第88話 最終兵器
顔を上げると、さっきまで壁があった通路の片側に、大きな穴が開いていた。
慌てて身を起こすと、ツバサさんが頭を抱えながら周りを見回し、壁の消えた部分を見て「ヒッ」と小さく悲鳴を上げる。
インカムを通してオフィーに叫ぶ。
「オフィー! 王城って魔術障壁がかかってるて言ってたよね?」
——でっかい穴、開いちゃってるけど!?
動揺したツバサさんが僕に縋るように服を掴んでくる。
「ど、どうしよう? 弁償しろとか言われないよね……?」
——誰に誰が!?
『森川か! 生きてるのか?』
——勝手に殺すな!
「オフィー! ドラゴンはどうなってる?」
インカムに怒鳴る。
『奴は今、目の前で呑気に羽ばたいてる』
オフィーの声が返ってくる。
羽ばたくって……。
『森川の方は大丈夫か?』
周りを見回す。
奥の豪奢な扉は、半壊していた。
扉の周りに群れていたトカゲモドキと狼モドキが、ゆっくりとこっちに向かってくる。
「ヤバイ!魔獣が来てる!、また後で報告する」
手元を見る。持っていた剣は衝撃で吹き飛んでいる。
たとえ手元にあったとしても、一度に数匹を相手にするのは厳しい。
「グリー障壁を!」
叫んでも返事が返ってこない。
——まさか、さっきのブレスでやられたのか?
一瞬、不安が頭をよぎるが、今は立ち止まっている場合じゃない!
「ツバサさん! 逃げよう!」
彼女の手を引き、無理やり立たせると、すぐにその小さな体を抱え込み、来た道を駆け戻った。
すると、インカム越しに、今度はサブリナの声が飛び込んできた。
『モリッチ! 最終兵器が行ったから、それまで持ちこたえろ!』
視線の端には、ドローンが浮かんでいるのが見える。
——最終兵器?
サブリナの言葉が気になるが、今はそれどころじゃない。
必死に足を進める中、階段を下りようと階下に視線を向けると、そこにもトカゲモドキが待ち構えていた。
それに気づいたツバサさんは、トカゲモドキにウインドスラッシュを放つ。
しかし、岩のようにごつごつしたその皮膚に、斬撃は傷を付けることなく跳ね返される。
「ダメ……私のじゃ斬れないみたい。それに、なんだか力が……」
ツバサさんはふらつき、膝をつく。
——ヤバイ、魔力切れか?
膝をつく彼女を抱きかかえる。
目の前から迫るトカゲモドキも、目と鼻の先まで近づいている。
それに、階下のやつまで階段に足を掛けようとしている。
逃げ場がない。
左手を目の前のトカゲモドキに向けるが、焦っているせいか発動が遅れる。
逆に、トカゲモドキが差し出した左手に向け大きく口を開く。
間に合わない——!
と、その時、階下から聞き覚えのあるエンジン音が響いた。
視線を向けると、こちらに向け疾走するバイクが見えた。
しかも、その上には白い槍が宙に浮かんでいる。
瞬間、その白い槍が放たれ、一直線に目の前のトカゲモドキを貫いた。
そして貫通した場所から、トカゲモドキの体表が白く凍り、硬直していく。
——凍った?
その時、階下でガシャン!という何かがぶつかる音。
視線を向けると、バイクが倒れたまま床を滑り、車体が階段下のトカゲモドキを跳ね飛ばしていた。
そして、その向こうには……。
剣を構えるウメさんと、場にそぐわない雰囲気でぴょんぴょん跳ねる女性の姿が見えた。
——ウソ、まさか……梢社長!?
「森川くーん! 来ちゃったよー!」
社長は満面の笑みでこっちに手を振っている。
——マジか。
梢社長は、そのままトカゲモドキの尻尾をぴょんと跨いで、階段を駆け上ってきた。
「なんかさー、あれから一日しかたってないのに、すごく久しぶりな感じしない?」と、笑いながら駆け寄ってくる。
ツバサさんに気づくと、「ギャー! ツバサちゃん、大丈夫!」と駆け寄り、手を翳す。
その手からは淡い光が漏れ、ツバサさんの体にしみこむように消えていく。
すると、さっきまで荒かった彼女の息が徐々に落ち着いていった。
「社長? どうやってここまで来たんですか?」
開口一番、訊ねると、社長は満面の笑みで答える。
「あのねー、お姉ちゃんに乗せてもらって、魔導車でビューンって来たんだよ」
「ビューン」と言う言葉に合わせ手を伸ばしながら、社長が説明する。
その時、ちょうどこちらに向かってきていた狼モドキ達が社長に跳びかかろうとしていた。
「社長! 後ろ!」
言い終わらないうちに、社長は軽く手を振りながら、「もう! 話してるのにうっとおしいなー」と言い、その手を後ろに向けてひらりと振る。
そこから斬撃が放たれ、近づいていた狼モドキたちを全て跳ね飛ばした。
——さすが……最終兵器。
「大丈夫か、森川」
トカゲモドキにとどめを刺したウメさんが、剣の血振りをして階段を上がってくる。
「ウメさん!」
「ツバサ取りかえしたってな。よくやった」
ウメさんはそう言って、一本の剣を差し出した。
「うちに転がってた剣だ、好きに使え」
転がってたって……どう見てもミスリル製の一級品だ。
「いいんですか? ずいぶん高そうですけど」
「どっかの冒険者の忘れもんだ、気にするな」
そう言ってウメさんはニッと笑った。
そんな中、梢社長の回復術が効いたのか、ツバサさんがゆっくりと体を起こす。
——と思ったら、彼女は床に手をつき、深々と頭を下げた。
「梢社長! 今回は私の不手際でこんなことになってしまい、本当に申し訳ございませんでした!」
額が床につくほどの勢いで謝るツバサさん。
「ツバサちゃんは悪くないよ。私こそ、守ってあげられなくてごめんね」
社長がそっと彼女の肩に手を添え、優しく抱き起こす。
「怖い思いをさせちゃったね。ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げる社長。
「あーでも」
社長が何か思い出したかのように頬に指を当て、ぽんと手を打つ。
「たぶん帰ったら、ガンちゃんに怒られると思うので、一緒に謝ってね」
「兄さん……知ってるんですか?」
「うーん、バレちゃいました」
ツバサさんの顔が一気に青ざめる。
さっき魔力切れを起こした時より、むしろ顔色が悪い。
「もちろん、森川くんも一緒にね」
「え! 俺もですか?」
「そりゃそうだよー。ツバサちゃんが好きだからって、『一緒に冒険しよう!』って誘ったの森川くんなんだもん」
——そんこと言いましたっけ? しかも、好きだからって何?
そんな僕の疑問をよそに、梢社長が立ち上がる。
「さ、じゃあ行きましょうか?」
そう言って、両手を合わせてパチンと鳴らす社長。
「行くって、どこにですか?」
「それはあれよ、わが社としても、今回の件について王宮に正式な抗議を申し入れるのよ!」
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