第96話 第二章エピローグ ~ツバサの夜~
王子たちの来訪により、街の熱気はさらに高まっていた。
夜が更けるにつれ、通りには歌声が響き渡り、酒場はもちろん、広場にまで酔っ払いがあふれかえっている。
その中でも、ひときわ人だかりができていたのは——吟遊詩人だった。
「さらわれた姫を救うため、異界より訪れし勇者——」
「彼は勇猛なる仲間と共に、悪しき王宮の陰謀を打ち砕き——」
「ついには、王都に現れし邪竜を討ち滅ぼした!」
——ブッッッッッ!!
僕は思いっきり飲んでいた酒を噴き出した。
ちょっと待て、今なんて言った!?
「おぬし、知らんのか?」
隣でワインを嗜んでいた大樹卿が、口元を隠しながら笑う。
「昨日の今日で、王都中で流行っとるぞ」
「まさか……あれって……」
「言わずもがな、おぬしのことじゃろ? いやー、一夜にして……いや、半日か? 一躍、国民的英雄じゃのう」
——盛りすぎだろ、この英雄譚!!!
しかも、細かい部分までやけにリアルじゃないか……。
まるで実際に戦場にいたかのような生々しさだ。
「ふふーん♪ あれねー、私が作って、王都じゅうに広めといたからさー!」
赤ら顔のサブリナが、得意げに胸を張る。
—— 戦犯、ここにいた!!!
「メディア戦略ってやつだよー!」
「ふざけんなぁぁぁ!!!」
僕の絶叫が、宴の喧騒に紛れて消えていった——。
「いいのいいの〜。これで私たちに手を出す人もいなくなるしねー」
社長がニヤリと笑い、杯を掲げる。
——確かに、ここまで持ち上げられたら、迂闊に僕らを敵に回そうとは思わないかもしれない。
「……でも、“姫を助けに”って……ブフォッ!」
——ちょっとウメさん!? 今、絶対吹き出したよね!?
さっきまで無表情だったくせに、口元めっちゃ震えてるし!!
「それより英雄さんよ、肝心の“姫”がいないけどいいのか?」
そう言って、ウメさんが辺りを見回す。
気づけば、さっきまで席にいたツバサさんの姿がない。
——え? そういえば……
「ちょっと探してきます」
僕は席を立ち、夜風の吹く街へと足を踏み出した。
▽▽▽
街のあちこちで、人々が楽しげに笑い合っている。
ふと視線を巡らせると、店の脇に置かれたベンチにちょこんと座るツバサさんの姿が目に入った。
彼女はコップを片手に、夜空を見上げていた。
僕が近づくと、ツバサさんは気づいて、微笑む。
「大丈夫? 飲みすぎた?」
彼女の隣に腰を下ろしながら尋ねると、ツバサさんは小さく首を振った。
「大丈夫です」
そう言って、また夜空へ視線を戻す。
「ここって、本当に異世界なんですね……」
「ですね」
僕が短く返すと、ツバサさんは指先をそっと撫でながら、言葉を選ぶように話し始めた。
「あのですね……最初、あの男たちに捕まって馬車に乗せられたとき、本当に怖かったんです。もうダメだって……思いました」
彼女は指をぎゅっと握り、恥ずかしそうに俯いた。
「でも……みんなが絶対に助けに来てくれるって信じたら、不思議と気持ちが軽くなったんです」
ツバサさんの声は、静かに夜空に溶けていく。
「そして、みんなは本当に来てくれた……」
彼女はそう呟くと俯き、次の瞬間、そっと顔を上げた。
「……森川さん、ありがとう」
星の光が、淡くツバサさんの瞳を照らしていた。
「私、ずっと自分が嫌いでした」
そう言う彼女の声は、どこか震えていた。
「言われたことをただこなすだけの、つまらない人間だって思ってたんです」
「言われたことをちゃんとできるのは、スゴイことだと思うけど……」
「そうですよね。きっと贅沢な悩みなんでしょう。でも、やっぱり……嫌いだったんです」
「自分じゃないみたいな自分が、すごく嫌で……大っ嫌いでした。でも、それでも仕方ないとも思ってました。だって、それが私だから……」
「でも、こうして、みんなと一緒にいて……ちょっとだけ、自分が好きになれそうな気がしてきました」
彼女は、ふっと小さく笑った。
「ニチアサヒロインだもんね」
僕が冗談めかして言うと、ツバサさんはむっと頬を膨らませる。
「ちょっとひどいです。結構意地悪ですよね、森川さん」
そう言いながら、彼女はそっと指先を撫でるように動かした。
「でも……それも、悪くないかも」
夜空に紛れるような、小さな声だった。
その仕草が、声が、なんだか無性に愛おしかった。
それは儚くて、美しくて——
言葉ではなく、ただそっと抱きしめたくなるほどに。
僕は自然と手を伸ばし、そっと彼女の頬に触れる。
彼女が静かに目を閉じた。
吸い寄せられるように——
僕は顔を近づける。
彼女の吐息がかかる距離。
心臓の鼓動がやけにうるさく感じる。
——このまま……?
そう思った、その瞬間——
ゾクッ……
背筋を駆け抜ける、鋭い違和感。
殺気——!?
反射的に横を見ると、そこには——
見慣れた物体が、浮かんでいた。
ドローン——!! その上にはグリー!?
しかも、その手には記録の宝珠が!!
「なんだよー、気にせず続けろよー」
グリーがニヤニヤと悪い顔で笑う。
次の瞬間——
空中のあちこちに巨大スクリーンが展開!!!
そこに映し出されたのは——
《トーマの英雄! 姫にプロポーズ!? 独占スクープ!》の文字に僕とツバサさんのアップ。
「……なんじゃこりゃ!?」
慌てて周りを見れば、いつの間にか観客に取り囲まれていた。
さらに、街中で宴会していた人々までもがスクリーンを見上げ、大盛り上がり!!
ロウさんとギーブさんは口笛を鳴らし、ソラさんは「ネンネかよ」とジト目でコップを煽っている。ソラさんっていくつなの?
そして関係者たちは——
梢社長「がんばってねー!!!」
サブリナ「ウェ~イ (^///^)」
ウメさん「まるで中坊だな。あいつ何歳だ?」
ドン殿下「ま、待て! これ以上は……!」
のじゃロリ大樹卿「うむ、続けよ(満面の笑み)」
ルリアーノさん「大樹卿様。モジモジしないでください」
ガゼット王子「……解せぬ(真顔)」
そして——
ツバサさんは、顔を真っ赤にして絶叫!!!
「イヤアァァあああああああああ!?!?///」
次の瞬間——ツバサさんの鉄拳が炸裂!!
「ぶほっ……!!?」
強烈な一撃を受け、僕は勢いよく吹っ飛んだ。
地面に転がり、夜空を見上げる。
——その瞬間、中空に浮かぶ巨大スクリーンに映し出されたのは……
《トーマの英雄 撃沈》
……おい、誰だよ編集したの!!
彼女はそっぽを向いているが、その横顔はどこか穏やかだった。
僕はあおむけに倒れたまま、大きくため息をつく。
——異世界に来て、いろいろあったけど。
今、こうしているのも悪くない。
「よーし、第三ラウンド行くよー!!!」
梢社長の声が響き、宴会が再開する。
苦笑しながら、僕は立ち上がった。
この先も、きっと騒がしい。でも——それも、悪くない。
僕は異世界の夜空を見上げた。
** 第二章 完 **
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お読みくださった皆さま、本当にありがとうございます。
ここまでが、第2章となります。
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