新たなる脅威
朝。
一行は、時空の接合点のふもとに立っていた。
昨夜の団らんの温もりは、まだ心に残っている。が、眼前に広がる歪んだ光景は、現実を思い知らせる。
「では、行くぞ」曹操が静かに言った。
皆、うなずく。
歩みを進める。接合点の中心へ。
最初の数分、何も起こらなかった。ただ、周囲の建物の歪みが、次第に激しくなるだけだ。
「静かすぎる」趙雲が警戒して言った。
「おかしいな」毛利も眉をひそめた。「此れほどの要所、無防備であるはずがない」
諸葛亮が扇をあおぐ手を止めた。
「……来る」
その瞬間――
空気が裂けた。
接合点の中心から、巨大なエネルギーの柱が噴き上がる。光の中から、一人の巨漢が降りてきた。
身の丈九尺(約2m)はあろうか。重厚な甲冑に身を包み、手には巨大な戟――方天画戟を握っている。その顔は、荒々しく、目には狂気の光が宿っている。
「……呂布」曹操の声に、初めて動揺が混じった。
「呂布!?」羅夢の目が見開かれた。三国最強の武将、呂布?
信長が大笑いした。「おお! ついに、あの『人中の呂布』か! 会えて光栄だ!」
だが、趙雲の表情は硬い。「……違う。あれは、呂布ではない」
「何だ?」
「呂布様は、確かに強い。だが、此れほどの……殺気はなかった」
趙雲の言う通りだった。
降り立った呂布――いや、その姿を借りた何か――は、ただ立っているだけで、周囲の空気を歪ませている。目は焦点が合っておらず、ただ虚空を見つめている。
「完全体……呂布……」機械的な声が、何処からともなく響く。「歴史修正者……最終兵器……」
呂布の目が、突然、一行に向けられる。
「排除……する……」
その声と共に、彼が動いた。
信じられない速さだ。
方天画戟が閃き、信長の頭を狙う。
「!」信長は間一髪で回避し、太刀で受け止めようとする。
が――
ガガーン!!
金属の軋む音。信長の太刀が、戟の一撃で大きく弾き飛ばされる。
「な、何っ!?」信長の目が大きく見開かれた。「此の力……!」
「下がれ!」曹操が剣を抜き、呂布に斬りかかる。
呂布は振り向きもせず、反手に戟を振るう。
曹操の剣が、軽々と弾かれる。
「うっ……!」
趙雲の槍が、呂布の脇腹を狙う。
呂布は、ようやく趙雲を見た。そして――
左手で、槍を掴んだ。
「何!?」趙雲は驚愕する。槍を、素手で?
呂布はその槍を、軽々と引き寄せ、趙雲ごと地面に叩きつけようとする。
「趙雲!」羅夢が叫んだ。
その瞬間、諸葛亮の扇から光の壁が現れ、呂布の動きを一瞬止めた。
趙雲は間一髪で逃れ、後退する。
「……強い」彼の声が震えている。「呂布様より……はるかに……」
毛利が家臣たちに指示を出す。「囲め! 一点集中だ!」
家臣たちが四方から襲いかかる。
が、呂布は戟を一回転させるだけで、全員を吹き飛ばす。
「無駄だ」機械的な声が再び響く。「完全体呂布……戦闘力……測定不能……」
「測定不能って……」羅夢は携帯を取り出し、データスキャンを向けた。
【スキャン中……】
【エラー:対象のデータ密度が高すぎます】
【戦闘力:計測不能(1000以上)】
【防御力:計測不能】
【速度:計測不能】
【弱点:不明】
【提案:逃げてください。今すぐに。】
「逃げられない!」曹操が叫んだ。「此処が接合点だ! 退けば、全てが終わる!」
「ならば、戦うしかあるまい!」信長は弾き飛ばされた太刀を拾い、再び構える。
だが、誰もがわかっていた。
勝てない。
圧倒的に。
呂布が、再び動き出す。ゆっくりと、確実に、一行に向かって。
「曹公、策は!」趙雲が叫んだ。
曹操は一瞬、羅夢を見た。
「其の匣だ! 何かできるはずだ!」
「でも、バッテリーが……」
羅夢は画面を見る。
【バッテリー残量:3%】
「3%しかない!」
「何!?」信長の声が上がる。「昨夜、まだ200%以上あったではないか!」
「火鍋パーティーと、写真と……それに、朝までエネルギーノードを展開してたから……」
「無鉄砲な!」曹操が怒鳴った。「戦闘前に、エネルギーを無駄遣いするとは!」
「ごめんなさい! でも、もう……」
呂布が、戟を振りかぶる。次は、確実に誰かを仕留める一撃だ。
「ならば、3%で何ができる!」曹操が問い詰める。
羅夢は必死にアプリを切り替える。時空干渉? バッテリー不足で起動しない。データスキャン? もう無駄だ。ゲーム? 意味がない。
「小弥! 何か方法は!?」
【……計算中】
小弥の声に、いつもの陽気さはない。
【現在のバッテリー:3%】
【可能な行動:
1. エネルギーノード緊急展開(持続時間:30秒)
2. データスキャン・弱点探査(1回のみ)
3. 時空干渉・局所停止(0.5秒のみ)
4. 全エネルギーを解放した最後の一撃(その後、天機匣は完全停止)】
「最後の一撃……?」
【説明:バッテリー残量3%を全て使い、強力なデータ分解波を放ちます】
【効果:対象のデータ構造を一時的に不安定にします(最大5秒)】
【その後、天機匣はエネルギー枯渇。再起動には、新たな充電が必要です】
【成功率:47%】
【実行しますか?】
羅夢は顔を上げ、皆を見た。
曹操は必死に呂布の攻撃をかわしている。信長と趙雲が援護するが、傷だらけだ。諸葛亮と毛利は、何とか術で援護している。
家臣たちは、半分以上が倒れている。
「……実行します」
【了解】
【最後の一撃、準備開始】
【対象:完全体呂布にロックオン】
【バッテリー残量:3% → 放出開始】
携帯が熱くなる。画面が真っ赤に光る。
呂布が、曹操に致命傷を与えようと、戟を振り下ろす瞬間――
「今だ!」羅夢が叫ぶ。
携帯から、目には見えないが、確かに存在する衝撃波が放たれる。
呂布の動きが、一瞬、止まる。
その目に、初めて「混乱」のような感情が浮かぶ。
「……何……だ……?」
5秒。
たった5秒の隙。
だが、英雄たちにとっては、十分だ。
「趙雲!」曹操が叫ぶ。
「信長殿!」趙雲が応える。
「孔明! 毛利!」信長が呼びかける。
全員が、一斉に動く。
曹操の剣が、呂布の首を狙う。
信長の太刀が、腹を狙う。
趙雲の槍が、胸を狙う。
諸葛亮の術が、動きを封じる。
毛利の指示で、残る家臣たちが、足元を狙う。
5秒の停止が終わる。
呂布が動き出す。
が――遅い。
皆の攻撃が、ほぼ同時に命中する。
「ぐああああっ!!!」
呂布の咆哮が、接合点全体に響き渡る。
その体に、亀裂が走る。データの光が漏れ出す。
「……不可能……だ……我は……完全体……だ……!」
「完全体など、ただの兵器だ!」信長が笑いながら叫ぶ。「我らは、生きている! 考え、感じ、戦う!」
「其れが……違いだな」曹操も、冷たく言い放つ。
呂布の体が、崩れ始める。
だが、最後の瞬間――
彼の目が、羅夢を見た。
「其の……匣……」
呂布の手が、突然、伸びる。信じられない速さで、羅夢の携帯を掴もうとする。
「うわっ!?」
羅夢は慌てて後退するが、遅い。
呂布の巨大な手が、携帯に触れんとする――
その時。
携帯の画面が、最後の光を放つ。
【エネルギー完全放出!】
【バッテリー残量:0%】
強烈な閃光。
呂布の手が、光に飲まれる。
「ああああっ!!!」
最後の叫び。
呂布の体が、完全にデータの粒に分解され、散っていく。
静寂。
誰も動かない。
ただ、風が、データの塵を運んでいく。
そして――
携帯の画面が、真っ暗になる。
「……天機匣」曹操が呟く。
羅夢は、冷たくなった携帯を、じっと見つめている。
反応がない。ボタンを押しても、触れても。
完全に、力尽きた。
「……ごめんなさい」彼女の声が震える。「最後の……力まで、使っちゃって」
信長が、倒れそうになる体を槍で支えながら、笑った。
「はは……それで良い。勝ったのだから」
趙雲も、深く息を吐いた。「……危なかった」
諸葛亮と毛利は、疲れ果てて地面に座り込んでいる。
だが、曹操は動かない。彼は、まだ呂布が消えた場所を見つめている。
「……完全体、か」
「曹公?」趙雲が心配そうに声をかける。
「我らが倒した呂布……あれは、本物の呂布ではなかった」
「え?」
「あれは……歴史修正者が、呂布のデータを基に作り出した、兵器に過ぎぬ」
曹操の目が、接合点の中心を見つめる。
「ならば……本物の呂布は、此の世界の何処かに……」
その言葉に、全員が凍りつく。
完全体ですら、此の強さだ。
ならば、本物の呂布が、もし歴史修正者の手に落ちていたら?
「……早く、行かねば」毛利が立ち上がる。「此の接合点の核心を、突き止めねば」
「だが、天機匣が動かぬ」諸葛亮が指摘する。「我らは、暗闇を進むことになる」
羅夢は、暗い携帯を握りしめた。
「……大丈夫です。みんながいるから」
彼女は顔を上げ、接合点の中心を見つめた。
光の渦が、今も渦巻いている。
あの中に、真実がある。
歴史修正者の目的。
時空融合の原因。
全ての答えが。
「行きましょう」
彼女の声には、震えはもうない。
曹操がうなずく。
「ああ。だが――」
彼は、呂布が消えた場所を見つめた。
「――次に現れる敵が、あれより強いなら、我らは勝てぬかもしれぬ」
「ならば、勝つまでだ」信長は相変わらず楽観的だ。
趙雲は黙って槍を握り直す。
一行は、再び歩き出す。
暗い携帯と、深い傷と、わずかな希望を胸に。
接合点の中心へ。
現実世界では――
病院のモニターが、突然、激しく警告音を発した。
羅夢の脳波が、一瞬、完全に平坦になった。
「心停止!?」看護師が叫ぶ。
「いや、違う」堀内教授がモニターを見つめる。「脳波が……0になった。ありえない……」
だが、次の瞬間――
脳波が、再び現れた。以前とは全く違う、荒々しく、力強いパターン。
「……何だ、これは」
教授の目が、大きく見開かれた。
其の脳波は、まるで――
戦っているようだった。




