第90話 正式な抗議です!
カルビアン——。
魔獣にやられて死んだと思っていたが、仲間を見捨てて逃げ込んでいたとは。
とんだクズ野郎だな。
「こいつらだ! こいつらが魔獣を連れて攻めてきたんだ! 早く奴らを殺せ!」
カルビアンが叫ぶ。
王子の言葉に、兵士たちが色めき立つ。
——こいつ、許さん……。
怒りに任せ、思わず叫ぶ。
「魔獣を引き込んだのは貴様だろ!」
一歩踏み出し、奴に剣を向けた。
「転移召喚を無理やり発動し、ダンジョンから魔獣を呼び寄せたのは貴様じゃないか!」
兵士たちが動揺し、ざわめきが広がる。
「そういや、王子様が月栄宮で極大魔法を使ったって…?」「黙れ! だとしても、あの王子を裏切ったらどうなるか、分かってるだろ!」
「だが、もし奴らの言ってる事が正しかったら……」
兵士たちの声には恐怖と迷いが入り混じっていた。敵意というよりは、ただ命令に従っているだけのように見える。
だが結局は、異世界人の言葉など信じるはずもなく、兵士たちは剣を構えながらじりじりと迫ってくる。
「さて、どうする?」
ウメさんが剣を構え、にやりと笑う。
「こいつらとやり合ってもいいのかね?」
気軽な口調だが、獲物を狙う獣のような目をしていた。
「うーん。どうしましょうねー」
梢社長が腕を組み、考え込む。
その時、玉座の奥の扉が重々しく開いた。
——追加増員か?
鋼の鎧が擦れる音とともに、新たな兵士たちがなだれ込み、瞬く間に僕らを取り囲む。
壇上でカルビアンが手を叩いた。唇を歪ませ、狂ったように笑う。
「ハハハ! これでお前らも終わりだ! 全員殺せ! 殺してしまえ!!」
顔は紅潮し、血走った目を見開くカルビアン。
呼吸は荒く、異常な興奮に取り憑かれたかのようだった。
「さあ、殺せ! 俺様が命令してるんだ! さっさとやれ!」
兵士たちが動きかけた、その時——。
「ちょっと待て!」
低く、重々しい声が響き渡る。
声の方を見ると、屈強な兵士たちに守られながら、一人の男が悠然と入ってきた。
彼が歩を進めると、兵士たちは無言で道を開ける。
男はそのまま、カルビアンが座っていた玉座にどっかりと腰を下ろした。
それと同時に、兵士たちが一斉に膝をついた。
カルビアンが息をのみ、「父上!」と嬉しそうに声を上げる。
「あー、やっと王様のお出ましですねー。」
梢社長が軽くため息をついた。
王はぎろりとこちらを睨みつける。
「貴様らは何者だ」
梢社長はすっと姿勢を正し、恭しくお辞儀をする。
「陛下、お騒がせしております」
カーテンシーのような優雅な動作で礼を取る。
「私、梢ラボラトリーの梢ひとみと申します」
社長は、あえて日本人の名前で答えた。
王は目を細め、「梢ラボラトリー……3号大樹のか?」と尋ねる。
「はい」
「お前はエルフに見えるが?」
「現在は3号大樹の管理をしております」
「で、そのエルフが何の用でここに来た?」
「はい。我が社の大切な社員がカルビアン皇太子様に誘拐された件について、ご説明申し上げるために参りました」
「カルビアン。こ奴らの言う話は本当か?」
王がカルビアンを睨む。
カルビアンは一瞬、ビクリと肩を震わせた。
しかし、すぐに歯を食いしばり、血走った目でこちらを睨み返す。
「違う! 違います、父上!」
大きく手を振り、必死に首を振った。
「こいつらは嘘をついています! 奴らは異世界から来た得体の知れない連中! 魔獣を操る邪悪な集団です!」
荒々しく指を突きつけ、喚き散らすカルビアン。
「こいつらが怪しい術を使って私の邪魔をしてきたんです! それで、この城に魔獣を呼び寄せたんです!」
汗に濡れた顔。滲み出る焦り。
カルビアンは必死に訴える。
「私はただ、この国を守るために行動しただけなのです! そう、国のために!」
王はわずかに眉をひそめた。
「お前が異世界人を誘拐したというのは、全くの嘘なのか?」
「も、もちろんです!」
カルビアンは力強く頷くが、声が震えていた。
「……そうか」
王は静かに頷くと、今度は梢社長に視線を向ける。
「異世界の者よ。お前はどう証明する?」
「証拠、ですかー。うーん、正直めんどくさいですね」
梢社長が頬に手を当て、ぼやくように言った。
——社長! 言い方!!
「証拠なら、わしが証言しよう」
突如、背後から響いた声。
聞き覚えのある声だった。
反射的に振り返ると、そこにはモニター越しにしか見たことのなかった人物——のじゃロリ大樹卿が立っていた。
「セーシアよ、勝手に先に行くでないぞ。危うく迷子になるところじゃったわ」
“のじゃロリ”は梢社長の隣へと悠々と歩み寄る。
その傍らには、社長の姉であるルリアーナさんの姿もあった。
そして、“のじゃロリ”は王をじっと見つめると、目を細めてにやりと笑った。
「久しぶりじゃのう、フォビアス。ちぃと見ぬ間に老けたの」
「こ、これは……大樹卿様。久しくお姿を拝することが叶わず、恐れ入ります」
フォビアスと名指しされた王は、玉座から立ち上がると、ひざをついた。
それに倣い、周囲の兵士たちも次々と跪く。
気づけば、立っているのは僕とツバサさん、そして完全に固まったままのカルビアンだけだった。
“のじゃロリ”がツイっとこちらを見て、満足げにフフンと鼻を膨らませる。
——のじゃロリ! いったい何者!?




