毛利元就の野望
雷雲龍が散り、空が晴れ始めた台地に、奇妙な静寂が戻ってきた。
羅夢は300%に達したバッテリー表示を見つめ、まだ信じられない気持ちだった。一方、諸葛亮は装置の残骸を調べ、時に感心したようにうなずいている。
「此の仕組み……興味深い」彼は壊れた制御パネルを指でなぞった。「現代の技術と、古代の祭祀術が融合している。一体、何者が此れを造ったのか」
曹操は警戒しながら周囲を見渡していた。「龍の騒ぎで、他の何者かを引き寄せたかもしれぬ」
「ならば、早く此の地を離れるべきだな」信長は既に次の行動を考えているようだった。
趙雲が突然、槍を構えた。「何か来ます……複数の気配です」
皆が警戒態勢に入る。
台地の向こうから、数人の影が近づいてくる。鎧姿の武者たちだ。その中心にいるのは、小柄だが鋭い目をした老人。甲冑は質素だが、その佇まいに威厳がある。
「……毛利か」信長が呟いた。
「毛利元就……」諸葛亮もその名を口にした。
羅夢は記憶を辿った。毛利元就……戦国時代の大名、中国地方の雄。厳島の戦いで陶晴賢を破った……
「何故、毛利が此処に」曹操は眉をひそめた。
毛利一行は彼らの前に止まった。老人――毛利元就の目が、一行の上をゆっくりと移動する。曹操、信長、趙雲、諸葛亮、そして羅夢。特に、羅夢の手に持つ携帯に、目が留まった。
「織田信長、そして……曹操か」毛利の声は低く、冷静だ。「奇妙な取り合わせだな」
「毛利元就」信長は大きな声で応えた。「何故、此処に?」
「雷を追って来た」毛利は空を見上げた。「我が軍、夜戦のために雷光を利用できないかと研究していた。然るに、此の地に異常な雷雲が現れたとの報せを受け」
彼の目が再び羅夢に向けられた。
「そして、其の娘が、雷の力を小さき匣に封じ込めていると聞いた」
「聞いた?」羅夢は驚いた。「誰から?」
「此の世界には、様々な者がいる」毛利は意味深に言った。「情報は、金よりも貴重だ」
【オフライン翻訳、稼働中!】
小弥の声が、またしても陽気に響く。
【ユーザー羅夢の疑問『誰から聞いた?』を翻訳!】
【古代日本語へ変換……完了!】
【ただし、毛利元就様の方言を完全再現できているかは不明です!】
「其の匣」毛利は一歩近づいた。「見せてくれぬか?」
羅夢は少し戸惑い、曹操を見た。曹操は微かにうなずいた。
彼女は慎重に携帯を差し出した。バッテリー表示は295%、ゆっくりと減り続けている。
毛利は携帯を受け取り、仔細に観察した。龍との接触後、画面には微かな雷の紋様が一瞬現れることがある。
「……雷の力が、確かに宿っている」毛利は呟いた。「しかも、制御されている」
「制御というより、蓄えているんです」羅夢は説明した。「充電って言って――」
「充電」毛利はその言葉を繰り返した。「充電……なるほど。雷を充填する、と」
彼は突然、鋭い目を羅夢に向けた。
「其の術、我に教えよ」
「え?」
「教えよ、と申している」毛利の声には、抗いがたい威圧感があった。「此の充電の術を、我が軍に伝授せよ」
「でも、それは……技術で、術じゃないんです」
「技術であろうが、術であろうが、構わぬ」毛利は携帯を返しながら言った。「厳島の夜戦、我は月明かりと少数の松明で戦った。もし、此の『充電』の術で、雷の光を自在に操れれば――」
彼の目が輝いた。
「夜戦は、我が軍のものだ」
信長が大笑いした。「はは!さすがは毛利!戦いのためなら、何でも利用する!」
曹操は冷静に分析していた。「確かに、夜戦での照明は重要だ。しかし、雷を自在に操るなど――」
「先程、龍を操ったではないか」毛利は指摘した。「我は見ていた。雷雲の龍が、其の匣に力を注ぎ込むのを」
「あれは、操ったわけじゃなくて――」
「結果は同じだ」毛利は譲らない。「我は、其の力を必要としている」
その時、諸葛亮が口を開いた。
「毛利殿。其の方も、時空の歪みに気づいておられるか?」
毛利は諸葛亮をじっと見た。「……お前は?」
「諸葛亮孔明と申す」
「諸葛亮……!」毛利の目が少し見開かれた。「三国の軍師が、何故此処に」
「貴殿と同じく、此の歪んだ時空に迷い込んだのだ」
毛利は深く考え込んだ。「……成る程。ならば、此処は本来あるべき場所ではない、と」
「其の通り」諸葛亮はうなずいた。「我々は皆、本来の時空から引き摺り出された」
「ならば尚更だ」毛利は強く言った。「此の異常な世界で生き延びるには、力が必要だ。其の匣の力が、それを与えてくれる」
羅夢は困った。どう説明すればいい?「充電」は技術であって、教えられるものじゃない。少なくとも、戦国時代の人に教えられるものじゃない。
【提案:実演してみては?】
小弥の声が提案してきた。
【毛利元就様は実用主義者です。理論より実践を見せた方が理解が早いかもしれません】
【現在のバッテリー残量:290% あります。少し使ってみましょう!】
「……わかりました」羅夢は言った。「ちょっと、やってみます」
彼女は携帯の画面を操作し、懐中電灯アプリを起動した。オフラインでも使える基本機能だ。
画面が真っ白に光り、周囲を照らし出した。
「おお!」毛利の家臣たちが驚きの声を上げた。
「光る……しかも、炎ではない」
毛利は真剣な表情で光を見つめていた。「……明るい。しかも、揺らがない」
「これは、雷の力じゃなくて、電気です」羅夢は説明した。「でも、原理は――」
「構わぬ」毛利は手を上げて彼女の言葉を止めた。「其の光を、如何にして点けるか、それだけ教えよ」
「えっと……ボタンを押すだけです」
「ボタン……」毛利は画面のボタンを見つめた。「此れを押せば、光るのか」
「はい」
毛利は慎重に指を伸ばし、画面のボタンを押した。
光が消える。
もう一度押す。
光る。
「……ふむ」毛利は深く頷いた。「単純だ。兵士でも使えよう」
「でも、これにはバッテリー、つまりエネルギーが必要で――」
「ならば、補充すれば良い」毛利は即座に答えた。「先程見たように、雷から力を得られるではないか」
「あれは特別な状況で――」
「特別であろうが、通常であろうが、方法があるなら、再現できるはずだ」
毛利の目は、研究者のような好奇心に輝いていた。「雷の力を蓄え、光に変える。ならば、炎の代わりに、此れを使えば良い。煙も出ず、風に消えず、しかも明るい」
信長が感心してうなずいた。「確かに、良い考えだ。わしの鉄砲隊も、夜戦で此れがあれば――」
「待て」曹操が割り込んだ。「其の匣は一個だけだ。軍全体に行き渡るほど多くはあるまい」
「ならば、造れば良い」毛利は淡々と言った。「其の技術を学び、同じものを造るのだ」
羅夢は目を丸くした。「造る……?現代のスマホを、戦国時代で?」
「其の匣が、此の世界にある以上、造る材料もあるはずだ」毛利の論理は明快だった。「技術さえあれば、再現できる」
【技術的問題:無理です】
小弥が即座に反論した。
【スマートフォンの製造には、微細加工技術、半導体技術、素材科学、ソフトウェア工学など、現代の基盤技術が必要です】
【戦国時代の技術水準では、再現不可能です】
【成功率:0.0000001%】
「でも、0%ではない」毛利は言った。「ならば、可能だ」
「その0.0000001%って、ほとんどゼロですよ!」羅夢は叫んだ。
「我の人生、多くの『ほとんど不可能』を可能にしてきた」毛利の目が鋭く光った。「此れも、その一つに過ぎぬ」
趙雲がため息をついた。「……確かに、毛利元就と言えば、三本の矢の教えで知られる。不可能を可能にする男だ」
「三本の矢?」羅夢は聞き返した。
「我が三人の息子に与えた教えだ」毛利は説明した。「一本の矢は簡単に折れるが、三本束ねれば折れない。団結の重要性を説いたものだ」
彼は羅夢、曹操、信長、趙雲、諸葛亮を見回した。
「今、此処に集う者たちも、一本一本では折れるかもしれぬ。しかし、束ねれば――」
「此の歪んだ時空さえも、正せるかもしれぬ、か」諸葛亮が続けた。
「その通り」毛利はうなずいた。「我は、其の匣の技術が欲しい。其れと引き換えに、我が知恵と力を提供しよう」
曹操と信長は顔を見合わせた。
「どう思う?」曹操が低く聞いた。
「面白い」信長は笑った。「毛利の知恵は、確かにある。利用する価値はあるだろう」
「しかし、信用できるか?」
「此の状況では、信用など、後回しだ」信長は現実的だった。「力のある者は、どんな味方でも歓迎すべきだ」
曹操は考え込み、そして羅夢を見た。
「お前はどう思う? 其の匣の技術を、教えられるのか?」
「教えられません!」羅夢は即答した。「だって、私も詳しくないし、ここに工場もないし――」
「ならば、別の方法を考えよう」諸葛亮が和ませるように言った。「技術そのものでなく、其の力を『共有』する方法はないか?」
「共有……」
羅夢は考えた。バッテリーは285%ある。少しなら分け与えることはできる。でも、どうやって?
【提案:『エネルギーノード』設置計画!】
小弥が突然、興奮した声で提案してきた。
【説明:ユーザーの携帯を中継点として、周囲に一時的なエネルギーフィールドを展開します!】
【範囲内では、簡単な電子機器(懐中電灯レベル)が動作可能になります!】
【消費:バッテリー1% / 時間】
【現在の残量なら、約285時間持続可能です!】
「エネルギーフィールド……」羅夢は呟いた。
「何か思いついたか?」毛利が鋭く聞いた。
「ええ、でも……実験的です」
「ならば、実験しよう」毛利は即座に言った。「失敗を恐れるな。我の人生、失敗の連続だった」
曹操はため息をついた。「……よかろう。試させてやれ」
羅夢は頷き、携帯の画面を操作し始めた。小弥の指示に従い、新たにアンロックされた『時空干渉』機能のサブメニューを開く。
【エネルギーノード展開:Y/N】
彼女はYを選択した。
携帯が微かに震え、周囲に目に見えない波が広がる。
何も起こらないように見えたが——
毛利の家臣の一人が、腰に下げていた金属の筒を触った。
「……光る」
筒の先端から、かすかな光が漏れている。中には、蛍光灯のようなものはないはずだ。
「我の短刀も……」別の家臣が刀の鍔を見つめていた。金属部分が、微かに青白く光っている。
「効いている」毛利の目が輝いた。「此れが、其の力か」
「範囲は……約十メートルです」羅夢は説明した。「この範囲内なら、簡単なものは光らせられます」
「十メートル……」毛利は計算している。「ならば、陣営全体に広げるには、もっと大きな『匣』か、複数必要だな」
「でも、これ以上は――」
「今は、此れで十分だ」毛利は満足そうにうなずいた。「証明はされた。後は、如何にして此の力を拡大するか、だ」
彼は諸葛亮を見た。
「孔明殿。貴殿も、軍師として、此の力の価値がお分かりだろう」
「勿論だ」諸葛亮はうなずいた。「夜襲、篝火、合図……使い道は多い」
「ならば、手を組もう」毛利は提案した。「我が知恵、貴殿の知略、そして織田の革新力、曹操の用兵術、趙雲の武勇、そして――」
彼は羅夢を見た。
「其の娘の『匣』の力」
「我々の力を束ね、此の歪んだ時空を正し、本来の世界に戻る道を探す」
長い沈黙が流れた。
風が、台地を吹き抜ける。
そして、曹操が口を開いた。
「一つ、条件がある」
「何だ?」
「其の力」曹操は毛利を真っ直ぐ見つめた。「戦いのためだけに使うな。此の世界の真実を探るためにも使え」
毛利は一瞬考え、そして深く頷いた。
「了解した。我も、此の世界の謎には興味がある」
信長が大笑いした。「はは!面白い取り合わせができたな!では、我らは何と呼べば良い?『時空修正軍』か?」
「まだ早い」諸葛亮は冷静だった。「まずは、此の地を離れ、安全な場所を探すべきだ」
趙雲が同意した。「雷の跡が残る此の地は、目立ちすぎます。歴史修正者を引き寄せるかもしれません」
「では、移動しよう」曹操が決断した。
一行は、新たな仲間——毛利元就とその家臣たちを加え、再び歩き始めた。
台地を下り、森の中へ。
羅夢は、バッテリー284%の携帯を見つめた。
エネルギーノードを展開したまま、消費は続いている。
「ちょっと、小弥」彼女は小声で言った。「この機能、ずっと使ってていいの?」
【問題ありません! 現在の消費ペースなら、11日以上持続可能です!】
【ただし、戦闘時など、高エネルギー消費時にはオフにしてくださいね!】
「わかった……」
彼女は顔を上げ、前を行く人々を見た。
曹操と信長が先頭を歩き、時に議論している。
趙雲が周囲を警戒する。
諸葛亮と毛利が、並んで歩きながら、何やら深い会話をしている。
「……天象の乱れは、時空の接合点に起因する」
「ならば、其の接合点を見つけ、修正すれば良い」
「然り。しかし、其れには――」
彼らの会話は、専門的すぎて羅夢には理解できない。
彼女はため息をついた。
三国時代の軍師と、戦国時代の智将。
そして、現代の留学生。
「私、本当にこの人たちについて行けるのかな……」
その時、信長が振り返り、彼女に笑いかけた。
「遅れるな、娘! 貴様の匣が無ければ、夜道が真っ暗だ!」
彼の言葉に、家臣たちが笑った。
羅夢も、思わず笑みを浮かべた。
「はいはい、行きますよ」
彼女は足を速め、一行に追いついた。
背後には、雷に焼かれた台地と、龍が散った空が残されていた。
そして現実世界では――
病院のベッドで、羅夢の身体が、微かに震えていた。
モニターの脳波が、再び激しいパターンを示し始める。
医師たちが慌てて駆け寄る。
「また異常波形が!」
「鎮静剤を!」
だが、彼らにはわからない。
此の異常波形が、異世界で結ばれた新たな同盟の、証だったとは。




