第92話 大樹の暴走
王位継承権第一位、ガゼット皇太子。
確か、ダーズとオフィーが話していたときに、その名が出ていた気がする。
威風堂々と歩みを進め、カルビアンの前に立つその姿は、まさに王の血を継ぐ者にふさわしかった。
いや、それは単に本人の自覚の成せる業かもしれない。
彼の 鋭い眼光 がカルビアンを射抜く。
「ドングランが外遊先まで慌てて呼びに来るから、何事かと思えば……何だ、このザマは!」
ガゼット王子が怒声 を叩きつける。
「カルビアン!お前のすることは全て私利私欲のため だろう! 貴様が 国家 を語る資格なぞ、何もない!!」
カルビアンの顔が 引きつる。
口をパクパクと動かすが、声にならない。
ガゼットは次に、フォビアス王へと視線を移す。
その威圧感は、王ですら気後れするほどだった。
「父上。これほどの醜態、もはやは奴の廃嫡では済みません。今すぐカルビアンの首を刎ね、その責を取らせねば、王家の威信は地に堕ちます」
そう言い、腰の剣を静かに抜いた。
「ヒッ……!」
カルビアンは声にならない悲鳴を上げ、玉座の背後へと逃げ込む。
ガゼットの剣先は、隠れる奴に向けられる。
——げ!この人ここで首跳ねる気満々じゃん!
カルビアンといい、この王子といい……王家って、こんなのばっかかよ。
「ま、待て待て!!」
フォビアス王が慌てて両手を上げる。
もはや、兵士たちの目に忠誠心はなかった。
周囲の衛士たちも、誰一人としてカルビアンを庇おうともしない。
当のカルビアンは虚空を見つめ、焦点を失っていた。
やがて、ゆっくりと前へ出る。
その手には――
『悠枝の冠』が握られていた。
—— 王家の至宝。
それを見たフォビアス王が、ハッと息を呑む。
「なぜ……おぬし、『悠枝の冠』を……?」
カルビアンは激しく首を振った。
「し……知らない……知らない……知らない……!!」
青ざめた顔で、何度も何度も呟く。
ガゼット皇太子の眉がピクリと動く。
「貴様……それをどこで手に入れた?」
カルビアンの肩がピクリと震えた。
次の瞬間——
「うるさい!! こ、これは俺のものだ!!」
叫ぶと同時に、『悠枝の冠』を頭上に掲げる。
——その瞬間。
『悠枝の冠』が不気味な光を放ち始めた。
「おいおい、何じゃあれは……術が発動したままになっとるぞい」
のじゃロリ大樹卿が訝しげに呟く。
——そういえば……!
月栄宮での魔獣襲来のとき、うやむやになったが……
あの時、こいつ、持ち去ってたのか!?
「まずいのぉ……暴発するぞい!」
大樹卿が怒鳴った。
——暴発!?
その瞬間——
『悠枝の冠』から、無数の枝が生き物のように伸び始める。
それは、まるで飢えた獣の触手のように蠢きながら、天井へと伸びていく。
——なにあれ!! キモイ!!
「ぅ、あ……」
カルビアンの口から、苦しげな息が漏れる。
彼の手にあった『悠枝の冠』から、まるで意思を持つかのように枝が伸び、腕に絡みついた。
「え……? な、なにこれ……!?」
カルビアンも、驚愕の表情を浮かべるが、枝はすでに手首を這い上がり、肩に到達していた。
「大樹の力に飲み込まれとる!」
のじゃロリ大樹卿が叫ぶ。
「今すぐ焼き払え! 取り返しがつかんことになるぞ!」
——その瞬間。
バキバキバキィッ!!
耳をつんざくような音が響き、『悠枝の冠』から巨大な木の枝が飛び出し、まるで大蛇のように玉座を貫いた。
「ひっ……!!」
フォビアス王は慌てて飛び退る。
王族の象徴であるはずの王座が、みるみるうちにねじ曲がっていった。
「こ、これは……!」
ガゼット皇太子が眉をひそめ、剣を構える。
衛士たちも次々と剣を抜き、臨戦態勢を取った。
すると——
「……あ、はは、はははははは!!!」
背筋を凍らせるような笑い声が響いた。
笑っていたのは——カルビアンだった。
彼の体が、徐々に木と一体化していく。
腕は木の皮に覆われ、指先は根のように変化していった。
「カルビアン!!」
フォビアス王が必死に叫ぶ。
だが、もはや彼の声は届かない。
伸びた枝葉が、カルビアンの体を包み込むように覆っていく。
節くれだった木々の間から、カルビアンの顔だけがのぞく。
その目は虚ろで、もはや理性が残っているとは思えなかった。
ゆっくりと顔を上げるカルビアン。
その瞳は——もはや、人のものではなかった。
「これが……本当の王の力だ……!!!」
彼がそう呟くと、絡みついた木々はさらに勢いを増し、
カルビアンの足元から根を張り始めた。
そして、樹木の幹が伸び、高く天井へと枝葉を広げていく。
——その瞬間。
轟音とともに、王城の天井が崩れ始めた。
「防護結界!!」
ルリアーナさんと梢社長が叫ぶ。
青い膜のような結界が広がり、崩れ落ちる瓦礫を弾き返した。
「なんですか、あれ!? なんで『悠枝の冠』からあんな化け物が出てくるんですか!?」
僕が叫ぶと、ルリアーナさんに庇われるように抱かれた大樹卿が答える。
「大樹の力は、善でも悪でもないんじゃ! この世界の力の根源にすぎん!」
「なんでその根源が、あんな奴に取り憑いてるんですか!?」
「だから言ったじゃろう! 善も悪もない! 奴の強烈な欲望に、ただ力が反応しておるだけじゃ!」
——何ソレ! 完全に手を出しちゃダメな奴じゃん!
「そんなもの、大事に持ってんなよ!」
「変な術式で発動さえしてなければ、普通は悪さはせん!」
のじゃロリが叫ぶ。
「大樹卿! ここは危険です、出ましょう!」
ルリアーナさんがのじゃロリさんをお姫様抱っこし、そのまま外へ。
「森川くん、ツバサちゃん、ウメさん! とっとと逃げよう!」
梢社長は声をかけると、一目散に走り出す。
衛士たちは動揺し、逃げるでもなく周囲を囲んでいる。
「逃げろ!!」
ドン殿下の怒号が響く。
だが、その叫びも虚しく——
カルビアンの体から伸びた枝葉が、うねりながら広がり、
周囲の衛士たちを次々と薙ぎ払っていった——。




