スマホの新機能
北西へ向かう道は、平坦ではなかった。
草木はますます不自然に混ざり合い、三国時代の竹林が戦国時代の杉林に突然変わり、その合間に現代的な街路灯の腐った残骸が突き刺さっている。
「此の光景……慣れるわけがないな」信長が周囲の歪んだ景色を見回しながら言った。
「時空の歪みが、地表にも現れている」諸葛亮が分析した。「植物、地形、建造物……全てが『混ざり合おう』として、失敗している」
羅夢は携帯の画面を見つめていた。バッテリーは275%。エネルギーノードは最小出力で展開され、周囲十メートルをかすかに照らしている。
彼女が気づいたのは、少し前だった。
画面の隅に、新しいアイコンが現れている。
小さなレーダーのようなマーク。その下に、説明らしき文字が表示されている。
【新機能アンロック:『データスキャン』】
【説明:周囲のデータ構造を解析し、可視化します!】
【特に、歴史的人物の『属性パネル』を表示可能!】
【注意:スキャン精度は環境に依存します! たまに誤った情報が出るかもしれません!】
【さあ、試してみましょう!(ノ◕ヮ◕)ノ:・゜✧】*
「データスキャン……属性パネル?」羅夢は呟いた。
「何かあったか?」傍らを歩く趙雲が聞いた。
「ええ、携帯に新しい機能が……ちょっと試していいですか?」
「構わん」前方の曹操が振り向かずに答えた。「だが、バッテリーを無駄にするな」
「最小限でやります」
羅夢はそのアイコンをタップした。
画面が一瞬暗転し、そして、カメラのビューファインダーのようなものが表示された。ただし、通常の映像ではない。人や物の輪郭が、青い線で描かれ、その傍らに文字が浮かんでいる。
彼女はまず、一番近くにいる趙雲に向けた。
【スキャン中……】
【対象:趙雲(子龍)】
【時代:三国時代(蜀漢)】
【状態:警戒、忠誠、軽い疲労】
【属性:
・武勇:95/100
・忠誠心:99/100
・冷静さ:88/100
・槍術:98/100
・馬術:97/100
・劉備への忠誠:100/100(固定値)】
【特殊ステータス:『幼主護衛』モード常時発動中】
【現在の思考:『此の道、あまりに静かすぎる。伏兵の気配を……』】
「わあ……」羅夢は息をのんだ。
趙雲の「思考」まで読める!?
「どうした?」趙雲が怪訝な顔をした。
「あ、いえ! なんでもありません!」
彼女は慌ててカメラを逸らし、次に前を歩く曹操に向けた。
【対象:曹操(孟徳)】
【時代:三国時代(曹魏)】
【状態:慎重、計算中、軽い頭痛】
【属性:
・知略:96/100
・統率力:98/100
・政治力:97/100
・剣術:85/100
・多疑性:85/100 ← 上昇中!
・頭痛値:70/100】
【特殊ステータス:
・『乱世の奸雄』:危機的状況で全能力+10%
・『詩人』:時折、詩を詠みたくなる
・『天機匣依存度:+30%』:携帯の機能に強い関心】
【現在の思考:『孔明と毛利……危険な組み合わせだ。しかし利用価値はある。趙雲は依然として劉備に忠実。織田は……』】
「多疑性85%……頭痛値70%……」羅夢は小声で読み上げた。「天機匣依存度+30%……」
「何か言ったか?」曹操が振り返った。鋭い目が、彼女を射抜く。
「い、いえ! なんでも!」
彼女は慌ててカメラを信長に向ける。
【対象:織田信長】
【時代:戦国時代(織田家)】
【状態:興奮、好奇心旺盛、やや退屈】
【属性:
・革新性:98/100
・カリスマ:95/100
・戦術:90/100
・太刀術:92/100
・好奇心:95/100
・自撮り依存度:50/100】
【特殊ステータス:
・『天下布武』:新たな技術・戦術への適応力+50%
・『第六天魔王(萌芽)』:特定条件で発動
・『音楽好き』:現代音楽への耐性あり】
【現在の思考:『此の退屈な歩行、何か面白いことはないか? そうだ、またあの『恋愛循環』を……』】
「自撮り依存度50%!?」羅夢は思わず声が出た。
「ん?」信長が振り返り、笑った。「娘、何か面白いものを見ているのか?」
「あ、その……信長さん、自撮りがお好きなんですね?」
「自撮り? ああ、此の匣で己を映すことか!」信長の目が輝いた。「あれは確かに面白い! もう一度やってみたいな!」
「や、やめときましょう! バッテリーが!」
曹操がため息をついた。「……ふむ。では、其の新機能、我にも見せてみよ」
「え? でも、曹公のことはもう――」
「見せよ」
その威圧感のある声に、羅夢は仕方なく、曹操に携帯の画面を見せた。
曹操は、自分の属性パネルをじっと見つめた。
特に、「多疑性:85/100」と「頭痛値:70/100」の部分で、眉が微かに動いた。
「……多疑性、か」彼は低く呟いた。「確かに、其れは否定せぬ」
「頭痛値も高いですよ」羅夢は心配そうに言った。「大丈夫ですか?」
「昔からの持病だ」曹操は淡々と答えた。「雷の騒ぎで、また疼き出した」
彼はさらに下を見て、「天機匣依存度:+30%」の文字で、また眉を動かした。
「依存度……か。確かに、此の匣の力は計り知れぬ。知りたいとは思う」
その時、信長が覗き込んできた。
「おお! わしのものも見せてくれ!」
彼は自分の属性パネルを見て、大喜びした。
「ははは! 革新性98! さすがはわしだ! 自撮り依存度50とは……確かに、あの『鏡』は面白かった!」
「自撮り依存度、下げた方が良いですよ」羅夢は苦笑いした。
「なぜだ? 面白いものを楽しむのは、人の常だ!」
諸葛亮と毛利も興味を持って近づいてきた。
「我のものも見られるか?」諸葛亮が尋ねた。
「多分……」
羅夢はカメラを諸葛亮に向けた。
【対象:諸葛亮(孔明)】
【時代:三国時代(蜀漢)】
【状態:冷静、分析中、やや興奮】
【属性:
・知略:100/100
・政治力:96/100
・発明力:90/100
・剣術:40/100
・体力:30/100
・八卦陣術:99/100】
【特殊ステータス:
・『伏龍』:準備期間を経て、敵を一撃必殺
・『天文地理に詳しい』:天候・地形を利用可能
・『時空適応力:85/100』:異世界でも理論を応用可能】
【現在の思考:『毛利元就の地形読解力は素晴らしい。彼の知恵と、我が陰陽五行を組み合わせれば……』】
「知略100……」趙雲が感嘆した。「さすがは丞相」
「体力30は、その通りだ」諸葛亮は苦笑した。「亮、武芸は得意ではない」
毛利も自分の番を促した。
【対象:毛利元就】
【時代:戦国時代(毛利家)】
【状態:慎重、観察中、計画構築中】
【属性:
・知略:97/100
・政治力:98/100
・調略:99/100
・剣術:70/100
・疑心:80/100
・情報収集力:95/100】
【特殊ステータス:
・『三本の矢』:同盟時に全能力+15%
・『厳島の智将』:水辺・夜戦で知略+20
・『資源活用』:限られた資源で最大効果を発揮】
【現在の思考:『曹操の多疑性85、織田の好奇心95……此れらを如何に利用するか。趙雲の忠誠は絶対か。孔明は……』】
「疑心80か」毛利は深くうなずいた。「我は、人を信じすぎぬよう、常に心がけてきた」
「調略99……」曹操が呟いた。「さすがは中国地方を統一した男だ」
信長は大笑いした。「はは! 面白い! 此れを見れば、誰が強いか、誰と組むべきか、一目瞭然だな!」
「しかし」諸葛亮が指摘した。「此の情報、全て正しいとは限らぬ。特に『現在の思考』など、本人ですら意識していないことを表示している可能性がある」
「確かに」羅夢はうなずいた。「システムも、『たまに誤った情報が出る』って言ってます」
その時、小弥の声が響いた。
【データスキャン機能、ご利用ありがとうございます!】
【現在、スキャン精度は72%です!】
【誤差の例:曹操様の『頭痛値』は、実際は65%くらいかもしれません!】
【織田信長様の『自撮り依存度』は、もっと高いかもしれません!】
【楽しんでご利用ください!(^▽^)/】
「精度72%……」羅夢はげっそりした。「結構低いじゃん」
「72%でも、有用だ」曹操は冷静に言った。「敵の能力を、ある程度推し量れる」
「敵?」羅夢は聞き返した。
「此の先、歴史修正者と戦うであろう。其の時、此の機能で彼らの弱点を――」
曹操の言葉が途中で止まった。
彼の目が、突然、鋭く前方を見据えた。
「……来たな」
全員が警戒態勢に入る。
道の前方の霧の中から、影が現れ始めた。
歴史修正者のデータ兵たちだ。だが、今回は少し様子が違う。装備が統一され、動きも揃っている。訓練された部隊のようだ。
「……本格的な軍勢か」毛利が呟いた。
「数は、五十ほど」趙雲が即座に数えた。
「正面突破は無理だな」信長も、珍しく真剣な表情になった。
羅夢は思わず、カメラを敵に向けた。
【スキャン中……】
【対象:歴史修正者・正規兵(下位)】
【時代:混在(基本は三国様式)】
【状態:攻撃準備完了】
【属性(平均):
・戦闘力:65/100
・防御力:60/100
・速度:55/100
・忠誠心:100/100(強制)】
【弱点:
・データ接続部(首の後ろ)
・エネルギー供給経路(胸部)】
【注意:集団で行動すると、『連携攻撃』を仕掛けてきます!】
「弱点が……わかる」羅夢は声を震わせて報告した。「首の後ろと、胸部です」
「首の後ろか」趙雲が槍を構え直した。
「では、狙うだけだ」信長の目が輝いた。
曹操が迅速に指示を出した。
「趙雲、左翼を。信長殿、右翼を。我は中央を。孔明、毛利、後方から指示を。羅夢、敵の弱点を、常に教えろ」
「は、はい!」
戦闘が始まった。
羅夢は携帯を掲げ、敵兵を一人一人スキャンする。弱点が赤くハイライト表示される。
「あの兵、首の後ろが光ってます!」
趙雲の槍が閃く。正確に、指摘された部位を貫く。敵兵はデータに分解される。
「右の三人、全部胸部が弱い!」
信長の太刀が弧を描き、三人の胸部を同時に斬り裂く。
曹操の剣も、弱点を正確に突く。
戦いは、驚くほどの効率で進んだ。
敵の数は多くても、弱点がわかっているため、一撃で倒せる。
【バッテリー消費:スキャン機能使用中 2% / 分】
【現在:270%】
「消費はあるけど……これなら!」羅夢は興奮していた。
彼女の指示で、戦いは優位に進む。
だが、その時――
敵の後方から、新たな影が現れた。
一人の武将だ。だが、その姿は、曹操にも信長にも趙雲にも似ていない。鎧は唐代風だが、武器は日本の槍に近い。
そして、その顔は――はっきりしている。無貌ではない。
「……誰だ?」信長が聞いた。
誰も答えられない。
羅夢がカメラを向けた。
【スキャン中……】
【エラー:データベースに該当する人物がありません】
【推定:時空融合により生まれた『独自のデータ生命体』】
【仮称:『融合将軍』】
【警告:戦闘力、計測不能!】
【提案:逃げてください!】
「逃げろ……って」羅夢の声が震えた。
融合将軍が、ゆっくりと歩み出てきた。その動きは、重く、しかし確かだ。
「我は……」将軍が口を開いた。声は、二重、三重に重なっている。「此の歪んだ時空の、番人だ」
曹操が剣を構えた。「番人? では、此の世界を正す者を、阻むというのか」
「正す?」将軍は低く笑った。「此の世界は、最早『正す』ことなどできぬ。融合したものは、二度と元には戻らぬ」
「ならば、我らが通る」信長が叫んだ。
「通れるものなら、通ってみよ」
将軍の槍が、光り始めた。
その瞬間、羅夢の携帯が、突然、激しく警告音を発した。
【警告:高濃度の時空歪みを検知!】
【対象『融合将軍』の周囲で、物理法則が不安定です!】
【効果:
・攻撃が通りにくい
・時間の流れが歪む
・データスキャン不能】
【本当に逃げてください!(;゜Д゜)】**
「みなさん、ダメです! あの人の周りは、なんかおかしいんです!」
「見ればわかる」曹操は冷ややかに言った。「空間が、ゆがんでいる」
確かに、融合将軍の周囲の空気が、ゆらゆらと揺れている。光さえ曲がっているようだ。
将軍が槍を振るった。
その動きは、遅い。しかし――
趙雲が槍で受け止めようとした瞬間、将軍の槍が、まるで幻のようにすり抜け、趙雲の胸元に迫った。
「っ!」趙雲は間一髪で回避した。
「時間……ずれている?」彼は驚いたように呟いた。
「我の周りでは、時間も空間も、定まらぬ」将軍は悠然と言った。「通常の攻撃は、通らぬ」
信長が太刀を振るって突撃した。
「ならば、このわしが――」
太刀が将軍を斬る――はずだった。が、刃は将軍の体をすり抜け、虚空を切った。
「何!?」
将軍の反撃。信長は避けきれず、肩に一撃を受ける。鎧が歪み、データの火花が散る。
「うっ……!」
「信長殿!」趙雲が援護に走る。
曹操は冷静に状況を分析していた。「時間と空間の歪み……ならば、歪みに影響されぬ攻撃が必要だ」
「歪みに影響されぬ攻撃?」羅夢は必死に考えた。
携帯。データスキャン。時空干渉。
「……そうだ!」
彼女は叫んだ。
「みなさん、私が歪みを止めます! その隙に、攻撃してください!」
「どうする?」曹操が聞いた。
「時空干渉機能で、あの人の周りの歪みを、一時的に『正す』!」
【理論上は可能です!】
【ただし、バッテリーを大量に消費します! 20%以上!】
【現在のバッテリー:268%】
【実行しますか?】
「やります!」
【了解! 時空干渉、局所安定化モード起動!】
羅夢は携帯を掲げ、融合将軍に向けた。
画面から、目には見えない波が放たれる。
将軍の周囲の歪みが、一瞬、激しく波打ち、そして――
「今!」羅夢が叫んだ。
歪みが、ほんの一瞬、消えた。
時間と空間が、正常に戻った瞬間。
曹操の剣が閃く。
趙雲の槍が突く。
信長の太刀が斬る。
三つの攻撃が、同時に融合将軍に命中する。
「――ッ!」
将軍の体に、亀裂が走る。
データの光が、裂け目から漏れ出す。
「……成る程」将軍は、崩れ落ちながら呟いた。「時空を……正す力か……」
その体が、データの粒に分解されていく。
最後に、彼は羅夢を見た。
「其の力で……此の世界を……本当に……正せるのか……?」
答えはない。
彼は完全に消えた。
静寂が戻る。
敵兵たちも、将軍の消滅と共に、動きを止め、やがて消えていった。
戦いは終わった。
全員が息を切らしている。
羅夢は携帯を見た。
【時空干渉終了】
【バッテリー消費:22%】
【残量:246%】
「22%も減った……」彼女はげっそりした。
「しかし、勝った」曹操は剣を鞘に収めた。「其れで良い」
信長は肩の傷を気にしながらも、笑った。「はは! 面白かった! 時間が歪む敵とはな!」
趙雲は羅夢を見て、深く頷いた。「羅夢さん、おかげです」
諸葛亮と毛利も近づいてきた。
「あの『融合将軍』……」諸葛亮は深く考え込んでいた。「此の世界が生み出した、自律的な防御機構か」
「或いは、此の世界そのものの意思が、形を成したものか」毛利も頷いた。
羅夢は、まだ震えが止まらなかった。
あの将軍の最後の言葉。
『此の世界を……本当に……正せるのか?』
彼女は顔を上げ、北西の空を見た。
雷雲の柱があった方向。時空の接合点。
「……行きましょう」
彼女の声には、新たな決意が込められていた。
正せるかどうか、わからない。
でも、確かめに行く。
曹操がうなずいた。
「ああ。もう後戻りはできぬ」
一行は、再び歩き出した。
背後には、データの塵が舞う戦場が残されていた。
そして現実世界では――
病院のモニターに、激しいデータの乱れが記録されていた。
羅夢の脳波が、一時的に、複数の「時間軸」に同時に存在しているような、前代未聞のパターンを示したのだ。
堀内教授は、記録を見つめて動かなかった。
「これは……もはや、人間の脳の活動ではない……」
彼の呟きに、誰も答えられなかった。
ただ、データだけが、静かに、しかし確実に、現実を侵食し始めていた。




