信長の配信野望
その夜も、一行は洞窟で野営した。
次の目的地「時空の接合点」まで、あと一日の行程だという。だが、道中の危険は増すばかりで、夜間の移動は避けるべきだと、諸葛亮と毛利が判断した。
「ならば、今夜はゆっくり休むとしよう」曹操が言った。
「つまらん!」信長は不満そうだった。「もっと急ぐべきだ!」
「無理な行軍で疲れれば、戦えるものも戦えぬ」趙雲が諫めた。
信長はしぶしながらも納得した。「……わかった。では、其の代わりに――」
彼の目が、羅夢の手にある携帯に釘付けになった。
「――其の匣で、何か面白いことをしようではないか!」
「え? でも、もうドラマは見たし、ゲームもしたし……」
「他に何かあるだろう!」
羅夢は仕方なく、アプリ一覧を見せた。「ゲーム、カメラ、電卓、コンパス、メモ帳、動画……」
「カメラ!」信長の目が輝いた。「前に、己を映したあの機能か!」
「はい、でも、ただ映るだけですから……」
「いや、待て」信長は突然、何かを思いついた表情をした。「此のカメラ、己の姿を映せる。ならば、其の姿を、多くの者に見せられるのではないか?」
「多くの者に?」羅夢は理解できなかった。「どうやって?」
「例えば――」信長は大きく手を広げた。「戦場で、味方の兵士たちに、我が姿を見せ、鼓舞する! あるいは、敵に、我が威容を見せつけ、脅す!」
「それは……ライブ配信みたいなものですか」
「配信?」信長は聞き慣れない言葉を繰り返した。
【オフライン翻訳、作動!】
【『配信』→『影像を多数に送り届けること』】
【現代では『ライブ配信』が一般的です!】
【おすすめアプリ:カメラアプリ内の『ライブ配信モード』!】
「ライブ配信モード……」羅夢はアプリを開き、確かにその機能があるのを確認した。が、もちろん、圏外なので使えない。
「ありますけど、ネットがないから使えません」
「ネット?」
「電波です。此の匣が、遠くの者と繋がるための……」
「ならば、電波を受信すれば良いだけではないか!」信長はますます興奮していた。「前に、雷の力を受信したではないか! 同じように!」
「雷と電波は違います……」
「構わん! 試してみよう!」
羅夢は諦めて、ライブ配信モードを起動した。
画面が変わり、カメラの映像が表示される。下部には、『配信開始』ボタン。その横に、小さく表示されている。
視聴者:0人
「ほら、誰も見てません」
「0人?」信長は首を傾げた。「何故だ?」
「ネットに繋がってないから、此の匣から外に映像が送れないんです」
「ふむ……」信長は少し考え、そして言った。「ならば、仮想的にでも良い。練習として、我が演説を録ってみようではないか!」
「演説?」
「そうだ! 『天下布武2.0』についての!」
「2.0……」羅夢はため息をついた。「わかりました。でも、録画だけですからね」
「よし! では、始めよう!」
信長は洞窟の少し開けた場所に立ち、姿勢を正した。陣羽織を翻し、手は腰に当てる。
羅夢は携帯を構え、録画を開始した。
「うむ、では――」
信長はカメラを見据え、力強い声で話し始めた。
「諸君、聞け!」
洞窟の中に、彼の声が響き渡る。曹操や趙雲、諸葛亮、毛利も、興味深そうに見ている。
「我は織田信長! 此の乱れた時空に、新たな秩序をもたらす者!」
「天下布武――其れは、武力で天下を統一することではない! 秩序と革新によって、此の世界を正すことだ!」
彼の目は、カメラのレンズをしっかりと見つめている。まるで、本当に大勢の観客に向かって話しているかのようだ。
「我らは今、幾つもの時代が歪んで融合した、異常な世界にいる! 其れを正すには、力だけでは足りぬ! 知恵も、技術も、団結も必要だ!」
「見よ! 我が仲間たちを!」
彼は手を広げ、周囲の者たちを指さす。
「曹操――乱世を生き抜いた覇者! 趙雲――忠義に厚き勇将! 諸葛亮――天知るる知謀の士! 毛利元就――調略に長けた智将!」
「そして、羅夢――此の不思議な匣を使い、我らを導く者!」
羅夢は、カメラの後ろで顔を赤らめた。
「此の様な者たちが集い、共に戦う! 此れこそ、真の『天下布武』ではないか!」
信長の声は、さらに力強くなる。
「我は宣言する! 此の歪んだ時空を正し、それぞれの時代を、それぞれの場所に戻す!」
「歴史修正者とやらが、其れを阻むなら――我らが、打破してみせる!」
「新たな秩序を! 新たな世界を!」
「我らと共に戦いたい者は、集え! 我が元へ!」
最後の一声が、洞窟に響き渡る。
静寂。
信長は、少し息を切らしている。が、目は輝いたままだ。
「……如何だった?」彼は羅夢に聞いた。
「はい、とても……力強い演説でした」羅夢は正直に答えた。
「ふむ! では、其の映像、多くの者に見せられるか?」
「それが……やっぱり、ネットがないから……」
その時、小弥の声が響いた。
【録画完了!】
【ファイル名:『天下布武2.0_演説.mp4』】
【視聴者数:0人】
【いいね数:0】
【コメント:なし】
【提案:ネットワークに接続するか、有料広告で視聴者を増やしましょう!】
画面に、奇妙な広告が表示された。
『視聴者を増やそう! 1000人パック:5000円!』
『有料配信で収入アップ!』
『バーチャルギフトを受け取ろう!』
「おお!」信長の目が輝いた。「視聴者を増やせるではないか! 此の『有料広告』とやらを使えば!」
「ダメです!」羅夢は慌てて否定した。「お金かかりますし、そもそもネットないし!」
「ならば、此の『ネット』とやらを、何とかすれば良いだけだ!」
「何とかできません!」
曹操が冷静に割り込んできた。「織田殿、其れは現実的ではない。我々には、其の『ネット』を作る技術も、時間もない」
「ならば、どうすれば良い!」信長は不満そうだった。「せっかくの演説、此の匣の中に眠らせておくのか?」
「今は、それで良い」曹操はうなずいた。「いつか、本当に多くの者に見せられる時が来るかもしれぬ。其の時のための、練習だと思え」
信長は少し不満そうだったが、やがて笑った。
「はは! そうだな! では、もっと練習を重ねよう! 娘、また録ってくれ!」
「え? また?」
「そうだ! 今度は、もっと激しい演説を!」
羅夢は絶望的に天井を見上げた。
バッテリーは230%。録画だけで1%消費した。
この調子で、信長の「配信練習」が続いたら……
「曹公、助けてください」彼女は小声で頼んだ。
曹操は微かに笑みを浮かべ、首を振った。
「我にも、彼を止めることはできぬ」
その時、諸葛亮が提案した。
「織田殿。其の方の演説、確かに力強い。ならば、其れを実際の戦いに活かしてみてはどうか?」
「どういうことだ?」信長が興味深そうに聞いた。
「次に歴史修正者と戦う時、其の方の演説を、敵に向かって流すのだ」
「敵に?」
「そうです」諸葛亮は扇をあおぎながら説明した。「敵の多くは、データ生命体です。ならば、データ的な『音声攻撃』が効くかもしれない。其の方の力強い声で、敵のデータを乱すのです」
信長の目が、大きく見開かれた。
「……なるほど! 面白い! 声で敵を倒すとは!」
彼はすぐにやる気になった。
「では、敵を倒すための演説を考えねば! 娘、メモを取れ!」
「え? 私が?」
「そうだ! 我が言葉を、全て記録せよ!」
羅夢は仕方なく、メモ帳アプリを開いた。
信長は、再び演説の練習を始める。
「歴史修正者よ、聞け! お前たちのしていることは、歴史の冒涜だ! 我こそが、真の革新をもたらす者――」
彼の声が、洞窟に響き渡る。
曹操は苦笑いしながら、洞窟の奥へと去っていった。
趙雲は警戒任務に戻った。
諸葛亮と毛利は、何やら相談を始めている。
羅夢は、信長の演説をメモを取りながら、ふと、携帯の画面を見た。
視聴者:0人
いいね数:0
でも、信長はまったく気にしていない。彼は、ただ話すことを楽しんでいる。
「……彼、本当に配信者に向いてるかも」
彼女はふと、そう思った。
現代のネット配信。視聴者数、いいね、コメント、収益化……
その全てから切り離された、純粋な「話す喜び」。
信長は、まさにその境地にいる。
「もっと右を向け! 角度が悪い!」
「はいはい……」
羅夢はカメラの角度を調整した。
バッテリーは229%。
夜は、まだ長い。
そして現実世界では――
病院のモニターに、新たな脳波パターンが記録されていた。
「演説」のような、リズミカルで力強い波形。
医師たちは、また首をひねる。
「今度は……何かを訴えているような……」
彼らにはわからない。
その患者が、千年の時を隔てた戦国武将の、熱い演説を記録していることなど。




