表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/18

『四月馬鹿』 ②

~五日後・AMC本社




 五日前と同じように、ラビットとリンクスは本社の門をくぐった。五日前と違うところは、二人が濃緑色をしたAMC実働部隊の制服を着ているところだ。リンクスの表情はいつも通りだが、ラビットの表情は心なしか強ばっている。

「さて、いよいよだな、ラビット」

「……は、はい」

「そう緊張するな。誰だって最初は緊張するものだが、いざ始めてみるとあっと言う間だぞ?」

 リンクスの言葉は、仕事というよりは別のことについてのように思える。

「……な、何の話ですか?」

「何って、仕事の話に決まってるだろう。何を考えてたんだ、ん?」

 リンクスは悪戯っぽく笑うと、ラビットの頭を軽く叩いた。

「べ、別に、なんでもないです!」

「ははは、なら、そういうことにしとこうか」

 先日と同じ、C5会議室に入る。まだ二十一時前と、集合時間よりはだいぶ早い。

「あ、リンクスさん、ラビット君! ご苦労様でありますっ!」

 会議室の中には、二十歳前後の女性がいた。こちらの姿を確認すると、立ち上がって敬礼をする。暗い茶色のお下げ髪で、大きな野暮ったい丸眼鏡をかけている。強化人間の瞳は人工のものに交換されており、視力は確かである。彼女の眼鏡は伊達眼鏡だ。顔の作りは非常に良いのだが、眼鏡と髪型のせいで、いまいち垢抜けていない印象がある。

 露木奈々(つゆき なな)。コードネーム「猛禽ラプター」。

「ラプたんか。早いな」

「ですから、自分はラプターでありますっ!!」

 ラプターは「ラプたん」というあだ名が気に入っていないのか、毎回訂正を求めようとする。それが面白がられていることには気が付いていないようだ。生真面目で、あまり融通の利かない女性である。

「ラプたんは応援に来てくれたのか?」

 ラプターの訂正をスルーし、リンクスは適当な椅子に座った。ラビットもリンクスの隣に座る。

「はい。ナイトアイさんが応援を頼まれていると聞きまして。元々自分が出る予定でありましたし」

「……なんだかすみません」

「いいですよ。自分も初仕事の時は他班よりも人が多かったでありますし。それに、急に休みになりましたので、何もすることがありませんでしたし」

「……まったく、いい年した女が、休日に何もすることがないとか……」

「べ、別に構わないでしょうッ!! 自分は一人でも大丈夫なタイプですので!!」

 リンクスのからかいに、ラプターはムキになって反論する。彼女はこういうところが余計にからかわれる要因となっていることに気付いていないようだ。

「お、リンクスとラビット。ご苦労さん」

 すると、ナイトアイが入ってきた。手には紙カップが二つある。

「ほい、ラプたん」

「ありがとうございます!」

 ナイトアイは紙カップのうち一つをラプターに渡し、先日と同じ席に座る。あだ名のことでナイトアイには反論していないが、それはもう一回やったからだろうか。それとも飲み物を奢ってもらったからだろうか。

「おい、私達にはないのか?」

「お前らにはこの前オゴっただろ……」

 ナイトアイは苦笑しつつ、ラビットに電子マネーのカードを渡す。

「さすがナイトアイ。イケメン、ヘタレ、ロリコン」

「最初以外は全然褒め言葉になってないよ!!」

 とは言うものの、否定はしないナイトアイだった。

「私はコーラな」

「好きですねぇ……」

「コーラばかり飲んでると、骨が溶けるでありますよ?」

「今時おばあちゃんでもそんなこと言わないなぁ……」

 ナイトアイの突っ込みに、ラプターは思わず赤面する。確かにコーラを飲んだら骨が溶けるだなんて話は聞いたことがない。

「お。お前ら早いなー。ラプコもご苦労さん」

 コンドルが入ってきた。手には湯気が立っている紙カップがある。

「とんでもないでありますっ!」

 各々が座ったまま挨拶をするなか、ラプターは律儀に立ち上がって敬礼をする。ラプコというあだ名は気に入っているのか、訂正なし。

「なんだ、飲み物買ってきたのか?」

「まぁ、いつも奢られる訳にはいかねーからなぁ」

「さすが、ベルンハルトの嫁だな」

「誰が嫁だ」

 リンクスの茶々で、コンドルは苦笑しながらナイトアイを軽く叩く。

「だから、なんで私が叩かれるかなぁ!?」

「じゃあ……ちょっと買ってきますね。リンクスさんはコーラでしたっけ」

「ああ」

 ラビットはナイトアイに軽く一礼して、部屋から出た。なんというか、作戦前だっていうのに、全員いつも通りの雰囲気である。リラックスしているというか、場慣れしているというか。

 そんな大人達を見ていると、過剰に心配していた自分が馬鹿らしく思えてくる。そうだ、いざとなったら彼らがなんとかしてくれる。だから、自分はできることをできる限りやるだけ。

「……よしっ。できる、きっとできる!」

 ラビットは自分に言い聞かせるようにガッツポーズをする。その後、思わず周囲を確認。なんだか恥ずかしいし、ヴィクセンにでも見つかったらえらいことになる。

「えぇ、心配しないでも、きっとできるでありますよ」

「おわぁっ!?」

 ヴィクセンはいなかったが、ラプターがいた。彼女は微笑んでいて、とても恥ずかしい。

「ら、ラプターさん!?」

「うふふ、ちょっとお手洗いに。そうしたら、ラビット君が面白いことをされてましたので」

 ラプターはそれだけ告げて、トイレの方に歩いていった。まぁ、見られたのがラプターで良かった。彼女の性格なら、面白おかしく言い触らすことはないだろうから。

 そういえば、トチらなかったらパンツを見せる。リンクスの言う「ご褒美」の話はまだ生きているのだろうか。

 彼女の下着姿を想像するだけでにやついてしまう自分が情けないというかなんというか。

 部屋に戻る。中では三人が他愛ない雑談をしていた。

 AMCに強化人間部隊が設立されたのは三年前であり、ここにいる三人は最古参の強化人間である。それ故に付き合いも長く、かつ深いようだ。

「リンクスさん、どうぞ」

「ああ」

 リンクスにコーラを渡し、椅子に座る。少しして、ラプターも戻ってきた。集合時刻五分前だ。

「ヴィクセンのやつ、遅いな……」

「あいつは時間にルーズだからなぁ……」

 リンクスがため息をついた。彼女の話ぶりでは、ヴィクセンの遅刻は日常茶飯事らしい。

 すると、廊下を走る音が聞こえてきた。そして、扉が乱暴に開け放たれる。

「セーフッ!! ヴィクセンさんただいま登場ッ!!」

 ヴィクセンだ。焦っている口調の割には、息はあがっていない。さすがは強化人間といったところだろうか。彼女のみAMCの制服ではなく、真っ黒かつタイトな服を着ている。AMC特殊部隊は規律が緩めで、これは彼女なりのスタイルなのだろう。

「……ど、どうも、こんばんはです」

 続いてスノー。普段通りに振る舞っているようだが、その表情はやはり堅い。普段から感情が表情に出ない少女であるが、今日は一段と無表情というか、仕草もぎこちない。緊張しているのだろう。

「まったく、遅いぞヴィクセン。何してたんだ?」

「いやー、時間潰しに録画してたアニメ観てたんだけど、キリのいいとこまで観ようとしてたら、つい、さー」

 ヴィクセンの苦笑につられたのか、ナイトアイも苦笑した。二人ともオタクであるため、通じ合うところがあったようだ。

「……その気持ちはわかる。まぁ座ってくれ。スノーちゃんは元気なさそうだな?」

「べ、別にそんなことないですっ! シュネーはいつも元気いっぱいです! 余裕ですっ!!」

 スノーはそう言っているが、それはラビットから見ても、明らかに強がりであった。ラビットですらわかるのだから、大人達は全員温かい視線を浴びせている。

「な、何ですか、その視線はー!?」

「なんでもない、なんでもない」

 スノーは不平を漏らしつつも、ヴィクセンの隣に座る。今のからかいで、スノーも少し気が晴れたようだ。先程までよりも少し解れている。

「お、奈々ちんが応援なんだ」

「あ、はい! よろしくお願いしますっ!!」

「頼りにしてるよー? よし、後でご褒美あげる」

「しーーーっ!!」

 ラプターが必死で口止めを図る。ヴィクセンの言う「ご褒美」とはなんだろうか。ラプターの必死な姿からして、知られるとまずい類のものみたいだ。そこで女性同士の禁断の愛、という構図が頭に浮かんだが、慌てて打ち消す。まったく、自分の想像力が嫌になる。

「よし、定刻だな。みんな、今日は俺のために集まってくれて、センキュー!!」

「気に入ったのかそれ」

「はいはいセンキューセンキュー」

「さて、今回の作戦内容は、先日話したように、軍警察の露払いだ。武器庫の制圧及び、装甲車四両の無力化。なお、教祖であるボブ・ジョーンズの身柄確保も可能ならば行うこと。無論、逃走されるよりは射殺しろ」

 スクリーンに「祈りの家」教祖のボブ・ジョーンズの写真が映し出される。白人の、やや肥えた中年男性だ。パッと見では善良そうな印象である。

「敵さんの住処は軽い砦みたいになっている。出入り口は一ヶ所だけだ。そこに見張り台が二つある。まずはこの見張り台を無力化してもらう。リンクス、頼むぞ」

「あぁ。任せておけ」

「この際にラビットは敵無線を攪乱すること。できるな?」

 自分にも役目があった。それも重要な役目だ。無線の妨害なら何度か練習したことがある。そのときはどれもうまくいった。

 意識しなければきっとできるはず。

「……はいっ。できます!」

 ラビットの返事に、ナイトアイは微笑んだ。

「いい返事だ。敵さんが混乱している間に、私達は二手に分かれて突入する。装甲車破壊は私、ヴィクセン、スノーちゃん。武器庫制圧はコンドル、リンクス、ラプたん、ラビット。両方とも済んだら、軍警察が突入する手はずになっている」

 スクリーンにはグレイゴーストが入手してきた「祈りの家」の見取り図が映し出されている。武器庫は入り口にほど近い。

「以上だ。何か質問は?」

「警備は教団の連中がやってるのか?」

「グレイゴーストによると、そうらしいな。地上解放戦線は武器の斡旋だけらしい」

「じゃあ一般人が相手でありますか……」

「何、教団で銃を持つような連中なんか、どうせ雇われのチンピラだ。もしくは狂信者ってとこだろうな」

 ラプターの不安そうな声を察してか、コンドルが励ますかのように明るい口調で呟いた。

「一般人が銃を持ってないってのはいいことだけど、そのぶん練度が上がって面倒になるんじゃなーい?」

「そうさせないためにも、速やかに武器庫を制圧してもらわないとな。頼むぞ、コンドル、リンクス」

「ああ。任されて」

「他に質問は?」

 初めてだからか、わからないことだらけだ。何を質問していいのかわからない。リンクスのほうをちらりと見てみると、彼女はくすりと微笑を浮かべた。心配するな、そう言っているかのような。

「それじゃ、特に質問もないようだし、ここらで切り上げる。作戦名『四月馬鹿』、これより発動する。各員、無傷で帰るようにな」

 ナイトアイの号令で、全員が席から立ち、敬礼をする。いよいよ始まった。握りしめられていたラビットの掌には、汗が滲んでいた。




~第五階層




 第五階層は緑化区域である。高温多湿で、周囲には木々が生い茂っていた。ラビット達は乗ってきた四駆から降りる。イージスグループの一つである「弥生技研工業」製の四駆であり、質実剛健な造りは軍用車に転用しても違和感はない。もう一台からはナイトアイ達が降りてきた。

「お疲れさん。ラプたんの運転は荒かっただろ?」

 ナイトアイの問いかけに、ラビットは苦笑する。確かにラプターの運転は非常に荒かった。急発進・急ブレーキは当たり前で、車間距離も非常に近かった。燃費を気にしてか、割とのんびりした運転をするリンクスとは対照的だ。

「本当に普段大人しいクセに、ハンドル持つと人格変わるんだからな」

 コンドルが呆れた口調でぼやく。その一方で、当のラプター本人は恥ずかしそうだ。

「ストレス発散してるんじゃない? ほら、ラプたん真面目だから、色々とストレス溜まるでしょ?」

「生産的な方法で発散してくれよ」

 ヴィクセンとリンクスも茶化す。生産的な方法って、なんだろうか。

 ここで、男女の営みが脳裏に浮かぶラビットであった。あぁもう。

「「な、何言ってるんですか!!」」

 その突っ込みはラプターと同時で、思わず互いに顔を見合わせる。

 まさか、ラプターも――。

「おいおい、随分と賑やかなことだなぁ」

 ラビットの思考は、知らない男の声で中断された。声のした方向を向いてみると、そこには壮年の男がいた。カーキ色をした半袖シャツの胸元には軍警察の徽章が飾られている。ラビットが知っている軍警察の制服は紺色だが、この気候から察するに、どうやら彼が着ているのは熱帯仕様の制服らしい。

「ん、担当はジェイミーさんですか」

「こっちこそ。ベルンハルトが担当なら、一安心だな」

 ジェイミーと呼ばれた男は砕けた感じで笑う。背筋を伸ばしているナイトアイとは対照的だ。どうやら旧知の仲らしい。

「知ってる奴もいるかもしれないが、今回の作戦を担当してる、軍警察第五階層第三実働部隊のジェイミー・アンダーソンだ。よろしくな」

「ジェイミーさんは元AMCでな、今は軍警察に出向しておられるんだ」

 AMCから軍警察に出向するというのは珍しいことではない。その逆も然りだ。現にリンクスは元軍警察である。

 元AMCということは、ナイトアイの上司だったのだろう。それを鑑みると、ナイトアイの態度には納得がいった。

「そこの七人が今回のメンバーか?」

「はい」

「……随分と小さい奴も混じってるんだな」

 ジェイミーの声には哀れみが混じっているようだった。

「こ、子供だからって馬鹿にしないでくださいですっ!!」

 シュネーが声を張り上げた。それは「自分は役に立つ」と主張しているかのようで、ラビットはふと、昔のことを思い出す。

 そう、施設にいた頃。強化手術を受けたての頃。

「別に馬鹿にはしてない。ただ……いや、期待してる(・・・・・)」

 ジェイミーは少し笑って、シュネーの肩を叩いた。シュネーは憮然としたままだ。

 自分の境遇は嫌だと思う。だが、思ったところでどうしようもない。現在の立場でベストを尽くすだけだ。シュネーはどうだか知らないが、ラビットはそう思っている。

「それじゃ、早速取りかかりますよ。手早く終わらせて……」

「経費を水増し、か?」

 ナイトアイはジェイミーの言葉にサムズアップで返答すると、四駆の荷室へと向かった。それにつられて、他のメンバーも荷室に向かい、各々が使う武器を取り出す。

 いよいよ始まった。緊張をごまかすかのように唾を飲む。

 ふとシュネーのほうを見てみると、視線が合う。一緒にがんばろう、というつもりなのか、彼女はこちらにサムズアップをしてきた。同じようにサムズアップを返すと、彼女は手をひっくり返し、親指を下に向けて、意地悪そうに舌を出した。




 暗い森林の中を、特殊部隊の一行はラビットとリンクスが先頭になって歩いていた。虫と蛙の鳴き声が聞こえてくる。なんだか蒸し暑く、不快感は高い。

 ラビットは頭の中で、無線の周波数を手当たり次第にザッピングする。彼の能力の一つは無線の傍受・妨害であり、これは他の強化人間にはできないことだ。

 リンクスの手には消音器サプレッサーのついたスナイパーライフルが握られている。普段は威力・射程・精度の全てに優れるボルトアクション式のスナイパーライフルを愛用している彼女だが、今回は隠密任務のため、サプレッサーを装着できるこのモデルを使用している。なお、このモデルはセミオート式である。

 方やラビットは、身長に合わせて短銃身化したアサルトライフルを握っている。ラビットのものは親企業のイージス社製、リンクスのものは親企業のライバル企業であるカルバリン社製のものだ。AMCはイージス社の子会社であるが、調達部が許す範囲で自由な装備が認められている。

 ラビットの脳裏に、人の反応が感じられた。彼の持つもう一つの能力である「生体レーダー」である。

「……リンクスさん。僕から見て二時方向に、敵が二名。前情報にあった、見張り台と思われます」

「よし。任せておけ」

 二人は徐々に目標との距離を詰めていく。

「ラビット、敵さんの無線の周波数、掴んだか?」

「まだかかりそうです。……少し待ってくださいね」

 無線の内容は雑音ばかりだ。敵の使用している周波数がなかなか掴めない。

「焦らなくてもいい。ただ、お前が掴み次第、狙撃する」

 リンクスは腰を落とし、右目の眼帯を解いてライフルを構える。彼女の右目はスコープとなっており、拡大の他に暗視や赤外線といった能力を備えている。

 ラビットの頭に話し声が聞こえてきた。どうやらこれが敵の使用している周波数らしい。

「リンクスさん、掴めました!」

 興奮を隠せず、少々声が上擦る。予想以上の大声で、少々焦った。

「よし。今から二発撃つ。それと同時に妨害を仕掛けろ」

「わ、わかりましたッ!」

 リンクスがトリガーを二回引く。彼女の射撃は、寸分違わず目標に命中した。リンクスの技量もさることながら、彼女には「行動予測」という能力がある。定期的な投薬が必要となっているものの、その効果は絶大であった。

 続いてラビットが無線に妨害をかける。途端に傍受している無線に雑音が目立ちだす。突然のことに、無線機の故障を疑う声が聞こえた。だが、見張りのことを怪しむ声はない。この調子だと、暗殺と無線妨害は成功したらしい。一安心だ。

「……目標、沈黙。ナイトアイ、出番だ」

「はい、任されて」

 ナイトアイとヴィクセンが前に出る。ヴィクセンがフェンスに酸のスプレーをかけ、フェンスを引っ張る。フェンスはスプレーを噴射した形にくりぬかれ、ナイトアイとスノーが中に入った。それにヴィクセンが続く。

「よし、俺らも行くぞ」

 ナイトアイ一行が突入したのを見届けると、コンドルとラプターが中に入り、リンクス達も続く。リンクスは得物をサブマシンガンに持ち替えていた。

 無線に敵警備部隊の不審そうな声が入ってくる。突然の無線妨害に、敵は混乱しているようだ。

 先頭のコンドルとラプターは最低限の射撃で、混乱している敵を沈黙させていく。彼女達の動きは一切の無駄がない。噂には聞いていたが、流石の力量である。

 サプレッサーの小さな射撃音と、敵部隊の呻き声のみが静かな森林に響いた。ラビットのレーダーに写る敵の反応はあと二つである。

「コンドルさん、九時に二人です!」

「了解。悪いな」

 コンドルの射撃で、反応は全て消失した。

「今ので周囲の敵反応、全て消えました。あとはナイトアイさんのほうだけみたいです」

「……便利な奴だな。助かるよ。武器庫に急ぐぞ。ラプコがケツを持て」

「了解であります」

 一行はコンドルを先頭に武器庫へと急ぐ。敵もようやく事態を把握したのか、こちらを追ってきているのがラビットのレーダーに移った。だが、その動きは散発的で、統率はほとんど取れていないようだ。無線妨害の効果はあったと思われる。

「ラプターさん、後ろから三人!」

「了解であります! 任せてください!」

 ラプターの射撃で、敵の反応が一つずつ消えていく。

「敵、沈黙しました」

「助かりました。ありがとうございます」

 これだけ感謝の言葉を投げかけられることは初めてだ。なんだか面映ゆい。

 敵の動きは鈍いままだ。さしたる妨害もなく、目標の武器庫に到着。コンドルが錠前を撃ち抜き、内部に突入する。

「ラビット、お前も中に行け。ここは私達で抑えておく」

「……すみません。お任せします」

 扉をくぐり、コンドルと共に内部を懐中電灯で照らす。そこには、宗教団体の持ち物とは思えない物が並んでいた。

「……こいつはひでぇな。連中、戦争でもおっ始める気かよ」

 コンドルが呆れかえった口調で呟いた。まったくもって同感である。

 壁一面に並んだ自動小銃に手榴弾。ロケットランチャーだなんて物騒なものまで見える。これで宗教団体とはよく言ったものだ。

「ラビット、写真撮っとけよ。報告書に添付するからな、上手に撮れ」

「はい、了解です」

 ラビットは制服の内ポケットから小型デジタルカメラを取り出し、内部の写真撮影に勤しむ。外からはたまに発砲音が聞こえてくるが、リンクスとラプターの反応は健在で一安心。一通りの写真を撮ると、カメラをポケットにしまう。

「コンドルさん、終わりました」

「よし。あとは軍警察さんが来るまで抑えとくぞ。ナイトアイ達も上手いことやってくれるといいけどな」

 ナイトアイやヴィクセンもだが、シュネーは上手くやっているだろうか。口は悪いが、大切な同級生なのだから。



 時間は少しだけ遡る。

 潜入に成功したナイトアイ達は、目標の装甲車へと向かっていた。先頭はヴィクセン、殿はナイトアイ。シュネーは二人の間にいた。

 シュネーの左腕は普通の腕ではない。彼女の左腕は、身長とさして変わらぬ大きさの機関砲となっていた。車載機関砲をシュネー専用に改造したものである。

 そう、彼女の腕は武器と換装が可能であった。右腕は肘から下、左腕は丸々取り替えられる。彼女は同世代、いや、全ての強化人間の中で最も手が加えられており、手が加えられていないのは脳ぐらいとまで言われていた。

 左腕が邪魔だ。まったく、難儀な体になったものだ。

「シュネーちゃん、ついてきてる?」

 先頭を走るヴィクセンが心配そうに問いかけてくる。彼女は敏捷性を中心に強化されているそうで、動きが非常に素早い。

「と、当然です」

 我ながら緊張している。なんだか情けない。

「ならよし」

 次の瞬間、ヴィクセンのサブマシンガンが火を吹いた。サプレッサー越しのため、音と光は小さい。彼女は敏捷性もさることながら、射撃センスも非常に高い。ふざけた言動や危険な性癖でごまかされがちだが、彼女の戦闘能力は一級品である。

「こっちには敵さん、あまり来てないな。コンドル達のほうに誘因されてるかな?」

「それなら楽でいいんだけどね」

 ナイトアイの言うとおり、あまり敵の姿は見えない。ラビットが無線の妨害をしていると言っていたが、そのせいだろうか。だとすれば、彼もなかなかやるじゃないか。身体能力は同期の中で最も低かったのだが、こんな役立つ特技を持っていたとは。

「シュネーちゃん、見えたよ。情報通り、四両」

 ヴィクセンが指差す方向には無骨な車両がある。目標のスコーピオン装甲車だ。

「動いてないみたい。シュネーちゃん、やっちゃって!」

「後ろは私達に任せてて構わないからな」

 ヴィクセンが横に動き、シュネーに先頭を譲る。このために持ってきた左腕だ。腰を落として構える。

「……撃つです!」

 発砲。左肩に接続されている二十ミリ五十口径の機関砲が火を吹く。車載時よりも発射速度がデチューンされているものの、それでも反動は非常に大きい。脚と背中の内部に備えられているサスペンションが動いているのが感じられる。

 エンジンブロックとキャビンを重点的に狙う。いくら装甲車といえども、二十ミリ機関砲の砲撃には耐えられない。瞬く間に蜂の巣と化していく。一台、また一台。

 奇妙な体を得てしまった。好き好んでこの体になったのではない。醜い、無様な体だと思う。

 だけど、嘆いたところで元の体に戻れる訳がない。

 目の前の目標を撃つ。それだけが今の自分に許されていることだ。

「……これで終わりです」

 最後の一台も撃破。これで我々の仕事も終わり。

「お、早いね!! ……どれどれ」

 ヴィクセンが確認に向かう。

「……よしよし。シュネーちゃんお疲れさま! ナイトアイ、全部撃破できてるよ」

「本当か? うーん、流石はゴーレムだな。スノーちゃん、ご苦労さん」

 ゴーレムとは、スノーの左腕の元となったイージス社製の重機関砲「AHMG-GOREM」のことである。

 ともあれ、任務完了。ナイトアイとヴィクセンが交互に頭を撫でてきた。なんだか自分が認められたようでとても嬉しく、それでいて恥ずかしかった。

「も、もう、撫でるなです、このロリコンどもがです!」

 だなんて強がりを呟いて、二人の手を払う。こういうとき、この二人の日頃の言動は助かる。特にヴィクセン。

「……よし。コンドルのほうも上手くいったとの連絡が入った。ジェイミーさんに連絡して、軍警察に突入してもらうぞ。最後まで気を抜かないように。いいな、スノーちゃん」

「な、なんで名指しですか!」

「そりゃ、新人さんだし? でも、今日は本当に助かったよ。あんな短時間でスコーピオンを撃破できるとは思えなかったから。ありがとうな、スノーちゃん」

 ナイトアイがスノーの頭を優しく叩く。その後、ポケットからPHSを取り出し、ジェイミーに連絡を入れるのだった。




~教祖室




 まさかの事態に、「祈りの家」教祖のボブ・ジョーンズは錯乱していた。広いうえにたくさんの調度品で飾られた華やかな教祖室をそわそわと動き回り、目についた調度品を壊している。

「神よ!! これが……これが、あなたの仰っていた『最後の日』なのですか!!」

 ボブはあらぬ方向に向かって叫びをあげた。彼に見えているのは、薬物と錯乱によって生み出された、存在しない神。

「あなたは仰った!! 私に『導師になれ』と!! 私はあなたが仰ったように動いてきた!! これが、その報いなのですか!?」

 彼に見えている神は何も答えない。それは、ボブの精神をいっそう不安定なものにした。

「そうデス。安心しなサイ。コレが、アナタへのお迎えデス」

 女の片言の声と共に、扉が蹴破られた。そこに現れたのは、褐色の肌に金色の長い髪をした美女であった。そんな外見の割に、身に纏っているのは紫色の和服。言うならば忍者のような服装である。そして、彼女の瞳は、ラビット達と同じ灰色の義眼。

「だ、誰だ、貴様はッ!?」

「名乗る名前などありまセン。地上解放戦線の者とダケ。……出会ったばかりデスガ、サヨウナラ」

 女は一瞬で間合を詰めると同時に、腰の刀を抜き放った。そして、ボブを袈裟掛けに斬り捨てる。それは見事な早業であった。

「サテ……。お仕事は終わりデス。厄介なコトになる前ニ、脱出するとしまショウ」

 窓から外を眺めてみれば、軍警察がなだれ込んでいる。長居は無用だ。懐から大きめの紙を取り出すと、刀についた血糊を拭き取り、鞘に納める。

 女は懐から手榴弾を取り出すと、ピンを抜いて机に置く。そしてすぐに、彼女は姿を消した。




~AMC本社




 ラビット達は武器庫に武器を戻し、その前に整列した。ナイトアイが前に立っている。

○五三五(まるごーさんご)、これにて作戦終了とする。各員、ご苦労様」

 ナイトアイの号令で、全員が敬礼をする。その瞬間、張りつめていたものが切れた感覚があった。ものすごく大きなため息をつく。

 これで終わったんだ。なんだか凄く解放感があり、安心感もある。

「しかし、最後の爆発。あれはなんだったんだ?」

「ジェイミーさんが言うには、どうも自決らしいな。それにしちゃ派手すぎるが」

「嫌な終わり方でありましたね……」

 ラプターが言う「嫌な終わり方」とは、信者の動向のことであった。

 信者達は三つの棟に分かれて集団生活をしており、そのうち二つの棟の信者達は大人しく連行されたのだが、一つの棟で集団自殺があった。今回の作戦は彼らの教義でいう「終わりの時」だったらしく、突入した軍警察が言うには、実に整然としたものだったそうだ。ラプターが言うようになんだかやるせない終わり方である。

「教祖は自殺だしな。きちんと裁いてやりたかったぜ」

 そこまで言ったところで、コンドルはあくびをする。無理もない。外は白み始めているのだから。

「……んじゃ、俺は一眠りしてから帰るわ。ラビット、スノー。家に帰るまでが作戦だからな。気をつけろよ」

「遠足じゃあるまいし、大丈夫ですっ」

 コンドルは眠そうな顔をしているスノーの頭を優しく叩いて、仮眠室とシャワー室の方に歩いていった。

「では自分も失礼します。お疲れ様でしたッ!」

 ラプターは敬礼をすると、駐車場の方へ。彼女はこんなところまで真面目である。

「ナイトアイはどうする?」

「そうだなぁ。報告書でもまとめて帰るよ。ラビット、カメラちょうだい」

「あ、はい」

 ナイトアイにカメラを渡す。

「それじゃ、今日はセンキューな」

「本当に気に入ってるな、それ」

 ナイトアイは笑いながら手を振って、共用PCがある部屋へ。

「じゃ、あたし達も帰ろっか」

「そうだな。この時間だと、さすがにちょっと眠いな」

 リンクスが口元を押さえる。その一方で、ヴィクセンは普段とほとんど変わりないテンションだった。

「ハーゼきゅん、眠れないならいつでも呼んでね! 添い寝してあげるください」

「お、お断りですッ!!」

 彼女の元気は何なのか。ともあれ、ヴィクセンとスノーに手を振り、ラビットとリンクスは家路を辿るのだった。




~リンクス宅




 家に着いたとたん、疲れがどっと襲ってきた。上着をリビングに脱ぎ捨て、ソファーに倒れ込む。

 無事に終わった。そして、失敗しなかったし、誰も怪我しなかった。

 一番に浮かんだのは自分のこと。続いて、仲間のことが浮かんできた。

 ナイトアイ達からすれば簡単な任務だったかもしれない。でなければ、作戦が終わった後、あんなに軽口が飛び交うことはないだろう。

 だが、ラビットにとっては最初から最後まで緊張しっ放しだった。必死だった。やれと言われたことができないと、みんなに迷惑がかかる。それだけを考えて、失敗しないよう集中していた。その結果がこれだ。一安心である。

 時間も時間であり、外の音は静か。聞こえてくるのはリンクスがシャワーを浴びている音だけだ。

 あぁ、シャワー浴びたいな。

 だけど、その欲求は睡眠欲に勝てる気がしない。もうこのまま寝ちゃおうか。

 シャワーの音が止んだ。リンクスは終わりか。

 じゃあ、力を振り絞って、シャワーを浴びてさっぱりしてから寝よう。

 ラビットはゆっくりと立ち上がると、脱ぎ捨てていた制服の上着を拾う。洗濯は起きてからでいいが、せめて洗濯機に突っ込むぐらいはしておこう。

 すると、寝巻きであるワイシャツ一枚のリンクスが現れた。男物のワイシャツらしく、袖は捲ってあり、裾も長い。ぶかぶかな感じだが、シャツ越しでも彼女の見事なプロポーションは確認できる。今は眼帯を外していて、スコープが埋め込まれている右眼が露わになっている。赤く鈍く光るそれは、彼女の割と整った顔の中で異彩を放っている。

「ラビット、風呂の前に一つやっときたいことがある」

「……はい?」

 やっておきたいこと。それは、ひょっとして。

 思わず期待に胸を高鳴らせるラビットの頬を、リンクスはそっと撫でた。シャワー後というわけで、彼女の指先は暖かい。

「目、瞑れ」

 言われたままに目を瞑る。すると、額に吐息。続いて柔らかな感触。シャンプーの良い匂いがラビットの鼻腔をくすぐる。

「もう開けていいぞ」

 目を開けてみると、リンクスは満足げに目を細めていた。何があったのかは大体想像がつくが、思わず額に手をやってしまう。

「額にキスじゃ、物足りないか?」

 リンクスがくすくすと笑った。その仕草はとても色っぽくて、なおかつ可愛らしかった。思わずどきりとする。

「え、いや、それは……」

 物足りないって答えたら、どうなるかな。

 そんなことを考えたとたん、卑猥な画が次々と脳裏に浮かび、しどろもどろになる。

「……今日は本当によくやった。助かったよ」

 リンクスが前屈みになり、ラビットと視線を合わせる。彼女の声は優しくて、演技なんかじゃなく、本音なのだと思った。

 思わず視線を逸らしてみれば、ワイシャツの胸元から谷間が見える。

 これは危険だ。色んな意味で。

「や、やれと言われたことをやったまでですっ」

 慌てて回れ右。リンクスが少し笑ったのが背中に聞こえた。

「シャワー浴びたら、暖かくして寝ろよ。換気扇を切るのも忘れないようにな」

 リビングの電気が消えた。少しして、リンクスの部屋の方向から扉の音が聞こえてくる。

 なんだかまだドキドキしているが、とりあえずシャワーを浴びて、寝てしまおう。ベッドに潜り込めば、泥のように眠れそうだ。

 ラビットは服を洗濯機に放り込むと、浴室に入った。


 その日の夕食は、リンクスにしては珍しく豪勢で、ラビットの好物ばかりであった。

てな訳で、書こう書こうと思ってたお話です。

一話完結でぼちぼち書いていきたいと思ってますので、気長にお付き合いください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ