 どんな用途に使われるかわかったもんじゃないので、ウインドは赤面しつつ大声をあげた。ヴィクセンは少年だけでなく少女も好きらしい。つくづくいい趣味をしていると思う。ともあれ、ウインドの大声で、猫は立ち去ってしまった。

「あー、行っちゃった」

 ウインドは名残惜しそうだ。ちょっと罪悪感。

「ごめんごめん。でも、今の猫、飼い猫でしょ?」

「え?」

「首輪つけてたよ。わかんなかった?」

 横から見ていたからよく見えたのだが、今の猫には確かに首輪がついていた。

「そっかー、だから慣れてたのかな」

 ウインドが猫から視線を戻した途端。


 爆発音と共に、猫が吹き飛んだ。


「ハーゼ君ッ!?」

 異変を察知したのか、すぐにウインドが身構える。

「……やな予感がする。スカイアイさんに連絡するから、フーコは先に寮に戻ってて!」

 ウインドは少し躊躇するも、小さく痙攣を続ける猫に手を合わせる。

「……うん。ハーゼ君も早くッ!」

 そして、寮の方向に走っていった。彼女の脚力は常人の比ではない。すぐに後ろ姿が小さくなっていく。

 ラビットはスカイアイに電話をかけながら、動かなくなった猫に近付いて観察する。猫の死骸など、あまり見たくはないものだが、この爆発の手がかりが得られるかもしれない。

『ラビット、どうした!?』

 スカイアイは電話にすぐ出た。電話の後ろは騒々しい。

「さっき、小さな爆発が……」

『猫かッ!』

 どうやらここだけではなく、同時多発で起こっているらしい。間違いない。事件だ。

「はい! さっきまでウインドと散歩してたんですけど、猫が急に……」

 そこまで口にして、猫の首輪が吹き飛んでいることに気付く。他に爆薬を仕込めそうな場所はない。

「……首輪が爆発してるみたいです」

『他の所も同じだ。間違いねぇ、同じ案件だ。すぐにリンクスとラプターを連れてこい! 解析はミストアイにやらす!』

「はいッ!」

 ラビットは電話を切って、猫に向かって少しだけ手を合わせると、すぐに走り出した。




~葛城造船体育館・AMC詰所




 駐車場に艶消し黒のクーペがリアを滑らせながら停まる。続いて、中からラプターとリンクス、それに遅れてラビットとウインドが降りてきた。全員制服姿だ。

「……まったく、少しは遠慮して運転しろよ」

 リンクスが顔をしかめた。確かに急いでいたせいもあり、ラプターの運転は酷かった。映画のカーチェイスめいた運転である。ラビットも正直なところ少し酔っている。方やウインドは平然としている。慣れとは恐ろしい。

 ラプターは交通違反をだいぶ犯していると思うが、現行犯でないので大丈夫だろう。事情を説明すればなんとか見逃してもらえるはずだ。

「緊急事態でありますから! 急ぎましょう!」

 ラプターとウインドが中に走っていく。ラビットもそれに続いた。特殊部隊に割り当てられている会議室に駆け込む。中にはスカイアイが居た。

「ラプター以下三名、到着しました!」

「おう、ご苦労さん。フラミンゴ達とベルンハルトは現場に向かってる。俺達は別の仕事だ」

 フラミンゴとは昼から夜にかけて担当している強化人間だ。フラミンゴ以下二名が昼間を担当している。

「別の仕事?」

「ああ。これだけで終わるとは到底思えねぇ。この機に乗じて、何らかの行動に移るはずだ。その前に連中を叩く」

 スカイアイが書類を机の上に広げた。ラビット達はそれを囲むように見る。

「解析班が出してくれたデータだ。最初の通報があってから、ここの回線への通信が急増している。どうやら、ここが連中のアジトらしい」

 スカイアイが地図の一点を指差す。どうやら廃工場らしい。

「なるほど、殴り込みか」

「その通り。今はクレイグの部隊が向かってる。俺達は援軍だ。ラプコ、運転頼む」

 スカイアイのオファーで、リンクスはあからさまに顔をしかめた。その気持ちもわからなくもないが、このメンバーの中で一番運転技術が高いのはラプターだろう。急ぐときには彼女が一番適任だと思う。体と精神的にはよろしくないが。

「お話中のところ、失礼しますわ」

 AMCの制服の上に白衣を羽織ったミストアイが入ってくる。彼女の手は機械の手と置き変わっており、指の数が片手あたり十本に増えている。普段は普通の義手を使っているが、爆弾解体等の作業時はこの義手をつけるそうだ。

「首輪のトリック、わかりましたわよ。お時間、よろしいかしら?」

「あぁ。聞かせてくれ」

 ミストアイが分解された首輪を机に置く。一同はそれを覗き込んだ。

「仕組みは単純ですわ。電池の表面に絶縁剤が塗られているんですが、猫の体温で絶縁剤が揮発し、それと共に通電が始まるようになっていますの。絶縁剤がタイマーとなっているわけですわね。ナイトアイ達には揮発させないよう、猫に水をかけるように連絡しています」

 ミストアイの機械の指が小さなボタン電池をつまみ上げた。彼女の声はどことなく嬉しそうだ。

「火薬量は少ないですから、猫はしょうがないとしても、人に致命傷を与えるには至りませんわね。ショックは大きいかもしれませんが。コストも安いでしょうし、混乱を起こすだけなら十分ですわ。まぁ、ブービートラップみたいなものですわね。野良猫ならたくさん居ますし、テロ手段としてはよくできていますわ」

「……ません」

 ウインドの小さな、それでも怒りを感じる声。その声で、ミストアイは説明を止めた。

「こんな、罪もない猫を……自分達の、身勝手な目的で、殺すだなんて、絶対に許せませんッ!!」

 普段は温厚なウインドがここまで感情をむき出しにして怒っている姿は初めて見る。だが、あんなに楽しそうに猫をあやしていた矢先の出来事だ。怒るのも無理はないと思う。

「……あんまり気負うんじゃねぇぞ。今まで通り、平常心で当たれ」

 スカイアイがウインドの肩を叩いた。ウインドは怒り覚めやらぬ表情で拳を握り締めている。

「燃えてらっしゃいますわね。よいことですわ」

「茶化してやるな。マリーヤ、ここは任せる。夜勤の連中にも召集をかけてっから、連中が来たら指示を出してやってくれ」

「えぇ、お任せください。ご無理はなさらずに」

 ミストアイは微笑んで、十本指の手を振った。




~グレスカ郊外・廃工場




 弥生技研製の四駆が停まり、中から五人の強化人間が吐き出される。

 廃工場はすでにAMCの通常部隊が包囲を済ませていた。だが、内部からの抵抗が激しく、攻めあぐんでいるようだ。

「誰かと思ったらチェスターじゃねぇか。助かったぜ」

 包囲している部隊「グループK」の指揮官、クレイグ・カニンガム。赤い髪をした男前で、「赤毛のカニンガム」という異名を持つ凄腕だ。その腕前は、駆け出しの頃に彼から訓練を受けていたラビットがよく知っている。

 スカイアイとは旧知の仲のようで、気難しい彼に対し、ずいぶんとフランクに接している。

「何やってんだよ。手こずってるじゃねぇか」

「悪ぃ悪ぃ。見ての通りだ」

 廃工場からは定期的に射撃が行われている。そのため、包囲は有効射程外までと、遠巻きにならざるを得ないようだ。

「ラビット、中の人数はわかるか?」

「部屋の中ですから、ちょっと全部はわからないですけど……」

 ラビットはレーダーを働かせ、網膜に生体反応を映し出す。指向範囲を正面に限定し、そのぶん感度を増強させる。反応は正面、窓のすぐ側に二人。他、解る範囲で八人。

「窓のすぐ側に二人、あとは最低八人いるみたいです」

「お、やるじゃねーか」

 クレイグがラビットの肩を叩く。少し恥ずかしい。

「あんまり甘やかすなよ」

「チェスターは厳しいねぇ。で、正面には二人か」

「……あぁ、正面の奴ならいくらか黙らせられるけどな」

 リンクスは四駆の中から分解された対物ライフルが入った重厚なケースを取り出す。このライフルは装甲車程度の装甲ならたやすく撃ち抜くことができる。工場の壁などは障子紙も同然だ。その反面、連射は利かないうえに、射撃の反動は強烈だ。いくら強化人間とはいえ、命中精度を確保するためには、銃を固定して撃つ必要がある。こんな物騒なものが必要なのかと思ったが、どうやら必要だった。リンクスの慧眼は流石である。これが経験なのだろう。

「まーた物騒なもんを持ってきたな。狙いはどうする?」

「そのためのラビットだろう」

 あ、なるほど。

 確かに敵がどこに居るか、それはわかる。だが、レーダー機能はラビットだけで完結しており、他人にリンクしていない。片手間で狙撃銃の扱いは学んでいるが、こんな大物を扱ったことはない。

 リンクスは目標を視界に入れていなければ行動予測は使えないだろうし、ヤマ勘で撃って外したとなれば目も当てられない。だから、彼女に敵の位置を知らせる必要がある。責任重大だ。

「よし。マリアが二発撃った後、俺とラプコ、それにウインドで突入する。クレイグはその後に頼む」

「……いつも悪ぃな。危ねぇことばっかりやらせてよ」

「何、そのための強化人間だよ」

 クレイグの申し訳なさそうな声に、スカイアイは自嘲を込めた笑みで返事をした。

 リンクスが対物ライフルを組み立てている間、スカイアイ達は突入の準備を整えている。同期ということで気になるウインドの様子を見てみると、イージス社製のアサルトライフルから伸びたケーブルを耳の後ろに差し込んでいた。彼女はリンクスと同様、行動予測の能力を有している。リンクスに使われた技術からは一歩進んでおり、効果は少々落ちる代わりに薬物投与は不要となっている。さらに専用に改造された銃器を接続することで、脳からの信号によって銃のトリガーを引けるようになる。これらは、敵を捕捉した直後に正確無比な射撃が行えることを意味する。

「ハーゼ君、お願いね」

「フーコこそ。怪我しないようにね」

 こちらの視線に気付いたのか、ウインドがはにかんだ。彼女の可愛らしい笑顔と豊満な胸は、手元のアサルトライフルとは全く似合わない。

 普段は温厚な彼女であるが、敵対する者には容赦ない。それは、幼い頃より施されてきた強固な教育の賜物だ。自分の得ている力は正しい力。その力をもって、悪を粉砕する。悪を見過ごせば、何人もの善良な人が死んでしまう。そして、悪とはAMCに敵対する者。善悪の価値観を己で判断できる大人とは違い、未だ子供であるラビットやウインドを戦場へと駆り出すには、そんな安っぽくも強力な教育、いや、洗脳が必要なのであった。

「スカイアイ、準備できたぞ。そっちはどうだ?」

 リンクスの声がしたので、彼女のほうに向き直る。彼女は己の背丈ほどもある無骨なライフルを地面に設置していた。

「ああ、今から配置につく。そうだな、十九時五分。そこで作戦を開始する」

 作戦前にはいつも腕時計を合わせている。AMCより支給された、アナログ式の頑丈なものだ。

「了解。まぁ、任せておけ」

 リンクスが伏せた。ラビットも彼女の横に膝をつく。すると、リンクスはラビットの頭を己の顔のすぐ横に持ってきた。頭と頭が密着している。少し照れるが、今からはシビアな操作が必要なのだ。すぐに落ち着く。

「リンクス、準備オーケーだ。後はお前のタイミングに任せる」

 スカイアイの声が無線機のイヤホンに飛び込んでくる。太陽は落ちたとはいえ、空気は蒸し暑い。気温と緊張とで、ラビットの頬を一筋の汗が伝った。

「ラビット、敵の位置は」

「……一人、正面から一時方向に約十度です」

 射撃音が耳に飛び込んでくる。落ち着け。ここは射程外。ここは射程外。レーダーと銃口の向きとに集中しろ。一方で、リンクスは平然と銃口を微調整する。

「どうだ?」

「はい、ほぼ正面です」

「もう一人は」

「……十一時方向に三十度です」

「了解」

 リンクスがトリガーを引いた。強烈なマズルフラッシュの間、彼女はコッキングを済ませて次弾を装填、銃口を旋回させる。

「位置ッ!」

「もう少し十一時!」

 調整。

「位置ッ!」

「はい、正面ですッ!」

 もう一度マズルフラッシュ。ほどなくして、ラビットのレーダーから生体反応が二つ消えた。命中だ。

「よし、正面から突入するッ!!」

 正面に陣取っていた敵をしとめたせいか、弾幕が止む。スカイアイ達はその機を逃さず、廃工場へと突入していった。




 三時間後。

 戦闘はあっけなく終わった。テロリストは合計十人。全員をその場で射殺。また、造船所に仕掛けられていたという爆弾も、ミストアイが難なく処理。廃工場に残されていた資料を解析したところ、今回の計画は全て頓挫したようだ。あとは三日後の式典を待つばかりである。警備だけで終わってくれれば、後は何も言うことはない。

 ラプターが車を走らせていた。海岸沿いの、静かな道。その助手席にウインドは座っている。硬めだが座り心地のいい皮のシート。十分な音質のオーディオからはウインドのリクエストで入れてもらっている音楽。窓からは夜風。何時間振りかの、落ち着く空間。

 体育館のシャワーを浴びたので、体はさっぱりしている。だが、この感情は拭えない。

 自分への恐怖心。

 突入後、自分はテロリストを四人射殺した。それも、見つけてからすぐに。行動予測と論理トリガーのおかげか、無駄のない完璧な射撃が行えている。

 慈悲は無い。あれだけのことをやったのなら、殺されて当然だ。だが、人を殺しておいて、凪いだかのように静まり返った自分の心が怖かった。慣れてきているんだろう。この仕事に。

「……楓子ちゃん」

「……はい?」

 ラプターがオーディオの音量を落とし、話しかけてきた。車は海沿いの駐車スペースに停まっている。

「私は、楓子ちゃんのこと、よく知ってる。一緒に暮らしてるから。楓子ちゃんは優しい子だってこと、よく知ってる」

 優しい子。何の違和感も感じずに銃を握る、優しい子。

「……だから、楓子ちゃんはこういうこと、したくないのかもしれない。だけど……」

 慰めの言葉だろうか。大丈夫。慰めはいらない。だけど、気持ちは本当に嬉しい。

「……しょうがないです。それに、テロリストは、いずれたくさんの人を殺すんですから。人だけじゃなくて、動物も」

 昼間のことを思い出し、ウインドは拳を握り締める。そうだ。殺されて当然なのだ。罪もない人を、動物を殺してまで主張することに正義などありはしない。そんな彼らを殺して心に波が立たなくても、恥じることではないんだ。

 ラプターの表情を伺うと、こちらを心配しているような、悲しげな表情だ。いけない。他人を心配させたくない。

「それに、私はこうやって生きていられるだけで、十分なんです」

 強化人間にならなかったら、新薬の実験台にされていた。

 口さがない研究員から聞いたことだ。同じ企業の道具でも、こうやって皆の役に立てているならば、それはそれで構わない。

「えっと、わたし、だいぶ慣れてきたんですよ。ほら、今日も、あの、全然取り乱さなかったじゃないですか。それに、奈々さんも一緒ですから、わたし、まだまだ頑張れます」

 ラプターに心配をかけさせたくない。ただでさえ彼女は真面目なのだ。自分のことで、これ以上彼女を煩わせたくない。

 誰だって変わっていく。しょうがないんだ。こんな仕事しかできない以上は。

 ラプターは感極まったのか、鼻をすすりながら、こちらを抱き締めてきた。

「……ごめんね。私達がだらしないから、楓子ちゃん達に負担ばっかりかけちゃって」

 ラプターの声は少し震えている。こういうのには弱い。もらい泣きしてしまいそうだ。

「楓子ちゃん、本当に強い子だね……」

「……奈々さんが、その、いてくれるから、です」

 ちょっと恥ずかしくて、どもってしまった。だが、嘘はない。ラビットもスノーも、同じような思いだろう。こうやって大事に思ってくれている保護者がいる。それだけで、研究所に比べれば天国だ。

「……もう、本当に上手なんだから。よし、帰ろっ。コンビニ、寄って帰ろうか」

「はい」

 ラプターはティッシュペーパーで鼻をかんで、車を動かす。オーディオの音量は元に戻った。

「……あ、奈々さん」

「どうかした?」

「……猫、飼っていいですか?」

「……ちゃんと世話できるのなら、いいよ」



 三日後、式典は無事に終了した。

おいおい半年以上経ってるじゃないか。


主人公? ウインドですよ(すっとぼけ)

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