第89話 邪魔でーす
「本気ですか? 外にはドラゴンがいるんですよ!」
「さっき見たから知ってるよー!」
軽く手を振りながら答える梢社長。
「オフィーもいるしさー、あんな空飛ぶトカゲなんか、ちゃっちゃとやっつけちゃうと思うよ」
——空飛ぶトカゲって……いや、苦戦してるんだけど!?
「森川、大丈夫だ。さっき、あいつの大剣も渡しといたから。それがありゃ戦えるだろ」
ウメさんまで簡単に言うけど、相手はドラゴンだよ!? ……いや、待てよ。そうだった。この二人、さっきドラゴンの下をバイクで突っ切ってきたんだった。それも平然とした顔で。
——この二人、感覚がおかしすぎる。
「何だったら、手伝ったほうがいいのかな?」
梢社長は軽い調子で言うと、まるで散歩でもするかのように、壁の大穴へと向かって歩いていく。
その間にも、ゴブリンと狼モドキが彼女に飛び掛かるが、社長はチラリと目を向け、手を軽く払う。
シュッ——!
無造作に放たれた斬撃が、魔物たちをまとめて切り裂いた。
そして、梢社長は壁の大穴から身を乗り出し、外を見渡す。
「あー、飛んじゃってると剣が届かないんだね」
呑気な感想を漏らすと、ドラゴンに向けて手をかざした。
「グラビティ・バインド」
短く呟く。その瞬間——
空中で悠然と滞空していたドラゴンが、突如バランスを崩す。
両翼を必死に羽ばたかせるが、抗いきれず、まるで上から押さえつけられたかのように、ずしん! と地面に墜落した。
「わたし、重力魔法ってあんまり得意じゃないんだけど……上手くいってよかったー」
そう言って微笑みながら、外に向かって手を振る。
「オフィー! 頑張ってねー! よっ、ドラゴンスレイヤー!」
拍手をしながら囃し立てる梢社長。
『セーシアか! 助かった、あとは任せろ!』
インカム越しにオフィーの声が入る。
次の瞬間——
「トルネードスピア!!」
オフィーの叫びとともに、渦巻く風の槍が轟音を立てて発射される。
それは、先ほどとは比べものにならないほどの威力で、ドラゴンの巨体を真正面から貫いた。
——ドォォン!!
地響きを上げて倒れるドラゴン。
「おー、すごーい!」
梢社長は壁の大穴から見下ろし、満足げにぱちぱちと手を叩いた。
そして、クルリと振り返ると、埃をパンパンと払いながら言った。
「じゃ、王様を探しに行きましょうか」
何事もなかったかのように、社長はすたすたと歩き出した。
その先には、えんじ色の大きな扉——そして、群がる魔獣たち。
「ちょっとゴメンねー、邪魔でーす」
梢社長は前に向けて手をかざす。
その手を基軸に、空気が渦を巻くように風が動き、いくつもの尖った氷の粒が現れる。
「ほい」
掛け声とともに、その氷のつぶてが魔獣たちを一気に殲滅する。
瞬く間に魔獣たちの体を貫き、次々と凍りつかせていく。
「す、すごい……!」
隣のツバサさんが驚きの声を漏らす。
「まったく、守りがいがねーな。社長様は」
ウメさんが肩に剣を担ぎながらぼやく。
梢社長はくるりと振り返り、満面の笑顔を浮かべる。
「久々なんで、張り切ってます! さ、行きましょう!。王様どこにいるかなー?」
ウメさんは大きくため息をつき、魔獣の亡骸を蹴りのけ、無造作に道を開けながら前へ進む。
その後ろを、ぴょんぴょんと跳ねながら後を追う梢社長。
「森川さん! 梢社長って凄いですね!」
ツバサさんは目をキラキラさせ、胸の前でギュッと拳を固める。
「私も頑張らなくちゃ!」 と意気込む。
「……あんな人になっちゃダメです」
ツバサさんに心からお願いしてから、崩れた扉をまたいだ。
扉の向こうには広々とした空間が広がっていた。
「ここは、謁見の間ですねー」
先を行く梢社長が辺りを見渡しながら呟く。
中央には深紅の絨毯が真っ直ぐに敷かれ、その先の壁には重々しい大きな幕が掲げられている。たぶん国旗か何かだろう。
中ほどには数多くの兵士たちが、壁を作るようにこちらに向けて剣を構え、厳しい表情で立ち並んでいる。
さらに奥には、数段高くなった玉座のような場所があり、そこにも兵士たちがずらりと並んでいた。
「あの奥に座ってるのが、この国の王様ですかねー。私も初めて会うけど。なんでこんなところにいるんでしょう?」
梢社長が耳打ちしてくる。
——王様!?
そんなことを気にする素振りもなく、いつものようにスタスタと前へ進む梢社長。
目の前にいた、鎧を身に着けた厳つい男が剣を向け、怒鳴る。
「何者だ貴様ら! 魔獣は! 魔獣どもはどうした!」
兵士たちが一斉にこちらを睨み、玉座を庇うように兵士たちが壁を作る。
「あー、扉の前の魔獣は殺しちゃいましたよ。たぶん庭のドラゴンもやっつけちゃったと思いますー」
「なんだと!?」
兵士たちの間に動揺が広がる。
「ちょっと、王様にお会いしたいんですけど、どこにいらっしゃるんですかねー?」
梢社長が兵士に尋ねる。
一瞬、兵士たちの視線が奥に集まる。
「陛下はここにはいらっしゃらない!」
一番前にいた兵士が叫ぶが、梢社長はにっこりと笑う。
「じゃあ、あの玉座にお座りになってる人は、だれですかー?」
その瞬間、目の前にいた兵士が目を真っ赤にして「無礼者が!」とこちらへ詰め寄ってくる。
ウメさんが社長の前にスッと出て、剣を肩から降ろす。
そんなウメさんの肩越しに、梢社長はひょっこり顔を出し、手を振る。
「待って待ってー! 私たち異世界の会社から来た……」
その言葉に、奥の方から「異世界だと!?」という叫び声が響いた。
声の方に目を向ける。
玉座の方だ。
そこにいたのは——
最も見たくない男が、兵士たちを押しのけ立ち上がり、こちらを睨んでいた。
「ありゃりゃー。王様じゃなくて皇太子様じゃないですか」
梢社長ががっかりしたように言う。
そう、そこにいたのは全ての元凶であり、今もっとも殴り倒したい男。
カルビアン第二皇太子だった。
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