第93話 ちょっと待てぃ!
謁見の間を出ると、前方から猛スピードで駆け寄ってくるオフィーと、その兄・アリキア公爵の姿が見えた。
二人に気づいた梢社長が、両手をバタバタ振りながら叫ぶ。
「ダメダメ! 入っちゃダメー!」
「セーシア! 何が起こってるんだ!」
「第二皇子が変身して大暴れしてるんだよー!」
……ん? 合ってるようで、微妙に違う説明。
オフィーがジト目を僕に向け、 ちゃんと説明しろと目で訴えてくる。
「えーと……カルビアンの悪事を王様の前で暴いたまではよかったんだけど、アイツが隠し持ってた『悠枝の冠』が暴走して、そのまま奴はそれに飲み込まれて……でっかい木になって今は暴れている。わかった?」
オフィーが隣のツバサさんに目を向ける。
彼女も僕に合わせて、コクコクと頷いた。
それを見て、オフィーは額に手を当て、首を振る。
「……まったく分からん」
一方、アリキアさんは「殿下が?」と呟くや否や、そのまま謁見の間に飛び込んでいった。
「ちょっ、危ないよー!」
梢社長が慌てて声を掛けるが、アリキアさんはそのまま謁見の間に消えていった。
「それで、カルビアンはどうなったんだ?」
「どうなったも何も……木のバケモンになったんだよ。そんで、『俺が王様だー』とか言って、みんなを襲っている」
「あの馬鹿野郎が……」
オフィーが低く呟く。
その顔には侮蔑や怒りだけじゃなく、どこか寂しさや哀れみが滲み、その目はどこか遠くを見つめていた。
梢社長は、俯くオフィーの肩を慰めるようにポンポンと軽く叩き、優しく微笑んだ。
ゴゴゴ……
壁や天井が不吉な軋み音を立てる。
その度に、足元が揺れ、周りに埃が舞い上がる。
謁見の間からは、ひっきりなしに人々の悲鳴や怒号が響いてくる。
「……ねえ、ここ、ヤバくない?」
梢社長が腕を組みながらぽつりと呟いた。
皆が顔を見合わせ、無言でうなずく。
その反応を見て、梢社長はしばし考え込み——
「……よし」
ポン! と手を打つ。
「じゃ、みんな! 用事は済んだし、危ないから会社に帰ろっか!」
「「「「は?」」」」
全員が、ポカンとした顔で梢社長を見る。
その視線にたじろぎながら、梢社長がキョロキョロと周りを見回す。
「え、なに?」
「お前……このまま帰るつもりか?」
ウメさんが、呆れたように言う。
「はい! ツバサちゃんも救出できたし、森川くんも無事だったし、帰りにサブちゃん拾って帰ればよくないですかー?」
「……」
ウメさんが、おいおいおい、と頭を抱える。
「ドンはどこ行ったんだ?」
オフィーが聞く。
「中で戦ってるよ! でも大丈夫! ドンちゃんなら無敵だから!」
梢社長がにっこりと笑う。
「それにね、ガンちゃんが待ってるから、早くツバサちゃんを返さないと! 私、めっっっちゃ怒られるんだよ!」
——いや、気にするベクトルおかしくない!?
とはいえ、本格的にヤバそうだし、ここは社長の意見に乗っかったほうがいい気がしてきた……。
……ウン、帰ろう!!
「ですね! じゃあ撤収しましょう!」
そう言うと、梢社長も「でしょー」とにっこり笑う。
「よし帰ろう帰ろう!」
大きく手を振りながら、さっさと歩き出そうとした——その瞬間。
「ちょっと待てぃ!!」
怒号が響いた。
振り向くと、腕を組んで仁王立ちする“のじゃロリ大樹卿”と、その隣で頬を膨らませるルリアーナさんが立っていた。
……しかも、ちょっと怒ってる?
「まさか、このままとんずらしようとしてるんじゃなかろーの」
——とんずらって……
「セーシア! ここはあなたの生まれた国でもあるんですよ! なんで帰ろうとしてるんですか!」
ルリアーナさんが顔を真っ赤にして詰め寄る。
「えー、だって危ないしー? あれヤバイですよー、大樹の力だよー?」
「だからといって、逃げちゃいかんじゃろう。このままだと、この国が滅ぶぞい」
目を見開き、慌てて言う大樹卿。
「いや、大樹卿様もお姉ちゃんも逃げてましたよね?」
梢社長が口をとがらせ指摘する。
「わしらは……作戦タイムじゃ! 逃げたわけじゃにゃいい!」
——焦って言うもんだから、噛んでる……。
「……で、大樹卿様。何か止める方法はあるんですか?」
オフィーが詰め寄ると、大樹卿は「うーん」と目を瞑って考える。
「基本は……燃やすしかないのう。しかし、お主らの魔法では炎が届かんじゃろうて」
「大樹卿様なら……?」
オフィーが言いかけた瞬間、大樹卿が手を挙げて制した。
「わしの力は、大樹様の加護によるものじゃ。それをもって、あの力を抑えることはできんのじゃ……」
「では、普通に火を放つしかないか……」
オフィーが拳を握りしめる。
その時、半壊した扉の向こうからアリキアさんが顔を出し、こちらに向かって叫んだ。
「オフ! 手を貸してくれ!」
オフィーはグッと頷き、
「今行きます、兄様!」
と即答すると、さっと梢社長の手を取り、そのまま駆けだした。
「えー」と不満そうに声を上げる梢社長だったが、そのまま引っ張られていく。
「森川さん! 私たちも行きましょう!」
キラキラした目で僕の服を掴むツバサさん。まるでニチアサのヒロイン気分だ。
——ツバサさん。魔法は使えても変身はできないですよ……
盛大にため息をつき、彼女に従って扉をくぐった。




