〈信二〉
〈信二〉
今日は5度目の結婚記念日だ。
かなり大きめのバラの花束をかかえて家路を急いでいる。
僕は毎年、記念日という記念日(まぁ、それは加代が勝手に決めたにすぎないのだが)を、
覚えていたためしがなかった。何が記念なのかよくわからず、
覚えていないというよりもむしろ、何も考えていないというのが正しかった。
加代は記念日ごとに手ぶらで、時には泥酔して帰ってくる僕を見て、
ひどく悲しそうな顔をするのだった。
声には出さないが、
「今年も忘れちゃったんだね」
という目をするのだ。それを見るたび、来年こそは・・・と思うのだが、
結局のところ忘れてしまうのだった。
そんな僕が今、「奇跡」と呼ぶにふさわしい深紅のバラでいっぱいの花束を持ち、
いざ帰らんとする家には、加代のほかに二人の子供がいる。
今年で10歳になる双子の女の子である。
お気づきのことだろうが、二人は僕たちの間に生まれた子供ではなく、
僕と双子とは戸籍上でのつながりしかない。
つまり、加代の連れ子なのである。
加代の前夫であり、双子の父親である男は、双子が4歳の時に亡くなったらしい。
泥酔して階段を上りきったところでバランスを崩し、転げ落ち、頭を打って亡くなったそうだ。なんともまぬけな話だと思ったとたん興味も失せ、
その後延々と続いたおしゃべりおばさんの話はほとんど忘れてしまった。
家が見えてきた。柄にもなくドキドキしていた。
加代はどんな顔で出迎えてくれるだろうか。
玄関の前に立ち、ネクタイをきちんと締めなおした。
そして、ふぅ、と深呼吸をしてドアを開けた。
「ただいま」
声が少しうわずった。
返事はない。
夕飯の買出しにでも出かけたのだろうか。
「ただいま」
もう一度、今度は探るような声で言ってみたが、やはり返事はない。
「ただいま」ともう一度言いかけたところで、視線と足が止まった。
僕を出迎えた加代は、大きく目を見開いて、折れているのだろうか、
首をエクソシストのように反転させ、操り人形の糸が切れたように階段の前に倒れていた。