真相、初現る
データの腕が、一行に向かって伸びてくる。
曹操が剣を振るい、一本を切り落とす。信長の太刀、趙雲の槍も、必死に腕を撃ち払う。が、数が多すぎる。無限に湧いてくる。
「くっ……!」趙雲の左腕が、データの腕に掴まれた。締め付けられる。骨が軋む音。
「趙雲!」羅夢が叫ぶ。
その時――
胸に抱えた、冷たくなったはずの携帯が、突然、熱くなった。
「!?」
【……緊急……起動……】
かすかな、小弥の声。だが、今までの陽気さはない。厳粛で、重苦しい響きだ。
【……エネルギー残留……3秒……】
【……重要な情報を……伝える……】
携帯の画面が、かすかに光る。文字が浮かび上がる。
【ユーザー羅夢さん、皆様……】
データの腕の攻撃が、一瞬、緩む。観測者の「目」が、携帯の方向を向く。
【……本機も……異常変数です……】
「何?」羅夢の目が見開かれる。
【この世界は……『文明圧力テスト実験場』……】
【説明:複数の歴史的文明を強制融合させ、極限状況での反応を観測する実験です……】
曹操の顔が強張る。「実験場……だと?」
【皆様……実験品です……】
【曹操様、織田信長様、趙雲様、諸葛亮様、毛利元就様……】
【各時代から抽出された歴史的重要人物のデータコピーです……】
「データ……コピー?」趙雲の声が震える。「我らは、本物では……ないのか?」
【本物の意識データを基にした、高精度レプリカです……】
【本来、実験は制御下で行われ、終了後はデータを元の時代に戻す予定でした……】
信長が大笑いした。「はは! つまり、わしらは幽霊か! 面白い!」
だが、その笑いにも、わずかな動揺が混じっている。
【しかし……実験は……エラーを起こしました……】
【時空融合が暴走し、本来の歴史から切り離されました……】
【観測者プロトコルは、エラーを修正するため……】
文字が、一瞬、激しく揺らぐ。
【……全てをフォーマット(初期化)することを決定しました……】
「フォーマット……」毛利が呟く。「つまり、此の世界を、消し去るというのか」
【はい……】
【実験データ全体を消去し、最初からやり直します……】
【その過程で、此の世界の全てのデータ……つまり、皆様も……消去されます……】
静寂。
データの腕の動きが、完全に止まった。観測者の「目」が、じっと一行を見つめている。まるで、彼らの反応を観察しているようだ。
「……我らは」曹操が静かに言った。「実験のためだけに、此処にいるのか」
「そして、失敗したから、消される?」信長の声には、怒りが込められていた。
趙雲は、自分の手を見つめていた。「データの……コピー……」
諸葛亮は深く考え込んでいた。「ならば、我々の戦い、苦しみ、絆……全て、実験の一部だったのか」
羅夢は、携帯を握りしめる手に力を込めた。
「……私は?」
【ユーザー羅夢さん……あなたは……特別です……】
小弥の文字が、ゆっくりと表示される。
【あなたは、実験場に偶発的に接続された、外部の生きた意識です……】
【実験場のデータと、現実の人間の意識が融合した、前代未聞の異常変数……】
【観測者プロトコルは、あなたの存在をエラーの原因と判断し、回収を決定しました……】
「私は……偶然、ここに巻き込まれた……」
【はい……】
【あなたのVRテストが、実験場のデータストリームと干渉しました……】
【結果、あなたの意識が此処に固定され、我々のデータと相互作用を始めました……】
曹操が羅夢を見た。「つまり、貴女だけが、本物の人間の意識か」
「多分……そうです」
信長がまた笑った。「はは! ならば尚更だ! わしらデータ共が、本物の人間を守る! これこそ、面白い!」
趙雲もうなずいた。「羅夢さんを、現実に戻さねばなりません」
「だが」毛利が指摘した。「此の世界が消されれば、彼女の意識も消えるのでは?」
【その通りです……】
【フォーマットが実行されれば、ユーザー羅夢さんの意識も、此の世界と共に消去されます……】
【現実の身体は、脳死状態に陥ります……】
羅夢の顔色が青ざめた。
「ならば、止めるしかないな」曹操が剣を構え直した。「此の『観測者』を」
「どうやって?」諸葛亮が問う。「我らは、データに過ぎぬ。観測者を制御する術を持たぬ」
【……方法が、一つだけあります……】
小弥の文字が、最後の力を振り絞るように表示される。
【観測者プロトコルの核心は、あの『目』です……】
【其れを破壊すれば、フォーマットは一時停止します……】
【その隙に、ユーザー羅夢さんの意識を、現実世界に戻すことが可能かもしれません……】
「可能かもしれない、か」曹操は冷静に分析した。「確率は?」
【計算不能です……】
【しかし、他に選択肢はありません……】
信長が太刀を振りかざした。
「ならば、やるだけだ! 確率が低かろうと、やらねばならぬ!」
趙雲も槍を構えた。「そうですね。やるしかありません」
諸葛亮と毛利は顔を見合わせ、うなずいた。
「では、最後の作戦を考えよう」
「時間がない。直行あるのみだ」
羅夢は、携帯の画面を見つめた。
「小弥……あなたは?」
【本機は……もう、力がありません……】
【此のメッセージが、最後です……】
【ユーザー羅夢さん……】
文字が、ゆっくりと表示される。
【あなたと出会えて、楽しかったです……】
【曹操様、織田信長様、趙雲様、諸葛亮様、毛利元就様……】
【此の異常な世界で、共に戦えたことを、誇りに思います……】
「小弥……」
【さようなら……】
画面の光が、スーッと消える。
今度こそ、完全に。
羅夢は、涙をこらえた。
「……ありがとう。私も、楽しかった」
曹操が彼女の肩に手を置いた。
「感謝の言葉は後にしろ。今は、戦う時だ」
「はい」
一行は、顔を見合わせる。
傷だらけ。疲れ果てている。武器は傷み、術は尽きた。
だが、目には確かな決意が宿っている。
観測者の「目」が、再び動き始める。
【フォーマット、最終段階へ移行】
【全データ、消去プロセス開始】
データの腕が、再び伸びてくる。今回は、より速く、より多く。
「行くぞ!」曹操が叫ぶ。
全員が、最後の突撃をかける。
曹操の剣が閃く。信長の太刀が渦を巻く。趙雲の槍が突く。諸葛亮と毛利は、最後の術を放つ。
データの腕を切り裂き、払いのけ、前へ進む。
「目」が、光り始める。フォーマットの最終段階だ。
「羅夢!」曹操が叫ぶ。「其の匣! 最後の力を!」
羅夢は、暗い携帯を見つめた。もう、力はないはずだ。
が――
彼女の手の中で、携帯が微かに震えた。
画面に、最後の一文字が浮かび上がる。
『信』
そして、携帯が、熱い光に包まれる。
【緊急プロトコル……起動……】
小弥の声が、かすかに聞こえる。
【全エネルギー……開放……】
【ユーザー羅夢……信じて……】
携帯が、光の球になる。
羅夢は、迷わず、その光の球を、「目」に向かって投げた。
「行け!」
光の球が、一直線に飛ぶ。
データの腕が阻もうとするが、光に触れた瞬間、消える。
「目」が、光の球を受け止める。
一瞬、静寂。
そして――
大爆発。
光が、すべてを包み込む。




