第4話 俺は第一号
「うふふ、佐倉リツ。わたくしの地球における活動において、貴方を協力者第一号として任命いたしますわ。光栄に思うとよろしいでしょう」
「全然嬉しくないしっ! 第一号ってことは第二号、第三号も探す気なのか!?」
「それは、今後の活動効率と必要に応じて、ですね。まずはあなたの働きぶりを評価させていただきますわ」
エリー・アンは当然のように、そんな一方的な通告をしてきた。
彼女の真の姿を知ってしまった俺に、拒否権などないに等しかった。下手に騒ぎ立てれば、この星の存亡に関わる事態に発展しかねない。日常どころか、世界が終わりかねない。
……それに、昨日のこいつが見せた、「わたくし、とっても困っておりましたの」と言った時の表情が、どうにも頭から離れなかったのだ。
完璧に生きると決めたはずの俺が、絆されている。
早朝の通学時間に、するっと隣に現れたエリー・アンは、軽やかに挨拶をしてきた。
「ごきげんよう、リツ。今日からよろしくお願いいたしますね」
「約束だからな! 俺に迷惑をかけない範囲で、だぞ! あと、電柱を齧るのはもう絶対にダメだからな!」
「ですが、あれはスナッキングと言いまして。3食の食事以外にも、健康に良い適度な間食を取ることは重要なのですよ?」
「電柱を間食扱いすんな! その『リツ』って呼び方もやめろ! 俺たちは別に友達じゃ…」
「あら、ファーストネームで呼び合うのは親睦を深める上で合理的ですわよね。ああ、 貴方もわたくしのことをエリーと呼んでくださってよろしくてよ」
「そういう問題じゃなーいっ!」
俺の叫びは、今日も青空に虚しく溶けていった。
こうして俺、佐倉 律の『エイリアンお嬢様の世話係』兼『秘密隠蔽係』としての日々が、なし崩し的にスタートしたのだ。
そして、最初の試練は昼休みにやってきた。
昨日のこともあって、エリー・アンが食事の輪にいることは、誰も咎めなかった。
「あっ、エリーちゃんも一緒に食うの? オレは全然いいぜ、座んなよ」
「そう、ね。……変わった娘だけど、悪い人ではないと思うし。はあ、まあ好きにしたら?」
本当に気のいいやつらだと思う。
それはそれとしても育ち盛り。うちの学校では、昼食は各自持ち込みか、購買での注文になる。事前に頼めば、弁当の注文も可能だが、それでも足りない時も多い。
俺は購買で運良くゲットできた限定『デラックスメンチカツサンド』の袋を開けようとしていた。
目の前で、エリー・アンは、生徒たちの色とりどりのお弁当を、まるで昆虫観察でもするかのように、じーっと見つめていた。
その手には、どこから調達したのか、白衣のようなかっぽう着を着て、なぜかピンセットと小さな試験管を持っている。
「なっ、何してるんだ天上院っ! その格好と装備はどこから!?」
「昨日、思ったのですが、わたくしはきちんと日本の高校生の『食事』を知るべきではないのか、と思ったのです。サンプル収集と分析は基本中の基本ですわ。この衣服も、適切な『それっぽさ』を演出するためのものです」
「全然それっぽくない! 怪しさ満点だぞ!」
俺は慌てて彼女からピンセットを取り上げようとするが、ひらりとかわされる。
「なぜ、邪魔をしますの? 目立ってしまいますわ」
「今まさに、目立ってんだよっ!」
周囲の生徒たちも、遠巻きに「なんかすごい人がいる…」とヒソヒソ話している。頼むから、普通の女子高生を演じてくれ!
「えっと。天上院さん、お昼ごはんないの? よかったら私の卵焼き、食べる?」
「あら、ご親切な方。ありがとうございます」
タイミング悪く、というか良く、というか…クラスの女子の一人が、エリー・アンに卵焼きを差し出した。
エリー・アンは、その一切れの卵焼きを、まるで未知の鉱石でも扱うかのようにピンセットでつまみ上げ、あらゆる角度からしげしげと眺めた。
オレンジがかった琥珀瞳が、カシャリカシャリと細かく焦点を合わせるように微かに動いている。
「ふんふん、この黄色い個体は、鳥類の未受精卵を加熱凝固させたもの、ですね。含有主成分は水分、タンパク質、脂質……結合剤として糖類及び醤油と呼称される発酵調味料を微量確認。栄養価のバランスは……」
「「「…………」」」
差し出した女子も、周りで見ていた俺たちも、あんぐりと口を開けて固まった。なんだそのアカデミックな食レポは。
俺は、すかさず割って入る。
「あーっ! 天上院は、その、ほら! 料理の研究が趣味なんだよ! すごく熱心でさ! なっ、天上院っ!」
目配せすると、エリー・アンは俺の意図を正確に(?)読み取ったのか、にっこりと微笑んだ。
「ええ、もちろんですわ、リツ。この加工法は、わたくしの故郷では観測されたことのない、独創的なエネルギー変換プロセスです。特にこの加熱による褐変、糖とアミノ酸が反応して生じるこの香気成分。いわゆるメイラード反応ですね。これは素晴らしい発見ですね」
言いながら、エリー・アンは卵焼きをパクッと一口。
そして、その琥珀色の瞳をキラキラと輝かせ、ピクリと眉を動かした。
「これは予想以上の複雑な味覚情報ですね。この舌の上で多層的に展開される化学反応は、まさに情報の奔流。すぐにサンプルを解析室へ……いえ、わたくしの研究ノートに記録しなければっ!」
そう言って、懐から(どこに隠し持っていたんだ!?)ノートとペンを取り出し、猛烈な勢いで何かを書き込み始めた。
おい、未確認言語で記載するな。せめて英語に偽装しろ。
「な、なんか、すごい情熱……」
卵焼きをあげた女子は、若干引きながらも感心している。うん、そうだよな、普通はそう思うよな!
「やっぱエリーちゃん、すげーな! 卵焼き一つでそこまで語れるとか、俺には絶対無理だわ! 何言ってんだか、全然よくわかんねえけどなっ」
俺の隣で焼きそばパンを頬張っていた拓郎が、キラキラした目でエリー・アンを見ている。お前は本当に何も疑わない、本当にいい奴だよ……。
「フン、物好きね。たかが卵焼きじゃない」
冷めた声はイチカだ。腕を組み、プイとそっぽを向いている。
「それより、律。あんた、ずいぶんとエリーちゃんにベタベタしすぎじゃないの?」
「ええっ、ベタベタはさすがにしてないぞ」
「でも、明らかにいきなり距離近いわよねえ? ……まさかっ、なにかあったの!?」
視線がチラチラと俺とエリー・アンの間を往復している。
こいつ、俺がエリー・アンの世話を焼いているのが気に入らないんだろうな。昔からなぜか他のやつを構うと、焼きもち妬いてくるんだから。
「なにかってなんだよ」
「そ、そりゃぁ……告白とか、デートとか(ごにょごにょ)」
「思春期かよ。いや、マジで全然そういう感じじゃなくて……」
「ホントに? ……あやしいなー、何か隠してるでしょ」
「少なくとも、それではない」
本気で誤解しないでほしい。いくらなんでも、それはない。
すると、イチカは「ふん、まあ、あんたにそんな度胸ないわよね」と、どこか納得したような、していないような顔でそっぽを向いた。失礼なやつめ。