第99話 福引という罠
広原商店街は、駅前から一本道を中心に広がるこぢんまりとした商店街だ。
ノスタルジックというほど古びてもいないが、どちらかと言えば硬質な印象の店が並び、落ち着いた雰囲気を醸し出している。
僕とオフィーは、福引会場を目指し商店街を歩いていた。
昼時のせいか、弁当屋の前にはサラリーマンの列ができ、カフェのテラス席では学生らしきグループが談笑している。
一見、どこにでもありそうな穏やかな昼の風景。
──なのに、どういうわけか、微かに空気が重たく感じる。
人々の話し声や車の音、遠くで鳴るBGM──
すべてが日常の風景のはずなのに、まるでそれらの音の奥に、もう一つ別の何かが潜んでいるような違和感がある。
通りを進むにつれ、喧騒が少しずつ遠のいていく。
人の流れが途切れ、足を踏み入れた裏道は、先ほどまでとはまるで別世界だった。
どこかくすんだ色合いの店が並び、手書きの看板や色褪せた暖簾が目につく。
その奥には、やけにけばけばしい色合いのスピリチュアル系の店まで混じっていた。
この街の規模を考えれば、これほど雑多な店々が成り立つのは不自然だ。
しかも、大手チェーンや大型スーパーの姿はほとんどなく、個人経営の店ばかりが妙に元気で、それぞれ独自の魅力を放っている。
まるで、大資本を寄せ付けまいとする意志が働いているかのように──。
──以前はこんな違和感を抱いたことはなかった。
だが、梢ラボラトリーに関わるようになってから、街の見え方が変わった。
岩田さんの言葉が脳裏をよぎる。
「この街は、梢ラボラトリーを監視するための拠点のようなものだ」
実際、近代的なビルの中には、名だたる企業や研究機関、さらには外国のダミー会社まで入っているらしい。
──もしかすると、この通りを行き交う人々も、何かしらの関係者なのかもしれない。
そう考えた瞬間、すれ違う人々の視線が妙に気になり始めた。
最初は、偶然かと思った。
でも──違う。
すれ違いざまに、ちらりとこちらを伺う目。
視線が交わると、すぐに逸らされる。
いや──確かに見られている。
それも、偶然ではなく、はっきりとした「意図」を持った視線。
ぞわりと背筋が粟立つ。
何かがおかしい。
僕は思わず左手のブレスレットに触れつつ、周囲を見回した。
──そして、気づく。
視線が一様に、ある一点へ吸い寄せられていることに。
その先には──
みたらし団子を頬張る、スウェット姿の美人が一人。
オフィーかよ!?
何も気にする様子もなく、悠然と団子をかじる彼女に、人々の視線が集まっていた。
「っておい! 歩きながら食うと危ないぞ!」
僕の忠告に、オフィーはフフンと鼻で笑い、横目でこちらを見た。
「そんなドジをするわけなかろう」
堂々とした態度で団子をかじりながら、食べ終えた串をヒョイと前に突き出す。
「あれじゃないか?」
オフィーの視線の先には、人だかり。
商店街の特設福引会場らしい。
すでに数人が並んでいた。僕たちも最後尾に並ぶ。
そのすぐ後ろ、買い物かごを抱えたふくよかなご婦人が小走りに駆け寄ってきた。
オフィーを見るなり、ぱっと顔を輝かせる。
「あら、きれいな人!」
しかし、僕に目を移した瞬間──スンッ。
なぜか気の毒そうな顔で見つめてくる。
──なにその憐れみの目。
「やあ、ご婦人も福引に?」
オフィーが貴族然とした微笑みを浮かべて尋ねる。
……上下スウェットの姿で。
「あら、そうよ~。残念ながら一等賞はもう出ちゃってるみたいね~」
ご婦人が指差す先には、【一等 豪華クルーズの旅】と書かれた看板にに、「ご当選おめでとうございます!」の札が貼られている。
──よし、フラグは折った!
あとは、テレビか……!
「でもね、狙い目はあの高級牛肉が良いわ。うちは子供が多くて、みんなお肉大好きだから」
ご婦人が目を輝かせる。
と、その時。
前の大学生風の男性がガラガラを回した。
威勢のいい音とともに、銀色の玉が飛び出す。
「出ましたー!! 二等賞!! 65型4K有機ELテレビー!」
派手な法被を着た男性が、大きなベルを鳴らした。
「フン! あの青年、なかなかの幸運の持ち主だな!」
オフィーは拍手しながら、青年を称える。
後ろのご婦人も、「あらー残念」と言いながらも、青年に拍手を送っていた。
──僕は、肝心な獲物をかすめ取られ、苦虫を噛み潰す思いだった。
「さ、次のお兄さん、どうぞ! まだまだ魅力的な賞品はありますよ!」
……いたしかたなし。
参加賞でも貰って帰るか。どうせオフィーにはバカにされるだろうが──
「なあ! 森川、我々もあれが良いぞ!!」
オフィーが指さす先には、立派な霜降り牛肉の写真。
見るからに極上の肉。脂と赤身のバランスが絶妙で、写真だけでご飯が食えそうだ。
「おっ! 美人のお姉さん、お目が高い! あれは三等賞のA5ランク最高級牛肉ですよ!」
「三等は何色を出せばいいのか?」
オフィーが食い気味に聞くと、男性は思わず身を引きながら「黄色です! 黄色!」と叫んだ。
「森川! 黄色だ! 黄色を出せ!!」
──はいはい。わかったよ。
オフィーの気迫を背中に感じながら、俺は抽選機の前に立った。
──ご婦人が欲しがってるんだから、あまり騒ぐなって。
ご婦人はと言うと「まあ、美人なのに元気な方ねー」と笑っている。
まあ、勝負は勝負だ。
僕は、あえて左手を伸ばす。
ガラガラのロッドを掴み、静かに息を整える。
──込める。意志を、この左手に。
ゆっくりと回し始める。
カラカラ──
その瞬間、左手が淡く光った気がした。
「お、おお……!」
法被の男が思わず声を漏らす。
──さあ、来い。
運命を、この手で掴み取れ!
そして、抽選機が吐き出した球は──
黄色!
「お兄さんすごい! おめでとうございまーす! 三等賞のA5ランク最高級牛肉、8人前でーす!」
「でかした!! 森川!!」
オフィーが飛び跳ねて喜ぶ。
後ろのご婦人も一緒になって拍手を送ってくれた。
──ま、本気を出せばこんなもんです。
意気揚々と引換券を受け取る僕。
その横で、ご婦人がガラガラを回している。
「はい! おめでとうございまーす! 商品は、霧影山温泉、二泊三日ペア宿泊の"割引券"でーす!」
「あらー、残念。子供たちにお肉食べさせたかったのに……」
一瞬、しゅんとするご婦人。
──そりゃ、お子さんがたくさんいるのに、ペア宿泊券は微妙だよな……。
オフィーはそんなのお構いなしにニコニコ顔。
……なんだか、いたたまれない。
気づけば、口が勝手に動いていた。
「あのー、よかったら、これと交換しますか?」
僕は、ご婦人に引換券を差し出した。
「え、えっ? でも……」
「ご家族で食べてください。俺、一人もんだし」
そう言って引換券を渡した──その瞬間。
「ば、ばか者ーーーーッ!!」
背後から、オフィーの絶叫が炸裂した。
「お前は今、何をしたか分かっているのか!? 自らの福を手放したのだぞ!」
振り返ると、顔を青ざめたオフィーがガクガクと震えている。
「え、だって、子供たちが……」
「知るか!! 私の胃袋は、すでにA5ランク最高級牛肉を受け入れる準備が整っていたのだ!!!」
──ええ……。
ニコニコ顔のご婦人とは対照的に、鬼の形相で僕を睨むオフィー。
「まぁ、待てオフィー。これは助け合いの精神というか……」
「問答無用!! 貴様のクジ運は今後、すべて私が管理する! 以後、クジに関する決定権は私にある! 異論は認めん!!」
「何その謎の支配体制!?」
こうして、僕の自由な福引ライフは──ここに終焉を迎えたのだった。
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