赤い花びら
〈信二〉
僕を呼ぶ声がする。まるでスピーカーのようだ。
両側から細い腕がするりと絡まってきた。
右手に握り締めていた花束がドサリと音を立てて床に落ちた。
真っ赤な花びらが一枚、脱げかけた加代のスリッパにハラリとくっついた。
ハッとわれに返って辺りを見回すと、スーツを着た知らない男が目の前に立っている。
警視庁とか書かれた引越し屋のようなつなぎを着た男が数人、
テレビで見るようにあちらこちらで探し物をしていた。
開け放された玄関の向こうでは、たくさんのやじうまがこちらを覗いていた。
スーツの男は「残念なことです」といい、
僕の悲鳴を聞いた隣のおばさんが通報したこと、
加代は階段から落ちて頭を打って亡くなったのだろうということを説明した。
スーツの男はしゃがみこみ、目線を双子に合わせてなにやら言っている。
双子はこくりとうなずくと、力を入れて両腕に巻きついてきた。
僕たち3人は白い布をかぶせられて運ばれていく加代と、
撤収していく警察の姿を眺め、辺りにいつもの静けさが戻るまで、
動くこともなく立ち尽くしていた。
〈ことね〉
わたしとあやねちゃんは信ちゃんを見上げた。
放心状態の信ちゃんを元気付けてやらねばならないと思った私たちは、
「今日はお花買ってきたんだね」とか、
「バラが大好きなこと知ってたの?」
などと話しかけた。
信ちゃんは怖いくらいつめたい目で、私たちの手を振りほどいて、
何も言わずにお部屋に行ってしまった。
ママが倒れていた、昔はパパが倒れていた場所に取り残された私たちは、
手をつないで階段を上り、左右に分かれて自分たちの部屋へ戻った。