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第5話 食べることは大事

 気ままなエリー・アンは、卵焼きの分析もそこそこに、今度は拓郎が持っていた、あんパンに興味を示した。


「イシカワさん、それは何という食物ですの? 非常に滑らかで均一な表皮をしていますわね。内部構造はどうなっているのかしら?」

「お? おうっ、エリーちゃん! これは『あんパン』つってな、中に甘~いあんこがギッシリ詰まってんだぜ! めちゃくちゃ美味いぞ!」


 拓郎は自慢げに「ほれ!」と差し出す。

 エリー・アンは、またもやピンセットを取り出すと(どこに隠し持ってるんだ、四次元ポケットか?)、あんパンの一部を恐る恐るつまみ観察を始めた。


「ふむ、『あんこ』とはマメ科植物の種子を、糖類で煮込んだペースト状の物質。外部表皮に、特筆すべき層構造は確認できませんが……」

「そ、そこまで分析する? 普通に食えばいいのに…」

「……?」

「だから。嫌じゃねえなら、口付けていいよ。あ、半分に分ける?」


 そっかー、女子だもんな。と、拓郎はあんパンを左右に割る。

 イチカもなんだかんだ、視線はエリー・アンの奇行に釘付けだった。


「どうだー? 美味いだろ。あんこがしっとりしててさー」

「もぐもぐ、水分がたっぷり保有されている。これがいわゆるしっとり感、という概念。糖分による保湿ですわね。興味深い、口内の触りがよいということですね」

「オレ、甘いのむっちゃ好きなんだよね。ばっちゃんにあんこのお菓子よく作ってもらったな。食ったなって気がするし」

「高密度のフィリングに由来する、ずっしりとした重量感が満足感を生むのですね。もぐもぐ、エネルギー変換効率や接種後の消化プロセス、生体への影響はいかがですか?」

「え? えねるぎーへんかん…こーりつ…? えっとな、とりあえず、あんこは腹持ちはいいぞ! 部活前とかによく食うし!」


 拓郎は頭に「?」を浮かべながらも、一生懸命答えている。いや、お前、マジでいいやつ過ぎないか?


「なるほど。『腹持ちが良い』……これは重要なファクターですわね。満腹感の持続。しかし、地球人は、かくも非効率的なエネルギー摂取を強いられている。少量で高効率なエネルギー供給を可能とする食物の開発は、喫緊の課題と言えるでしょう」

「おー、おう? そうだよな、腹持ちが良くて、栄養があったら嬉しいよなー。あんパンだと偏っちゃうもんな」


 エリー・アンは一人でうんうんと頷き、またノートに何かを書き込んでいる。だから、そのミミズがのたくったような文字はやめろ! あと、そんな難しい言葉をガンガン使うな!

 俺は耐えきれず、エリー・アンの肩を掴んだ。


「て、天上院っ! 拓郎もイチカも、心配してるんだぞ! 天上院が、ちゃんと日本の食事を楽しめているかどうかを!」

「え? はい、リツ。もちろん、楽しんでおります。この未知の食物群とのエンカウントは、わたくしの好奇心(キュリオシティ)を非常に刺激してくれますの。ありがとう、お二人とも。センキューです」


 にっこりとエリー・アンは花咲かすように、表情を形作る。見た目は良いんだよな、見た目は。このガワが偽物とさえ知らなければ。


「そ、そっかー。エリーちゃん、美味そうに食ってる…ようには見えねえけど、喜んでくれてんだな」

「フン。律がそこまで言うなら、まあ…そういうことにしておくわ。でもね」


 イチカが、じとーっとした目で俺を睨む。


「あんた、やっぱりおかしい。エリーちゃんに『リツ』って呼ばせてるし。ボディタッチもしてるし!」

「だーかーら! 別に俺が好きで呼ばせてるわけじゃっ!」

「へえー? でも、まんざらでもない顔してるじゃない。あんた、こういうお人形さんみたいに綺麗なのがタイプだったわけ? ……なんか、意外だったわ」


 口調が、どんどん拗ねた子供のようになっていく。まずい。このままだと、あらぬ誤解が深まる一方だ。


「そんなんじゃないぞ、イチカ! 天上院は外国から来たばかりで、日本人とは距離感がちょっと違うんだよ!」

「あたしが問題にしてるのは、あんたからの距離感だけど?」


 俺が必死に弁明していると、エリー・アンが俺の言葉に割り込んできた。


「そうですわ、ハナムラさん。わたくし、日本の『お弁当文化』には、多大なる興味を抱いておりますの。この多種多様な食材を、限られた空間に効率的かつ美しく配置する技術。まさに芸術(アート)ですわ」

「げ、げいじゅつ……?」

「つきましては、参考資料として、あなたのお弁当を、ぜひとも詳細に分析させて頂きたいのですが」


 イチカが膝の上に置いていた可愛らしい二段重ねのお弁当箱に、エリー・アンは、キラキラとした眼差しを向けた。

 いや、キラキラは比喩じゃない、微妙に発光してる気がするぞ。こいつの琥珀瞳(アンバーアイ)


「へっ!? あ、あたしのお弁当っ?」

「そちらはどなたが作りましたの?」

「それは……あたしが自分で」

「素晴らしい! エクセレント、ビュリフォー!」

「うっ……ううっ!?」


 不意打ちを食らったイチカは、顔を真っ赤にして固まっている。さっきまでの刺々しい態度はどこへやら。

 でも、実際のところ、イチカの手作り弁当は、彩りも豊かで、栄養バランスも考えられている。たまに、俺も昔からお世話になることがある。分けてもらえるとかなり嬉しい。


「ええ。特にその卵焼きも。先ほどのサンプルとは異なる、均一な層状構造と、微細な気泡の含有率。焼き方や味付けに、独自の工夫が凝らされていると推察されます。同じものでも、製作者によって変わるのですね」

「く、工夫っていうか。別に変なものはいれてないけど。泡立て機で白身をふわふわにして……マヨネーズをちょっと」

「なんと、そんなひと手間を! ブリリアントっ!」


 あまりの教室に声が響く。めっちゃ目立ってる。

 「わー、花村さんって本当に料理上手なんだね」「卵焼きにそんな工夫する?」と、クラスメイトも、がやがやし始めた。

 このリアクション芸のせいで、俺たちの会話に全員が聞き耳立ててるじゃねえか。


「もし、よろしければ、レシピと調理工程における論理的根拠をレクチャーいただけると、今後のわたくしの研究に役立ちますわ!」

「卵焼きの研究ってなに!?」

「……ダメ、ですか?」

「え、あ、あの……ダメというか。これは、別にそんな大したもんじゃ。ていうか、普通のだし」


 イチカはしどろもどろになりながら、お弁当箱を隠すように抱え込む。顔はリンゴみたいに赤い。

 根がもともと照れ屋ではあるが、正面切って真剣に料理を褒められたら、恥ずかしくもなるのだろう。それでも、エリー・アンがしょんぼりと肩を落とすのを見て、「ううっ」と堪えるような顔をしてから頷いた。


「い、いいわよ! ただ、食べるだけなら!」

「えっ、食べていいのですか!」

「うるさいわね! 良い言っているでしょ。ほ、ほら! さっさと食べなさいよ! 感想なんて、別に、聞きたくないんだから、黙って食べなさいよね!」


 綺麗に巻かれた卵焼きを一切れ、箸でつまんで、お弁当のふたによそっていく。それだけではなく、いくつかのおかずも乗せた。

 感激した、エリー・アンは、イチカの手をがっしと掴んだ。


「ハナムラさん! いえ、イチカさん! 貴女はなんてすばらしい地球人なのでしょう! この貢献、決して忘れませんわっ!」

「ひゃっ!? な、何言ってんのよアンタ! 近い近い! は、離れなさいよバカ!」


 イチカは顔を真っ赤にして、手を振りほどこうとするが、見た目によらずエリー・アンの力は強い。

 俺は、そのあまりにもカオスな光景を、ただ呆然と見守るしかなかった。


 俺の完璧な日常は、このエイリアンのせいで、どんどん奇妙な方向にねじ曲がっていく。

 せめて、俺のメンチカツサンドくらいは、静かに食べさせてくれ。そう願いながら、そっと目立たぬように袋を開けた。

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