準備工作
小弥の最後のメッセージが消え、計画は現実のものとなった。
残り時間——23時間。
「まず、必要なものを整理しよう」曹操が指示を出した。「孔明、毛利、計画の詳細を説明せよ」
諸葛亮と毛利元就は、地面に描かれた複雑な図形の前に立ち、改めて皆に説明を始めた。
「計画の核心は、三点ある」諸葛亮が扇で図形の中心を指した。「一つ、観測者の『目』の制御。二つ、データエネルギーの蓄積。三つ、正確なタイミングでの実行」
毛利が続けた。「中でも最大の難関は、データエネルギーの蓄積だ。計画を実行するには、膨大なエネルギーが必要となる」
「どのくらい必要なのだ?」信長が聞いた。
諸葛亮が計算しながら答えた。「小弥の残したデータによれば、現実世界のサーバーに影響を与えるには、此の世界の全エネルギーの三割に相当する電力が必要とのことだ」
「三割!?」趙雲の目が見開かれた。「そんな莫大なエネルギー、どうやって集めるのです?」
「其れが問題だ」毛利は眉をひそめた。「此の世界は、既にエネルギーが枯渇しつつある。観測者の『目』も、我々が破壊したことで、安定したエネルギー源とはなり得ぬ」
沈黙が流れる。
計画は立てたが、実行する手段がない。
その時、羅夢がふと、以前のことを思い出した。
「あの……雷の力で、携帯を充電した時……」
皆の視線が彼女に集まる。
「雷のエネルギーを、集められませんか?」
曹操が即座に否定した。「無理だ。前回は、特殊な状況と、龍の力があった。同じことはできぬ」
「では、別の方法は?」信長が腕を組んで考え込む。「火は? 水は? 風は?」
「自然の力では、足りぬ」諸葛亮が首を振った。「必要なのは、『データ』として変換可能なエネルギーだ。単なる物理的な力では、意味がない」
再び行き詰まる。
だが、その時、諸葛亮の目が輝いた。
「……待て。一つ、方法があるかもしれぬ」
「何だ?」曹操が鋭く聞く。
「此の世界は、データの世界だ。ならば、我々自身が、エネルギーを『生み出す』ことができるのではないか?」
「どういう意味だ?」毛利が興味深そうに聞き返す。
「我々は、歴史的人物のデータコピーだ。それぞれの『特性』『記憶』『能力』が、データとして存在している」
諸葛亮の扇が、空中に複雑な軌跡を描く。
「ならば、それらのデータを、一時的に『エネルギー』に変換することはできないか?」
毛利の目が大きく見開かれた。
「……成る程! 確かに、データはエネルギーに変換可能だ! だが、其れは危険すぎる! データそのものを消費することになる!」
「消費されるのは、一時的な『コピー』だ」諸葛亮の声には覚悟が込められていた。「本物の私ではない。此の世界に存在する、データとしての私だ」
曹操は深く考え込んでいた。
「……では、具体的にどうする?」
「各々が、自身の『特性』を最大限に発揮し、その過程で発生するデータの『熱』『光』『運動エネルギー』を、回収するのだ」
信長が大笑いした。
「はは! つまり、わしが戦えば、その戦いのエネルギーが集まるということか! 面白い!」
「そういうことだ」諸葛亮はうなずいた。「だが、単なる戦いでは足りぬ。計画的に、効率的に、エネルギーを生み出さねばならぬ」
毛利が図形に新しい線を描き加え始めた。
「では、役割分担をしよう。曹操公は計算と統率に長けている。戦場のエネルギー管理を任せよう」
曹操は微かにうなずく。「任せよ」
「織田公は、行動力と革新性がある。現場の指揮と、エネルギー発生の促進役だ」
「了解した!」信長はやる気満々だ。
「趙雲殿は、忠義と守護の精神が強い。エネルギーの安定供給と、羅夢殿の護衛を」
「承知しました」趙雲は深く一礼した。
「そして、亮と毛利は、全体の調整と、エネルギーの変換制御を担おう」
諸葛亮は羅夢を見た。
「羅夢殿、貴女は、我々の『核』だ。全てのエネルギーは、貴女を中心に集められる。耐えられるか?」
「……はい。耐えます」
「では、始めよう」
——『発電』作戦、開始。
最初に動いたのは、信長だった。
「よし! では、まずはわしがエネルギーの叩き台になってやる!」
彼は呂布の残した戟の破片を拾い上げ、それを振り回し始めた。
「来い! 誰か、わしと戦え! 戦いの中でエネルギーを生み出すのだ!」
趙雲が前に出た。「では、私がお相手を」
「おお、趙雲か! 良い相手だ!」
戟と槍がぶつかり合う。火花が散る——いや、データの光の粒子が散る。その光が、ゆらゆらと浮かび上がり、計画された経路を通って、中心の一点——羅夢の立つ場所へと流れていく。
「効いているな!」信長が笑いながら戟を振るう。「もっと激しく行こう!」
趙雲も槍の動きを速める。二人の戦いから、確かにエネルギーが発生している。
曹操は、その様子を観察しながら、計算を始めた。
「戦闘エネルギー、単位時間あたり0.3ユニット。持続可能時間、趙雲の負傷を考慮すると、あと2時間が限界か」
彼は地面に数字を書き込む。
諸葛亮と毛利は、そのエネルギーを制御する術を構築している。
「経路の安定性、95%。良好だ」
「変換効率、67%。もっと上げられる」
羅夢は中心に立ち、流れ込んでくるエネルギーを感じている。温かい、揺らめく感覚。データの力が、彼女の周りに渦を巻いている。
次に、曹操が動いた。
彼は剣を抜き——戦うのではない。地面に図形を描き始める。複雑な、戦場の陣形図だ。
「我が知る、全ての戦陣。其れを、此処に再現する」
描かれた図形が、微かに光る。戦術的知恵、統率力、それらがデータエネルギーに変換されていく。
「戦陣エネルギー、0.5ユニット。戦闘エネルギーより高い」曹操は淡々と記録する。「だが、持続には集中力が必要だ」
信長と趙雲の戦いが、次第に激しくなる。
「はっ! 趙雲、良い槍捌きだ!」
「信長様も、相変わらずお見事です」
二人から発生するエネルギーが、徐々に増えていく。
0.5ユニット。0.7ユニット。
「良い調子だ!」毛利が叫ぶ。「だが、まだ足りぬ! もっとだ!」
諸葛亮が扇を高く掲げた。
「では、亮も加えよう」
彼の周りに、八卦の陣が浮かび上がる。陰陽の気が渦を巻き、エネルギーに変換される。
「術式エネルギー、0.8ユニット。効率が良い」毛利が記録する。
「我もだ」毛利も、自身の知略——調略のデータを開放し始めた。情報操作、心理戦、それらが複雑なデータの流れとなり、エネルギーとなる。
エネルギーは、確実に蓄えられていく。
羅夢の周りには、色とりどりの光の渦ができている。信長と趙雲の戦いの赤い光。曹操の戦陣の青い光。諸葛亮の術式の白い光。毛利の調略の緑の光。
「現在の総エネルギー、3.2ユニット」曹操が報告する。「必要エネルギー、100ユニット。まだ3%に過ぎぬ」
「足りないな」信長は汗を拭いながら言った。「もっと激しく行くか!」
「いや、無理は禁物だ」趙雲が制止する。「持久戦を考えねば」
「彼の言う通りだ」曹操も同意する。「23時間、持続可能なペースで進めねばならぬ」
計画は、順調に進んでいるように見えた。
が、その時——
観測者の「目」の残骸が、微かに震え始めた。
「……!?」羅夢が気づく。
「再生が、始まったか」曹操の目が鋭くなる。
割れた「目」の破片が、ゆっくりと、互いに引き寄せられ始めている。再生プロセスが、予想より早く始まったのだ。
「時間がない」毛利の声に焦りが混じる。「このままでは、23時間持たない」
「ならば、ペースを上げるしかあるまい」信長が戟を大きく振りかぶる。
「待て」諸葛亮が制止した。「無理にペースを上げれば、エネルギーの質が落ちる。計画全体が危うくなる」
曹操は、再生する「目」と、エネルギー蓄積の進捗を見比べ、計算した。
「……仕方がない。計画を前倒しにする」
「前倒し?」羅夢が聞く。
「23時間後を待たず、『目』の再生が完了する前に、強行突破する」
「だが、現実世界のサーバーメンテナンスは——」
「合わせられぬなら、合わせずに行う」曹操の声は冷たい。「成功率はさらに下がる。が、やらねば、機会すら失う」
全員が、その現実を受け止めた。
成功率0.5%が、さらに下がる。
「どれくらい下がる?」信長が聞く。
「計算不能」曹操は正直に答えた。「0.1%かもしれぬ。0.01%かもしれぬ」
「はは! ならば、ほとんどゼロではないか!」信長は笑った。「面白い! これこそ、真の勝負だ!」
趙雲は静かにうなずいた。「覚悟はできています」
諸葛亮と毛利も、決意を固めている。
羅夢は、流れ込むエネルギーを感じながら、思った。
0.5%から、さらに下がる。
でも、彼らはあきらめない。
ならば、私も。
「みなさん」彼女は声を上げた。「エネルギー、もっと集めてください。私、もっと耐えられます」
曹操は彼女を見つめ、そしてうなずいた。
「では、全員、最大出力で行け!」
「「「はっ!」」**
戦いの速度が上がる。信長と趙雲の戟と槍が、目にも留まらぬ速さで交錯する。曹操の戦陣図は、より複雑に光り輝く。諸葛亮と毛利の術は、空間全体を覆い始める。
エネルギーは、急激に増えていく。
5ユニット。7ユニット。10ユニット。
羅夢の周りの光の渦は、激しく渦巻き、彼女の体をも揺るがす。
「……っ!」彼女は歯を食いしばる。データのエネルギーが、意識を圧迫してくる。重い。熱い。
「羅夢! 耐えろ!」曹操の声が飛ぶ。
「大丈夫……です……!」
観測者の「目」の再生は、さらに進む。破片の半分以上が、再結合している。
「時間、あとわずかだ」毛利が警告する。
「全エネルギー、20ユニットに達した」曹操が報告する。「まだ、五分の一だ」
「足りない……」趙雲の息が荒い。「もっと……戦わねば……」
だが、彼の動きは、明らかに鈍っている。負傷した左腕が、限界に来ている。
信長も汗だくだ。「くっ……これが、データの体の限界か……」
その時、諸葛亮が叫んだ。
「ならば、最後の手段だ!」
「何だ?」曹操が聞く。
「我々のデータそのものを、エネルギーに変換する!」
「何!?」毛利の目が見開かれる。「それは、即座の消散を意味する!」
「知っている!」諸葛亮の声には、覚悟が込められていた。「だが、他に道はない! 羅夢殿を送り届けるために、我々が最後のエネルギーとなるのだ!」
一瞬、静寂。
そして、信長が大笑いした。
「ははは! 良い! それで良い! わしのデータなど、いくらでも使え!」
趙雲も微笑んだ。「これで、本当に長坂坡の時と同じになりますね」
曹操は、ゆっくりとうなずいた。
「……よかろう。では、順番を決めよう。最後に残る者が、羅夢を送り届ける」
「私は、最後まで残ります」趙雲が申し出る。
「いや、わしが最後だ」信長が主張する。
「お前たちは若い。我が最後だ」曹操の声には、抗いがたい威厳があった。
諸葛亮が割り込んだ。「いや、計画の指揮を取れる者が最後に残るべきです。それは、曹操公か、私か、毛利殿です」
毛利は深く考え、そして言った。
「……では、亮殿と私が最後まで調整を担おう。曹操公は、全体の指揮を続けてください」
曹操は一瞬考え、うなずく。
「了解した。では、順番は——」
「待ってください!」
羅夢の声が、皆を遮った。
彼女は、涙を浮かべながら、しかし確かな声で言った。
「私の順番も、決めてください」
「何?」
「私も、エネルギーになります。自分の意識の、少しだけを」
曹操の表情が険しくなる。「馬鹿を言え。貴女がエネルギーになれば、意識が薄まる。戻れる確率がさらに下がる」
「でも、みんなが全部使われちゃうより、少しでも私が分担した方が……」
「ならぬ」曹操の声は、絶対だった。「貴女は、生きて戻る。其れが、我らの戦いの全てだ」
信長も頷く。「そうだ! お前は、わしらの希望だ! その希望を、自ら減らすな!」
趙雲の目にも、強い意志が宿っている。「お願いです……生きて帰ってください」
諸葛亮と毛利も、同じ思いだった。
羅夢は、涙をこらえきれなかった。
「……ごめんなさい。ありがとう」
「では、行くぞ」曹操が剣を掲げた。「最初は、我からだ」
「曹公!」趙雲が叫ぶ。
「構うな。我は、既に何度も死線を越えてきた。もう一度、越えてみせよう」
曹操の体が、光り始める。彼のデータ——乱世を生き抜いた覇者の記憶、知略、野望——それらが、エネルギーに変換されていく。
「曹公……」羅夢の声が震える。
曹操は、最後に彼女を見つめ、微かに笑った。
「……生きろ」
光が爆発する。
曹操の姿が、データの光の粒に変わり、エネルギーとなって羅夢の周りに吸い込まれる。
エネルギー表示が、一気に跳ね上がる。
20ユニットから、50ユニットへ。
「次は、わしだ!」信長が前に出る。
「織田公!」趙雲が止めようとする。
「遅れるな、趙雲! お前も続け!」
信長の体も光り始める。革新、破壊、創造——戦国の革命児の全てが、エネルギーに。
「はは! わしの天下布武、最後は此のような形か! 面白い!」
光の爆発。
70ユニット。
「では、私も」趙雲が槍を地面に突き刺す。
「趙雲さん……」
「羅夢さん、必ず生きて」趙雲の微笑みは、穏やかだった。「私の槍が、貴女を護ります」
忠義、勇気、守護の心——それらが光となる。
85ユニット。
残るは、諸葛亮と毛利だけだ。
二人は顔を見合わせ、うなずく。
「では、我々で最後の調整を」
「全てのエネルギーを、一本の道に集めよう」
諸葛亮と毛利の体が、同時に光り始める。
知恵、策略、調和、そして、二人の友情——最後のエネルギーとなる。
100ユニット。
エネルギーは、全て揃った。
曹操、信長、趙雲、諸葛亮、毛利——彼らのデータは、全てエネルギーに変わり、羅夢の周りに渦巻いている。
観測者の「目」は、ほぼ再生完了だ。
「では、行くぞ」羅夢は、涙を拭った。「みんなの力を借りて」
彼女は、光の渦の中心に立つ。
全てのエネルギーが、一つの道を作る。
現実世界へと続く、道。
現実世界・22時間後
病院の集中治療室。
羅夢のベッドの周りに、医師たちが集まっている。72時間の期限まで、あと2時間。
「生命維持装置、外す準備はできています」
「家族には、一時間前に説明済みです」
研究室では、田中教授が最終準備をしている。
「メンテナンス開始まで、あと1時間。その瞬間に、強制切断を行う」
時は、刻一刻と迫る。
異世界では、全てのエネルギーが、一つの点に集中する。
現実世界では、二人の人間が、一人の少女の命を左右する決定を下そうとしている。
そして、その境界が、今、破られようとしている。




