絶境の中の閃き
呂布のデータが散り、静寂が戻った。
一行は、深い傷と疲労を抱えながらも、接合点の中心へと歩を進めていた。暗くなった携帯を、羅夢はしっかりと握りしめている。もう反応はない。ただの、冷たい板だ。
「此の先、何が待っているか」趙雲が低く呟いた。
「何であれ、向かうしかあるまい」曹操の声にも疲れが滲んでいた。
信長は相変わらず前を歩く。「はは! 面白い! あの呂布を倒したのだ! 次は何が出ようと、楽しみだ!」
だが、その言葉も空しく響く。皆、わかっていた。あの戦いは、幸運だった。次に同じ強さの敵が現れれば、勝てる保証はない。
そして――その「次」は、すぐに来た。
接合点の中心、光の渦の前で、空間が再び歪んだ。
「……またか」毛利が歯ぎしりした。
光の中から、再び巨漢の影が現れる。甲冑、戟、そして狂気の目。
呂布だ。
いや、正確には――さっきの呂布とは少し違う。データの構成が不安定で、所々が滲んでいる。不完全な複製か。
「排除……する……」同じ機械的な声。
「ふざけるな!」信長が怒鳴った。「また同じ手を使うつもりか!」
「歴史修正者……学習した……同じ敗北は繰り返さぬ……」
不完全体呂布が、戟を構える。その動きは、さっきよりは鈍い。が、それでも彼らにとっては脅威だ。
「もう、戦う力が……」趙雲の槍を持つ手が震えている。
諸葛亮も毛利も、術を使う力は残っていない。
曹操は剣を握りしめたが、深い傷から血が滲んでいる。
絶体絶命。
羅夢は、暗い携帯を見つめた。
バッテリー0%。もう何もできない。
でも……何か……何かできるはず……
彼女は必死に考えた。ゲーム、電卓、カメラ、動画……
その時、ふと、あるゲームを思い出した。
『フルーツニンジャ』
スマホで果物を切る、あの単純なゲーム。
「……そうだ!」
彼女は叫んだ。
「みなさん! 此の匣……まだ、使えるかもしれません!」
「何だ?」曹操が振り返った。
「最後の力で、一つだけゲームを起動します! 其れで、呂布の気を引きつけてください!」
「ゲームで?」信長は理解できない。
「そうです! 此の匣の画面に、果物が飛び出します! 其れを、呂布に見せて、惑わすんです!」
「果物で、呂布が惑うのか?」趙雲も疑わしげだ。
「データ生命体です! 動く光に敏感かもしれません!」
羅夢は携帯の電源ボタンを押した。反応なし。
もう一度。長押し。
震えが来た。かすかに、アップルのロゴが一瞬表示され、そして消える。
「ダメか……」
だが、その時、小弥の声が、かすかに聞こえた。
【……緊急……省電力モード……】
画面が、かすかに光った。真っ暗ではない。灰色の、かすかな光。
【……バッテリー残留電力……0.1%……】
【……できること……最小限の表示のみ……】
「小弥! 『フルーツニンジャ』のデモ画面を出して! 動かなくていい! 果物が飛んでいる画面だけを!」
【……了解……】
画面が変わり、『フルーツニンジャ』のタイトル画面が表示された。が、タッチは反応しない。ただ、果物が画面上を飛び交うデモンストレーションが流れている。
リンゴ、バナナ、スイカ……それらが、画面上を飛び、時折、斬られるエフェクトが光る。
「これだ!」羅夢は叫んだ。「曹公! 信長さん! 此の匣を、高く掲げて、揺らしてください!」
「揺らせ?」曹操は眉をひそめた。
「そうです! 大きく、早く! 画面の光を、呂布に見せつけるんです!」
信長はまず動いた。「面白い! やってみよう!」
曹操も、ためらいながらうなずく。
二人は携帯の両端を持ち、高く掲げる。
「行くぞ!」信長が合図する。
二人は、携帯を大きく、早く揺らし始める。
画面の光が、闇の中できらめく。果物のエフェクトが、高速で動き、幻影のようだ。
呂布の動きが、一瞬止まる。
その目が、揺れる光に向けられる。
「……何……だ……?」
「今だ!」羅夢が叫ぶ。「趙雲さん!」
趙雲は一瞬の隙を逃さない。
槍を構え、渾身の力を込めて突く。
不完全体呂布は、光に夢中になっている。趙雲の槍が、その胸を貫くまで、気づかない。
「ぐあっ!?」
呂布の体が、再びデータに崩れていく。
「……光……果物……?」
最後の呟き。
彼は消えた。
静寂。
曹操と信長は、揺らすのを止め、息を切らしている。
趙雲は槍を地面に突き、膝をつく。
「……効いた、な」
羅夢は、携帯の画面を見た。デモはまだ流れている。が、バッテリーアイコンは真っ赤で、警告マークが点滅している。
【バッテリー残留電力:0.01%】
【まもなく完全停止します】
「ありがとう、小弥」
【……どういたしまして……】
【……ユーザー羅夢さん……】
【……これが……最後の……】
画面の光が、スーッと消える。
真っ暗。
もう、二度と光らないかもしれない。
羅夢は、冷たくなった携帯を、胸に抱きしめた。
「ごめんね……最後まで、頑張ってくれて」
曹操が近づき、彼女の肩に手を置いた。
「……感謝する。其れが無ければ、我らは倒れていた」
信長も大笑いしたが、その笑いには疲れが滲んでいた。
「はは……面白い戦いだった! 果物で敵を惑わすとは!」
趙雲は立ち上がり、深く一礼した。
「羅夢さん、おかげで助かりました」
諸葛亮と毛利も、感謝の言葉を述べる。
だが、その安堵もつかの間だった。
接合点の中心、光の渦が、突然激しく渦巻き始めた。
「……まだ、終わってないようだな」曹操が呟く。
渦の中から、声が聞こえる。
複数の声が重なった、不気味な声だ。
「……よくも……ここまで……」
「……だが、此処までだ……」
「……歴史は、修正される……」
光の中から、幾つもの影が現れ始める。
歴史修正者の、本隊だ。
数十――いや、数百体のデータ兵たち。そして、その中心に、より大きな影が三つ。
「……また、強敵か」信長が笑ったが、その声には、もはや余裕がない。
趙雲が槍を握り直す。「もう、限界です」
曹操も、深い傷を気にしながら、剣を構える。
羅夢は、暗い携帯を見つめた。
もう、力はない。
でも――
彼女は顔を上げた。
「みなさん」
皆が彼女を見る。
「私、まだあきらめません」
彼女の目に、涙が光っている。でも、それは絶望の涙ではない。
「だって、みんながいるから」
「私は、ただの留学生です。歴史もよく知らないし、戦い方もわからない」
「でも、みんなと出会って、たくさんのことを学びました」
「戦うこと、協力すること、信じること」
彼女は一歩前に出る。
「だから、最後まで、戦います」
曹操の口元が、ゆるんだ。
「……馬鹿な娘だ」
信長は、大きな笑い声を上げる。
「ははは! 良い! それで良い!」
趙雲は、静かにうなずく。
諸葛亮と毛利は、互いに顔を見合わせ、微笑む。
光の渦が、さらに大きくなる。
歴史修正者の軍勢が、ゆっくりと迫ってくる。
その時――
暗い携帯が、突然、微かに震えた。
「……?」
羅夢は見つめる。
画面は暗いままだ。が、何かが……変わった。
【……検知……】
かすかな、小弥の声。
【……外部エネルギー……】
【……時空の歪み……最大……】
【……変換可能……】
携帯の画面が、かすかに光り始める。
0%だったバッテリー表示が、1%に変わる。
そして、2%。3%。
「……え?」
【……接合点のエネルギーを……吸収中……】
【……危険……制御不能……】
画面が激しく光る。バッテリー表示が、狂ったように上昇する。
10%。20%。50%。
「何だ、これは!?」信長が叫ぶ。
「接合点そのものが、エネルギー源になった」諸葛亮が分析する。
100%。200%。300%。
画面が真っ白に光る。
そして――
新たなメッセージが表示される。
【システム・オーバーロード】
【新機能アンロック:『時空制御(限定的)』】
【説明:周囲の時空歪みを、一時的に制御できます】
【持続時間:3分】
【その後、天機匣は過負荷で破損します】
【使用しますか?】
羅夢は、皆を見た。
曹操はうなずく。
信長は笑う。
趙雲は決意の目。
諸葛亮と毛利は、期待の視線。
彼女は、深く息を吸い込んだ。
「はい」
【実行】
携帯から、光の波が広がる。
歴史修正者の軍勢の動きが、一瞬止まる。
時間が、ゆっくりと流れ始める。
曹操が叫ぶ。
「行くぞ! 3分だ!」
全員が、最後の力を振り絞って、走り出す。
光の渦へ。
真実へ。
答えへ。
現実世界では――
病院のモニターが、最大音量の警告音を発した。
羅夢の脳波が、計測不能なレベルまで上昇する。
「患者、危険です!」
「心拍数、200以上!」
「何が起こっている!?」
医師たちが慌てる。
その時、病室のドアが開き、二人の中国人男女が駆け込んできた。
羅夢の両親だ。
「夢夢!」母親が叫ぶ。
父親は医師に詰め寄る。「娘はどうなった!?」
だが、誰も答えられない。
モニターの脳波は、狂ったように跳ね続けている。
そして――
病室の電気が、一瞬、すべて消えた。
非常灯だけが、ぼんやりと照らす。
暗闇の中、羅夢の身体が、微かに光り始めた。




