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梢ラボラトリー(株) 世界樹の守護者って正気ですか!?  作者: 鷹雄アキル
第二章

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第86話 兄妹


 オフィーは、事の経緯を丁寧に説明した。


 僕の隣では、ツバサさんが目を丸くして話に聞き入っていた。

 ずっと気を失っていた彼女にとって、すべてが初めて耳にする内容なのだろう。

 その手が微かに震えていた。


 オフィーの目の前には、彼女の兄、アリキア公爵。

 ロイマール皇国魔術師団長でもある彼が、腕を組んだまま無言で話を聞いている。


「それで、転移ゲートは閉じたんだな?」

 アリキアさんの声は冷静だった。


「たぶん……でも、ドラゴンをはじめ、大量の魔獣がすでに城内に侵入しています」

 オフィーは、アリキアさんの顔色をうかがうように言う。


 アリキアさんは少し考え込み——やがて静かに言った。


「ふむ……カリビアンが、お前たちの捜索で城下に兵を出したせいで、王宮に残っているのは最低限の近衛兵のみ。状況は厳しいが……これ以上、魔獣が増えることはない。違うか?」


 オフィーは、こくりと頷いた。

 

「ならば、あとは殲滅するだけだ」

 

 アリキアさんの言葉に、オフィーの肩がピクリと震えた。

 

 彼女は一瞬、不安げに目を伏せる。

 だが、すぐに顔を上げ、まっすぐアリキアさんを見つめた。

 

「……信じてくれるの? 私には、拘束の勅命が出てるのに……」

 その声は、普段の彼女とは違い、不安げだった。

 

 アリキアさんは何も言わず、そっとオフィーの頭に手を置く。

 まるで、大切なものを包み込むように。


「お前は、小さな頃からお転婆で、考えなしに突っ走るところがある」


 ゆっくりと言葉を紡ぎながら、大きな手でオフィーの髪をわしゃわしゃと撫でる。


「だがな——お前は、どんなことがあろうとも嘘だけはつかない」


 俯いていたオフィーの表情は見えなかったが、微かに口元が綻んでいるのがわかった。


 アリキアさんは、改めて僕とツバサさんにその鋭い視線を向ける

「で、貴殿が異世界の……日本から来た人か?」


「はい。森川と言います。それで……」

「私は、岩田ツバサと言います」


 アリキアさんは静かに頷くと、改めて僕らの正面に立ち、まっすぐに背筋を伸ばした。

 そして、一瞬の迷いもなく、深く頭を下げる。

 

「この度は、我が国の者が取り返しのつかないご迷惑をかけた。

 謝罪で済むことではないと承知している。だが、それでも——どうか言わせてほしい。

 本当に、申し訳なかった」


 僕とツバサさんは、慌てて手を振り、恐縮しながら礼を返した。

 そんな僕らを見て、オフィーが口元をニヤつかせながら、どこか満足そうに眺めている。

 

 ——分かるよ。オフィーにとって自慢のお兄さんなのね。


 アリキアさんは再びオフィーに視線を戻す。


「お前はまだ戦えるのか?」


 オフィーはすぐに頷き、力強く拳を握る。


「もちろん。」


「ならば、とっとと殲滅するぞ。手を貸せ」


 アリキアさんがそう言うと、オフィーは頷き、すぐに動き出した。


 その時、突然——


 ズンッ!


 足元が大きく揺れる。まるで大地そのものが呻いているかのようだった。

 揺れに続いて、インカムからサブリナの声が響く。


『なーなー、どこにいんの? ドラゴンが王城に向けてブレス吐きそうだよー』


「兄さま!」


 サブリナの報告に、オフィーがアリキアさんに鋭い視線を投げる。

 アリキアさんも一瞬で状況を理解したのだろう。何も言わず、即座に部屋を飛び出した。


 僕たちも、慌ててその後を追う。


 王城の前庭に出ると、朝日が地面を照らし、あたりは明るくなっていた。

 そして——その光の中、ひとつの影が空に浮かんでいた。


 巨大な翼を広げ、宙を舞う黒きドラゴン。


 朝日を背負い、真っ赤な双眸が王城を真っ直ぐに捉えている。


「団長!」


 王城の正面を守る近衛兵たちが、アリキアさんのもとへ駆け寄る。


「防御障壁を張れる者は直ちに正面へ展開! 残りは、奴がブレスを吐く前に頭を狙え!」


 アリキアさんの指示が飛ぶと、兵士たちは一斉に動き出した。


「森川さん……」

 ツバサさんが、僕の裾をぎゅっと掴む。


 その時——


 目の前のドラゴンが、ゆっくりと口を開く。

 鋭い牙の隙間から、燃え盛る炎が漏れ出していた。


 ——間違いない。次の標的は、ここだ。


 胸の奥で警鐘が鳴り響く。

 次のブレスが来れば、この場所は丸ごと焼け野原になる。


 ——止められるか?


 迷いが脳裏をよぎるが、すぐにかき消した。

 

 考えている暇はない。

 左手に力を込める。


 熱が走る。

 腕へ、手首へ、そして——手のひらへ。


 視界の隅で、自分の腕が緑色の燐光に包まれていくのが見えた。


 ドラゴンの目と、一瞬、視線が交差する。


 その瞬間——


 ドラゴンの首が引かれ、口元の炎がさらに膨れ上がる。


 ——来る!!


 僕は手をかざし、解き放つ。


「グリーンフラッシュ——解放!!」


 手からほとばしる閃光が、一直線に奴の下顎へと走る。

 刹那、ドラゴンの口から、煮えたぎる真紅の火球が放たれた。


 閃光は下顎に直撃し、その衝撃でドラゴンの首がわずかに跳ね上がる。


 狙いが狂った火球は、そのまま王城の頂をかすめ、朝焼けの空へと消えていった。


 ——助かった!


「でかした、森川!」

 オフィーの声が響く。


 彼女は即座に剣を翳し、その刃の周囲に渦巻く風が集まり始める。


「トルネードスピア!」

 オフィーが叫びとともに、旋風が槍の形をなし、猛烈な勢いでドラゴンへと放たれる。


 空を切り裂く風の槍——

 そのまま、空中のドラゴンの右翼をかすめた。


 グギャァァァァァ!

 ドラゴンが咆哮し、バランスを崩す。


 巨大な翼がもがくように揺れ、制御を失った体が前庭へと墜落する。

 

 轟音とともに地面が揺れ、土煙が舞い上がった。


 同時に——

 オフィーの剣が、甲高い音を立てて砕け散る。


「チッ……なまくらじゃ耐えられんか。」


 手元に残った剣の残骸を睨みつけ、オフィーが舌打ちする。


 王城の兵士たちが、前庭に降り立ったドラゴンの動きを警戒しながら、一斉に剣を構える。


 その緊迫した空気の中——


「うわぁぁぁっ!!」

 背後から、悲鳴が上がった。


 反射的に振り向くと、狼のような魔獣と、巨大なトカゲのような魔獣が兵士たちに襲いかかっていた。


 兵士たちは剣を振るい、必死に応戦する。だが、敵の数が多すぎる。

 魔獣は兵士たちの隙間を抜け、数匹がこちらへ向かってくる——。


「チッ、回廊側が突破されたか……」

 いつの間にか背後に立っていたアリキアさんが、低く呟いた。


「誰か……!」

 助けを求めて周囲を見回すが、兵士たちは皆、前庭のドラゴンと魔獣たちへの対応で手いっぱいだ。

 そして、アリキアさんの視線が僕に向けられる。


「君、剣は振れるか?」


「いや、僕は……!」


 否定する間もなく、アリキアさんは腰から剣を抜き、僕の胸元に押し付けるように手渡してきた。


「頼んだぞ」

 短く言い残すと、彼は即座に前庭へと駆けていった。


 ——いやいやいや、「頼んだぞ!」って何!?


 そんなキメキメの目で言われても、剣なんて使えないんですが!?


 目の前では、牙を剥いた狼モドキと巨大なトカゲが、じりじりとこちらへ迫ってくる——。


 そのうちの一匹、狼モドキがこちら目がけて突進してきた。


 僕は横に並ぶツバサさんを反射的に突き飛ばし、剣を横に振る。

しかし、狼モドキはあっさりと身を翻して躱し、逆に飛びかかってきた。


「グリー!」


 叫ぶと同時に、目の前に魔法陣が展開される。

 狼モドキはそれにぶつかり、バランスを崩したまま後方へ飛び退った。


「突然叫ぶな! びっくりするわ!」

 とグリーが叫ぶ。


「あいつをなんとかしてくれ! このままじゃツバサさんも危ない!」


「お前、手に剣を持ってるだろ!」


 そんな言い合いをしていると——視界の隅で、突然火球が燃え上がった。


 炎が渦を巻きながら一直線に飛び、狼モドキを飲み込む。

 爆音とともに熱風が吹き荒れ、狼モドキは消し炭と化した。


 驚いて振り返ると、ツバサさんが手を前に突き出し、息を切らしながらにっこり微笑んでいた。


「‥‥‥ツバサさん、火事になるから気をつけてね」

 僕が冷めた目で見つめ言うと——

 

「大丈夫ですよ。これくらい、計算済みですから」

 と、ツバサさんは悪戯っぽく微笑んだ。



「やるな、あの娘」

 グリーが感心したように呟く。

 僕はただ「うん……」と頷いた。


「お前より強いんじゃない?」

 僕はただ「……うん」と頷いた。

 

 ……なぜだろう。

 僕の存在意義が消えていく気がする……。

 

 呆然とする僕の横で、当の本人は、涼しい顔でパンパンと手についた埃を払う。

 

「ふう。案外、何とかなりましたね」


 ——はい。何とかしたね……君が。


 ……というか、僕、いらない子?



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