第95話 英雄たちの帰還
「トーマの英雄にカンパーイ!」
「「「「カンパーイ!!!」」」」
ルオさんの音頭に合わせ、みんなが杯を掲げる。
美人魔法使いのソラさんまで、美味しそうに酒を煽っているし、
ギーブさんに至っては、すでに上半身裸だ。
——って、乾杯じゃねぇ!!!
「……あのー、この状況、本当に大丈夫なんですかね?」
僕は杯を胸元に抱え、梢社長に尋ねる。
「え、何か問題ある?」
その呑気な顔に、僕は思わず頭を抱えた。
半日前まで、あの王城で死ぬか生きるかの大騒動だったのに……
「城から勝手に抜け出したんですよ!? もう完全にヤバい奴らじゃないですか!!」
「いいのいいの! 勝負事は、勝ち逃げが鉄則だよ〜!」
梢社長はふらふらしながら、上機嫌に杯をあおる。
——そんなわけあるか!!
……しかし、そんな僕の心配をよそに、周りの空気はすっかり社長の言う通り『勝利の宴』だった。
▽▽▽
今、僕らはトーマの宿屋『ウメ』の一階にある酒場で、まさかの大宴会中。
酒と笑い声が飛び交い、あちこちで勝利を祝う乾杯が響いている。
——まるで何事もなかったかのように。
けれど、ほんの半日前まで、僕らは死線をくぐり抜けていた。
王都での悪夢のような事件——。
カルビアンによる王城での極大魔法の暴走。
その結果、城内は魔獣の巣と化し、さらに……
奴自身が大樹の化け物へと変貌。
王城はメチャクチャに崩壊し、
カルビアンはそのまま化け物と共に消えた。
——いや、消えたというか、僕らが消した。
まぁ、後悔はない。むしろ、やってやった感すらある。
問題は、その後だ!!
僕たち——つまり、僕、ツバサさん、梢社長、ウメさん、そしてサブリナは、
混乱する王城を、とっとと抜け出し、ここトーマまで逃げてきた。
しかも、そのバックレ方がヤバい。
もはや逃走中の指名手配犯レベル。
コソコソ顔を隠し、人目を避け、建物の影を選びながら、必死の逃走劇だった。
ちなみに、アリーシアとドン殿下は、それぞれの兄貴たちと一緒にいたので——
置き去りにした。
そんな僕らがトーマに到着した瞬間——。
「うおおおおおお!! 英雄様のお帰りだぁあああ!!」
街の人たちが歓喜の大歓迎!!
しかも、前回(って実は昨晩)の宴を軽く超える勢いの大騒ぎ。
広場には大鍋が並び、肉が焼かれ、酒樽が次々と空けられていく。
人々は笑い、歌い、踊り、祝杯を交わしていた。
——この街、飲んだくれしかいないのか!?
「なんだよー! モリッチ、ノリ悪いよなー!」
隣で酒をあおるサブリナが、虚ろな目をしながら絡んでくる。
肩を寄せてきたせいで、ふわっと甘い酒の匂いが漂った。
サブリナ! お前、見た目は完全に未成年だろ!? ちょっとは遠慮しろ!!
「わー、このお酒美味しいです!」
ツバサさんが、ほわっと頬を赤らめて微笑んでいる。
その姿があまりに可愛すぎて、僕は危うく理性を手放しそうになった。
「ウィ〜〜〜ヒック」
って、グリー!! 守護精霊が酒飲んでちゃダメだろ!!
「ほら! うだうだ考えずに飲めや! 店主命令だ!」
ウメさんの強烈な蹴りが、僕の背中に炸裂した。
ビシィッと音が鳴るほどの衝撃。こ、この人、絶対手加減してない……!!
「わーったよ! もうヤケだ!!」
勢いでコップを呷った、その瞬間——。
バンッ!!!
突然、店の扉が勢いよく開いた。
一瞬、酒場の喧騒がピタリと止まる。
そこに立っていたのは——。
「イヤー! みんな盛り上がってるね〜!」
軽快な声とともに現れたのは、まさかのドン殿下。
そして、その隣には……。
「ふん、これが庶民の飲み屋というやつか?」
ガ、ガ、ガゼット王子ーーー!?!?
僕は心臓が飛び出しそうになった。
やばい、王都から勝手にバックレた件、完全にバレてる……!!
「やあ、先に逃げちゃうなんてひどくないかい?」
ドン殿下は、にこやかに笑いながら近づいてくる。
けれど、その背後で——。
ガゼット王子の目が、静かに、しかし確実に僕を睨んでいた。
まずい、これはまずい!!
監禁!? 死刑!? それとも、公開処刑のコース!?
「ス、ス、スイマセンデシターーー!!!」
僕はもう反射的に、王子の前で土下座した。
全力の土下座。先制攻撃……いや、先制謝罪で気をそぐしかあるまい!!
——すると、頭に違和感。
「おぬし、何しとんじゃ?」
恐る恐る顔を上げると——
僕の額を、人差し指でツンツンと突いてくる人物がいた。
“のじゃロリ大樹卿” である。
「のじゃロリ!」
思わず叫んだ瞬間——。
パコーン!!
「誰がのじゃロリじゃ!!」
鋭い衝撃が頭に走った。痛ぇ!!
「なになにー、モリッチ死刑なのか?」
サブリナ! お口チャック!!
「誰がそんなことゆーとるんじゃ?」
大樹卿がサブリナをじろりと睨む。
「本人が言ってる」とサブリナ。
——お前、余計なことを!!
それを聞いた大樹卿は、しばし沈黙し……そして、大笑いした。
「そんなわけあるかいな! お礼こそすれ、英雄殿をなじる者などおらんじゃろ」
その言葉に、一同の空気が少し和らぐ。
「のー、ガゼットよ?」
そう言いながら、大樹卿は隣の王子に視線を向け、ニヤリと笑った。
その言葉を受け、ガゼット王子が静かに歩み寄る。
僕の目の前で、膝をつき——。
「森川……だったな?」
王子の低い声に、僕は無言で首をカクカクと振る。
「森川殿。この度は、我が愚弟が迷惑をかけた。申し訳なかった」
そう言って、ガゼット王子は深々と頭を下げた。
思わず僕は、首をフルフルと横に振る。
「そして、梢ラボの皆々には——
この国を襲った《竜災》と《大樹の厄災》を退け、王都を守るという偉業を成し遂げていただいた。
その献身と勇気に、王族の名において深く感謝を捧げる」
王子の低く響く声が、酒場の喧騒を静める。
そのまま、彼はゆっくりと頭を下げた。
——すると、梢社長が静かに前へと歩み出る。
「殿下、どうか頭をお上げください。謝罪は受け取りました」
柔らかな微笑みを浮かべながら、
社長は王子に手を差し出す。
王子は一瞬、彼女を見つめ——
その手を取り、ゆっくりと立ち上がる。
——その瞬間。
スッ。
煌めく銀光が、王子の喉元に突きつけられた。
空気が、一瞬で凍りつく。
「っ……!」
周囲の兵士たちが、驚愕しながら動こうとする——
「よせ」
王子が片手を上げ、周囲の兵士たちを制する。
だが、社長は剣を構えたまま、じっと王子を見据えた。
「ですが——」
静かに、しかし確実に社長は剣を王子の首筋へと押し当てる。
「もし、今後また私たちの《大樹》に手を出すようなことがあれば……」
微かに口の端を吊り上げ、社長は囁いた。
「——その時は、国ごと滅ぼします」
一瞬、酒場の空気が張り詰める。
「……肝に銘じておくよ」
王子は目を細め、微笑を浮かべながら指先で剣を軽く押し戻した。
どこまでも冷静なその態度に、社長はふっと息を漏らし——
次の瞬間、満面の笑みを浮かべた。
「ま、難しい話は置いといて、飲みましょー!」
——パァン!
社長が手を叩くと、奥からウメさんが酒瓶を抱えて現れる。
「はいよ! 今日は王子の奢りだ! みんな、しっかり味わえよ!」
「えっ、俺が払うのか……?」
「当たり前です♪」
パチンッ! 社長が指を鳴らし、ウインクする。
「「「「「うおおおおおお!!!!」」」」」
歓声が響いた瞬間、宴のボルテージが一気に爆発した。
ウメさんが酒瓶を振り回しながら陽気な歌を歌い、
サブリナは椅子の上で踊り出し——
そのノリに釣られて、街の人たちまで乱入してくる。
気づけば、酒場全体がまるでカーニバル会場と化していた。
混沌と狂騒の第二ラウンド、開幕——!!
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