初めての団らん
時空の接合点は、もう目の前だった。
一行が丘の上に立つと、その向こうに、信じがたい光景が広がっていた。
幾つもの時代の建造物が、無理矢理にねじ曲げられ、融合している。漢代の宮殿の屋根が戦国時代の天守閣に続き、その壁には現代のビルの窓がはめ込まれている。道路は石板敷きだったり、土埃っぽかったり、突然アスファルトになったり。
中心部には、巨大な「渦」が見える。光と影が渦巻き、時折、別の時代の風景が一瞬映し出される。
「……あれが」羅夢の声が小さくなった。
「時空の接合点」諸葛亮が頷いた。「幾つもの時代が、無理に縫い合わされた痕だ」
曹操は黙ってその光景を見つめていた。信長は逆に興奮している。
「すごい! 此れこそ、戦う価値がある!」
趙雲は警戒しながら周囲を見回し、毛利は地形を分析している。
が、誰もが感じていた。あの「渦」に近づけば、もう後戻りはできない。最後の戦いが始まる。
「今日は、もう遅い」曹操が静かに言った。「明日、朝一番で向かおう」
「ふむ、それも良い」毛利も同意した。「疲れた状態で突入するのは無策だ」
一行は丘の中腹の、比較的平坦な場所に野営地を設営した。
日が沈み、闇が迫る。
いつもなら、警戒しながら質素な食事を取るところだ。
が、羅夢はあることを思いついた。
「みなさん」彼女は声を上げた。「今日は……ちょっと特別なことをしませんか?」
「特別なこと?」信長が興味深そうに聞いた。
「ええ。携帯の充電も成功したし、みんなでここまで来られたし……ちょっと、お祝いというか」
曹操が眉をひそめた。「無駄なことする時間は――」
「曹公、たまには良いでしょう」諸葛亮が微笑んだ。「弦は張り詰めすぎると、切れることもあります」
「我も同意だ」毛利もうなずいた。「士気を高めるのも、戦略の内だ」
趙雲は何も言わないが、期待しているような視線を向けている。
羅夢は携帯を取り出し、小弥に問いかけた。
「小弥、何か……ここで、みんなで楽しめること、できませんか? 特別な機能とか」
【ユーザー要望:団らんイベントを検出!】
【提案:『異世界火锅パーティー』はいかがですか?】
【説明:システムのデータ変換機能を利用し、仮想食材を具現化します!】
【必要なもの:バッテリー15%、時空歪みのエネルギー少々】
【注意:あくまでデータ構築体用の仮想食事です。栄養にはなりません!】
【でも、味は本物です!(たぶん)】
「火鍋……パーティー?」羅夢の目が輝いた。
「火鍋?」信長が聞き返した。「何だ、それは?」
「鍋料理です! みんなで囲んで、いろんなものを煮て食べる!」
曹操は疑わしそうだった。「此の荒野で、鍋を?」
「データで作ります! 携帯の機能で!」
【実行しますか? Y/N】
「やります!」
【了解! 異世界火锅パーティー、準備開始!】
携帯から光が放たれ、地面の上に、円形の「鍋」のようなものが浮かび上がる。それは、データの光で構成され、中には湯気立つスープが見える。
「二種類のスープを用意しました!」小弥の声が解説する。【左:激辛麻辣湯! 右:優しい白湯!】
【具材もデータから生成します!】
光の中から、様々な食材が現れる。肉、野菜、豆腐、麺……全てが微妙に光っているが、本物のように見える。
「おお!」信長が驚嘆の声を上げた。「此れは面白い!」
「データの……食物か」曹操は慎重に近づき、様子を窺った。
趙雲も興味深そうに見つめている。諸葛亮と毛利は、技術的な興味で観察している。
「では、皆さん、どうぞ!」羅夢は箸を取り、肉を鍋に入れた。
最初は誰も手を出さなかった。
が、信長がまず動いた。
「はは! では、わしが試そう!」
彼は麻辣の鍋に肉を入れ、しばらく待って取り出し、口に運んだ。
一瞬、彼の顔が固まる。
「……!?」
「ど、どうですか?」羅夢が心配そうに聞いた。
信長は目を見開き、そして――
「……激しい!」
「え?」
「此の辛さ……刺激的だ!」信長は大笑いした。「面白い! 戦いの前には、此くらいの刺激が良い!」
彼はまた肉をつまみ、今度は白湯の鍋からも取って食べ比べた。
「こっちは……物足りんな。もっと何か足せぬか? 例えば……火薬でも」
「火薬はダメです!」羅夢は慌てて止めた。
曹操もようやく箸を取った。彼は慎重に、白湯の鍋から野菜を取り、口に運んだ。
「……ふむ。味はある。しかし、実体がない」
「データですから……」
趙雲も挑戦した。彼は麻辣の鍋から少し取り、食べて――すぐに咳き込んだ。
「……っ! 此、此れは……」
「趙雲さん、辛いなら水――あ、水もないや。白湯の方をどうぞ」
趙雲は涙目になりながら、白湯の鍋に手を伸ばした。
諸葛亮と毛利は、それぞれ好みのものを選んで食べ始めた。
「此の豆腐、なかなかの食感だ」
「肉の切り方、現代風だな」
やがて、全員が鍋を囲むようになった。
最初はぎこちなかったが、次第に会話も弾む。
「そういえば、信長殿」曹操が言った。「貴様の『天下布武2.0』、まだ続けるのか?」
「勿論だ!」信長は肉を頬張りながら答えた。「此の世界を正した後、我が新たな国を作る! 其の時は、皆、わしの家来になれ!」
「馬鹿を言え」曹操は冷たく言い放った。「我が貴様の家臣になると思うか?」
「はは! ならば、また戦おう! 其の時は、此の火鍋を賭けてな!」
趙雲が真面目な顔で言った。「戦は、なるべく避けるべきです」
「子龍、其れはお前らしいな」信長は趙雲の肩を叩いた。「では、お前は仲裁役だ!」
諸葛亮と毛利は、別の話をしていた。
「孔明殿、此のデータ変換技術、軍事に応用できぬか?」
「可能かもしれません。兵糧の確保に……」
羅夢は、その光景を眺めながら、ふと、現実世界を思い出した。
家族と囲んだ食卓。友達との鍋パーティー。アルバイトの後の、一人のコンビニ弁当。
「……ちょっと、寂しいな」
その呟きに、趙雲が気づいた。
「どうかされた?」
「いえ……ただ、ちょっと、現実のことを」
曹操が箸を置き、彼女を見た。
「帰りたいか?」
「……はい。でも、こっちも、みんなと過ごすのは楽しいです」
信長が大きな声で笑った。
「はは! それで良い! 楽しいこと、面白いこと、それを求めて生きるのが人生だ!」
「織田殿の言う通りだ」諸葛亮もうなずいた。「今、此処にある楽しい時を、大切にすべきでしょう」
毛利も微かに笑みを浮かべた。「我も、此のような団らん、久しぶりだ」
鍋は次第になくなっていく。データの食材だが、食べると満腹感がある。不思議だ。
最後に、羅夢が提案した。
「みんなで、記念写真を撮りましょう!」
「写真?」曹操が眉をひそめた。「また、其の『自撮り』か?」
「そうです! でも、今回はみんなで!」
彼女は携帯を掲げ、セルフィーモードにする。
「集まってください! えっと、曹操さんと信長さん、真ん中に。趙雲さんはこっち。丞相と毛利さんはそちらに」
皆、少し戸惑いながらも、指示に従う。
曹操と信長は、お互いに少し距離を置いている。趙雲は真面目な顔。諸葛亮と毛利は、何やら相談しているような表情。
「もっと、にこにこしてください! はい、チーズ!」
「ちーず?」信長が首をかしげた。
「笑って、って意味です!」
「はは! ならば、笑おう!」
信長の大笑い。曹操は微かに笑みを浮かべる。趙雲は緊張した笑顔。諸葛亮と毛利は、穏やかな微笑み。
シャッター音。
【写真保存完了!】
【ファイル名:『異世界火鍋パーティー.jpg』】
【バッテリー消費:1%】
【現在のバッテリー:212%】
「見てみましょう!」
羅夢は画面を見せる。
そこには、データの鍋を囲み、それぞれの表情で笑う、歴史の英雄たちの姿があった。
信長が自分の顔をじっと見つめる。
「おお、わし、良い顔をしているではないか!」
「曹公は、相変わらず渋いな」
「趙雲、もっと笑えよ!」
「丞相、良いお顔です」
曹操は自分の笑みを見て、少し恥ずかしそうに顔を背けた。
「……ふん。子供じみている」
だが、その口元は緩んだままだ。
趙雲は真面目に写真を分析している。
「雲、少し緊張しているようだ」
「それで良いんです!」羅夢は笑った。「ありのままが!」
その時、小弥の声が響いた。
【団らんイベント、大成功!】
【チームの絆が深まりました!】
【全員の『連携力』が+10%上昇!】
【次の戦闘で、協力攻撃の威力がアップします!】
【やったね!(๑•̀ㅂ•́)و✧】
「連携力……」毛利が呟いた。「確かに、心の距離が縮まった気がする」
「戦場では、それも重要だな」曹操もうなずいた。
夜は更け、鍋の光も消えていった。
皆、それぞれの寝床に就く。
羅夢は、写真をもう一度見つめていた。
現実に戻ったら、此の写真は消えるのだろうか?
データでできた、仮想の思い出。
でも、彼女の中に残る思い出は、本物だ。
「ありがとう、みんな」彼女は小声で呟いた。
そして、現実世界では――
病院のベッドで、羅夢の口元に、微かな笑みが浮かんだ。
モニターの脳波は、穏やかで、温かなパターンを示している。
見守る医師が、看護師に囁いた。
「……何か、楽しい夢を見ているようだな」
彼らにはわからない。
その患者が、千年の時を超えた仲間たちと、データの火鍋を囲んでいることなど。




