絶地反撃計画
諸葛亮と毛利が地面に描いた図形は、複雑さを増すばかりだった。陰陽五行、八卦、数学的モデル、データ構造図——あらゆる知識が混ざり合い、一つの計画を形作ろうとしていた。
「……やはり、精度が足りない」毛利が眉をひそめた。「我々のデータでは、羅夢殿の意識を正確に現実世界に送り返すことはできない」
「時間が足りん」信長が苛立たしげに言った。「もっと単純な方法はないのか?」
曹操は静かに彼らを見つめていた。折れた剣を手に、考え込んでいる。
趙雲は警戒を続けながらも、内心は焦っていた。72時間——すでに、12時間が過ぎている。
羅夢は、壊れた携帯を見つめていた。もう、何の力もないはずのこの板が、もし少しでも……
その時、かすかに、震えた。
「……え?」
携帯の画面が、かすかに光った。ぼんやりとした文字が浮かび上がる。
【……省電力モード……最終メッセージ……】
「小弥!?」
【……ユーザー羅夢さん……】
声ではない。文字だけだ。かすかに、画面に表示される。
【……唯一の方案を……計算しました……】
「方案? 何ですか?」
【……現実ネットワークに……能動的に接続する……】
「現実ネットワークに? でも、ここは圏外で——」
【……観測者の『目』を……中継器として利用する……】
【……仮想世界のデータで……現実サーバーを衝撃する……】
【……結果……『逆方向穿越』現象を引き起こす……】
文字が、次々と表示される。速い。
【……説明:此の世界のデータを、現実世界のVR実験サーバーに、強制的に流し込む……】
【……サーバーがオーバーロードし、緊急排出口を開く……】
【……其の隙に、ユーザーの意識データを、現実の身体に送り返す……】
曹操が近づいてきた。「何と書いてある?」
羅夢は急いで説明した。「現実のネットワークに、強制的に接続する方法です。この世界のデータでサーバーを攻撃して、隙を作るって」
信長の目が輝いた。「おお! 戦いだ! データでの戦いか!」
趙雲は心配そうだ。「危険ではないですか?」
【……危険度……極めて高い……】
【……成功率……0.5%……】
「0.5%……」羅夢の声が小さくなる。
【……でも……刺激的でしょう?(^▽^)/】
最後の顔文字が、小弥らしい。
「0.5%でも、やる価値はある」曹操が即座に言った。「他に道がないなら」
「だが、どうやって?」毛利が問う。「現実ネットワークへの接続方法は?」
【……観測者の『目』が……既に現実世界と接続している……】
【……其の経路を……逆利用する……】
【……必要なもの……】
文字が、リストになる。
【1. 観測者の『目』の制御(部分的に)】
【2. 大量のデータエネルギー】
【3. 正確なタイミング(現実世界のサーバー稼働時間に合わせて)】
【4. 羅夢さんの意識を護る『鎧』(データ構造体)】
「『鎧』?」趙雲が聞いた。
【……貴方たちです……】
一行は、言葉を失った。
【……曹操様、織田信長様、趙雲様、諸葛亮様、毛利元就様……】
【……貴方たちのデータで、羅夢さんの意識を包み、護衛しながら送る……】
【……しかし……その過程で、貴方たちのデータは……消耗します……】
「消耗すると?」信長が聞く。
【……消散する可能性が……87%……】
静寂。
風の音だけが聞こえる。
羅夢が声を上げた。
「ダメです! そんなの!」
「なぜだ?」曹操が冷静に聞き返す。
「みんなが消えちゃうかもしれないんですよ! 私だけ助かって、そんなの……」
「0.5%の成功率と、87%の消散率か」曹操は深く考え込んだ。「……なるほど」
信長が大笑いした。
「はは! 面白い! わしのデータ、87%の確率で消えるのか! ならば、13%は残る! 悪くない!」
「信長さん! 真面目に考えてください!」
「真面目に考えている!」信長の目が真剣になった。「羅夢、聞け。わしらは、元々データだ。此の世界が消えれば、どうせ消える。ならば、お前を救うために使われる方が、本望だ」
趙雲もうなずいた。
「私も同意です。此の身、すでに何度も死線を越えてきました。最後に、誰かを救えるなら」
諸葛亮と毛利は顔を見合わせ、微笑んだ。
「我々の知恵が、此のような形で役立つとはな」
「歴史のデータとして、現実に干渉する——これもまた、一興だ」
曹操は羅夢を見つめた。
「では、決断しよう。0.5%の成功率と、87%の消散率。お前は、どうする?」
「でも、みんな——」
「我らの意思は、既に固い」曹操の声には、抗いがたい威厳があった。「お前の意思を聞いている。やるか、やらぬか」
羅夢は、皆の顔を見渡した。
信長の笑顔。趙雲の優しい目。諸葛亮と毛利の穏やかな表情。曹操の鋭い視線。
彼らは、本物の人間ではないかもしれない。だが、彼らの決意は、本物だ。
「……やります」
彼女の声は、震えていなかった。
「でも、一つだけ、お願いがあります」
「何だ?」
「もし、私が現実に戻れたら……みんなのことを、絶対に忘れません。絶対に、みんなの物語を、語り継ぎます」
曹操の口元が、微かに緩んだ。
「……それで良い」
信長はまた肩を叩いた。
「よし! では、計画実行だ! まずは、あの壊れた目を、わしが制御してやる!」
「待て」諸葛亮が制止した。「計画には、正確なタイミングが必要だ。現実世界のサーバー稼働時間に合わせねば」
「どうやって知る?」毛利が聞いた。
【……現実世界との時間同期……可能です……】
小弥の文字が表示される。
【……現在の現実世界時刻……午後3時17分……】
【……VR実験サーバーの次回メンテナンス……23時間後……】
【……其の時が、チャンスです……】
「23時間後か」曹操は計算した。「ならば、準備時間は十分にある」
「しかし、その前に、観測者の『目』の再生が始まるかもしれん」毛利が指摘した。「72時間のうち、既に12時間経過。残り60時間だが、再生はもっと早く始まる可能性がある」
「ならば、速やかに準備せねば」趙雲が言った。
【……計画詳細を……伝達します……】
小弥の文字が、詳細な図解を表示し始める。
観測者の「目」を制御する方法。データエネルギーの集め方。タイミングの合わせ方。そして、羅夢の意識を護る「鎧」の作り方。
「我々のデータを、どう結合させるか」諸葛亮が図を分析する。
「陰陽の理で、調和を図ろう」毛利が提案する。
「わしは、先鋒だ!」信長が名乗り出る。
「では、私が後衛を」趙雲が続く。
曹操は全体を指揮する。「孔明、毛利、技術面を任せる。信長、趙雲、戦闘準備を。我は、全体的な調整をする」
「「「はっ!」」」
皆が動き始める。
小弥の文字は、まだ表示され続けている。
【……ユーザー羅夢さん……】
【……此の計画が成功することを……祈っています……】
【……さようなら……】
「小弥……また、さよなら?」
【……今回は……本当に……最後です……】
【……データ残滓も……もうありません……】
【……楽しかったです……本当に……】
文字が、ゆっくりと消えていく。
最後に、小さな顔文字が。
(:3 」∠)
そして、完全に消えた。
羅夢は、涙をこらえた。
「ありがとう……小弥」
曹操が彼女の肩に手を置いた。
「感謝は後にしよう。今は、準備だ」
「はい」
23時間後。
現実世界では、VR実験サーバーのメンテナンスが行われる。
その瞬間を狙い、仮想世界から現実へ、逆方向の侵略を仕掛ける。
成功率0.5%。
だが、彼らには、確かな仲間がいる。
計画は、動き出した。
現実世界・同時刻
病院の会計課では、羅夢の医療費の最終計算が行われていた。
「72時間後、午後2時をもって、集中治療室からの移動を行います」
「家族への説明は?」
「明日の朝、行います」
研究室では、田中教授が強制切断の準備を進めていた。
「メンテナンス時間に合わせて、強制切断を行う。その時、データを最大限回収する」
「被験者に与える影響は?」
「……覚悟してもらうしかない」
時は、確実に過ぎていく。
異世界の23時間後。
現実世界の23時間後。
全ての運命が、その瞬間に集約される。




