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奇譚類聚

演者

作者: 傘竹掛手

 気が付くと私は誰も居らぬ無人の駅で歌つてゐる。駅とは云うが線路と軒と気持ち許りの木椅子が在る許りで、駅舎等と云う大層なものは無ひ。線路の反対側には太い道路が走つてゐて、貨物自動車やら自家用車やらが空を灰色にしながら走つてゐる。己れの歌聲(うたごゑ)は車の喧騒に掻消され己自身には聞こえぬので、自分が歌つてゐるのかゐないのか釈然とせぬ。

 騒騒(ざわざわ)只管(ひたすら)歌ふ。

 不図(ふと)、如何したことで在ろうか、信号が赤でも無いのに車の行き交ひがばつたりと止む。賑々しき道路に音一つせぬ、私の聲許りが響いてゐる。自分の(こゑ)がクリヤに聴こえるので私は少し間誤付く。一体喧騒に己れの聲が掻消されるのが好いのだ。ちつとも美しくなんかない己れの聲を聴いて何が楽しいものか。私は口を閉じる。道路の上には何も無い。

 忽然と老婆が道路の上に立つ。それでは轢き殺されて死んでしまふ。私は老婆に聲を掛けやうと口を開こうとするが、口は一向に開かぬ。ジエスチヤアで知らせやうとも身体も動かぬ。如何したものか。

…貴方は留められたのです。

何時の間に背後に居た老婆が囁く。

…留められた?

咽喉の奥から聲を絞り出す。

…其の時間に。其の場所に。其の役で。貴方の役は歌ひ屋のやうです、書割の役を外れてはいけなひと云うのは、其れは演者の自明の理でしやう。役にそぐはぬ行動は制限されてしまふのです。

…私は演者では無い。

私は慴れて云う。

老婆は何時しか若き女に変わつてゐる。女は細い腕を私の首にぐるりと回す。

…アラ、マア。気付いていらつしやら無い。貴方演技がとツても上手いのよ。一寸頭の足らなひ女なんかコロツと騙されちまう。それで演者で無し、なんて、…馬ツ鹿馬鹿しい、冗談は止して下さらなくて?

女は啖呵を切つて私を指す。

…何故貴方は動けるのだ。

…アラマ、だつて私が留めたのだもの。

彼女は笑ひ私に撓垂れる。

…せいぜい嘘をお歌ひなさいな。私は手を叩いて歓んであげましやう。永遠に貴方は歌ひ続けるのです、このちつぽけな駅で。

愈々私は恐ろしくなつた。気味が悪い。更に此の女の貌にも見覚えが在るやうである。

…君は誰だ。

女は艶やかに笑う。

…アラ覚えてらつしやらない。私の名は、


 名前を聞くや否や私の身体は硬直し、意識が白き闇に葬られ行つた。

 彼女が笑ひながら私の心臓にピンを刺すのが判つた。


 其れは私が此の駅で殺した筈の女だつた。





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