第85話 やれるかな、と思って
インカムを通しサブリナが聞いてくる。
『ねーねー、それはそうとして、さっきのドラゴンみたいなやつ? 口の周りが赤く光ってるけど……大丈夫?』
——サブリナ! みたいじゃなくて、正真正銘ドラゴンな!
「ヤバイぞ! ブレスが来る!」
オフィーが叫んだ。
見上げると、ドラゴンがこちらを睨み、口の端から炎が漏れ始めているのが見えた。
「え!? あれ、なんです?」
ツバサさんが俺の胸の中で息をのむ。
「ドラゴンです! しっかりつかまっていて下さい!」
僕は、「ドラゴン……」と呟くツバサさんを抱えたまま、全力で走り出した。
回廊に向かって駆けだす——と、その瞬間、横からグリーが叫ぶ。
「そっちじゃない!」
反射的に踵を返す。
僕はツバサさんを庇いながら前へと倒れ込む。
その背後で、木々がざわめき、一瞬で防壁のように生い茂った。
振り返ると、ドラゴンが空中に浮かび、大口を開ける。
そして——
轟ッ!
灼熱のブレスが一直線に放たれ、月英宮を貫いた。
そう——貫いたのだ。
炎は建物の壁を突き破り、反対側へと抜けていく。
瓦礫が崩れ、あたりに衝撃波が広がる。
ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!
あんなのまともに食らったら、骨すら残らない。
「森川! 王城の方へ走れ!」
オフィーが剣を振るいながら、反対側の回廊から叫ぶ。
僕はツバサさんを抱えたまま、必死に走る。
「後ろだ! 危ない!」
その声に反応して振り向いた瞬間——
牙をむき出しにした狼モドキが、跳びかかってきた!
「ファイアーボール!」
ツバサさんが狼モドキに向かって手を翳し、叫ぶ。
次の瞬間——
燃え盛る火球が飛び出し、一直線に狼モドキへと突き進んだ。
ズシュ!
炸裂した炎が狼モドキを包み込み、ほんの一瞬で灰へと変えた。
——スゲー。
「ツバサさん! 魔法、使えるんですね!?」
抱える彼女の顔を覗き込むと、照れくさそうに笑う。
「やれるかな、と思ってやってみたら……できました」
「ツバサさん! それスゴイです!」
思わず絶賛すると、ツバサさんは恥ずかしそうに胸元に顔を埋める。
「いちゃつくのもいいけど、よそ見してるとお前ら死ぬぞ」
グリーが冷めた調子でツッコミを入れる。
——その瞬間。
ゾクリと背筋が凍る気配。
顔を上げると、上空から鋭い眼光が突き刺さる。
空を舞うドラゴンが、まっすぐ僕らを見下ろしていた。
「……っ!」
僕はそのまま走り続け、回廊を抜けて王城へと向かう。
戦場の混乱が目に飛び込んでくる。
城の脇では、兵士たちが次々と襲いかかる魔獣に必死に立ち向かっていた。
だが——明らかに数が足りない。
「森川さん、大丈夫です。下ろしてください」
ツバサさんが僕を見上げて言う。
彼女をそっと地面に下ろす。
「本当に大丈夫?」と尋ねると、ツバサさんは小さく頷いた。
その間にも戦況は悪化していく。
魔獣の群れが押し寄せ、兵士たちは次々と押し倒されていく。
剣戟の音、怒号、そして魔獣の咆哮が入り乱れ、戦場はまるで地獄のようだった。
隣に並走してきたオフィーが叫ぶ。
「王城の中に突っ込むぞ! 魔術師部隊がいる! ブレスは魔法障壁が防いでくれるはずだ!」
僕とツバサさん、オフィーは王城を目指し、前庭を駆け抜ける。
次々と襲いかかる魔獣たち。
だが、そのたびにオフィーは容赦なく剣を振るい、魔獣たちを切り伏せていく。
ふと背後を振り返る。
かつて壮麗だった月英宮は、もはや瓦礫の山と化していた。
その向こうでは、ドラゴンがなおもブレスを吐き続け、辺りを業火に包み込んでいる。
「ボーッとするな!」
オフィーの怒声にハッとし、視線を前に戻す。
斧を振りかざしたゴブリンが、目の前に迫っていた。
「これを使え!」
オフィーは目の前の狼モドキを一閃で仕留めると、そのまま剣を投げてよこす。
——剣を投げるなって!
飛んできた柄をなんとかキャッチ!
そのままの勢いで、目の前のゴブリンへ振り下ろした。
ズシャ!
剣はゴブリンの額を真っ二つに裂き、そのまま地面に崩れ落ちた。
だが——そのすぐ後ろ!
牙を剥いた狼モドキが、獲物を狙うように低く身構えている。
——キリがない……。
隣に追いついたオフィーが、息を乱しながら低く呟く。
「クソッ……こうも魔獣と人が入り乱れてると、うかつに魔法も撃てねぇ……!」
戦場は、完全な混沌だった。
逃げ惑う兵士たち——それを追い、次々と襲いかかる魔獣。
そして、魔獣の背後から必死に斬りかかる兵士たち。
そんな中——王城の入り口付近で、いくつもの白い閃光が走った。
「あれは……?」
オフィーの目が鋭くなる。
「よし、王城の中に突っ込むぞ! 遅れるな!」
言うや否や、オフィーは前方の魔獣を一閃。
返す刀で別の敵を切り伏せ、そのまま駆け出していく!
「僕らも行こう!」
僕はツバサさんの手を引き、オフィーの背中を追った。
横から狼モドキが飛び出してきた——が、その体に蔦が絡みつき、動きを封じられる。
庭に植えられた花々の蔦が、まるで意志を持つかのように蠢いていた。
「ある程度はフォローするけどな! こっちの世界じゃ力が出しにくいんだ。自分の身は自分で守れよ!」
グリーが怒りながら、僕の頭をポカポカ叩く。
——地味に痛いってば!
そんなやり取りの最中、ツバサさんの動きがピタリと止まる。
驚きに目を大きく見開き、僕の頭上を凝視している。
「……え?」
どうやらグリーに気づいたらしい。
「あ、えっと……これ、僕の守護精霊だから、今は気にしないで!」
彼女は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐにコクリと頷き、肩を並べて走る。
「口を慎め! このバカたれ!」
グリーが何か怒鳴っているが、気にしない。
もっとも、直後に後頭部を蹴られたような痛みを感じたけど……それも気にしない。
王城の入り口前——そこでは近衛騎士たちが壁を作り、次々と魔獣に魔法を放っていた。
その制服は僕とオフィーが変装しているものと同じだ。
中でも中央に立つ、一際背の高い男。
彼が手を翳すと、無数の白い弾丸——氷の粒か?——が飛び、魔獣たちを一掃していく。
「兄さま!」
オフィーが叫ぶ。
男は一瞬、驚いたように目を見開いた。
だが、すぐに眉を顰め、呟く。
「オフか……?」
そして、オフィーを睨みつけた。
「お前……なぜここにいる? この騒ぎは、お前の仕業か?」
「まぁ、完全に違うとは言えないけど……私のせいじゃなくて、カルビアンのせいだよ」
オフィーが珍しくしおらしく言う。
——兄様? いまオフィー、兄様って言った?
男に向かって駆け寄るオフィー。
そして僕らを振り返り告げた。
「この二人は、異世界からカルビアンに連れてこられた日本人だ。兄様、かくまってくれないか」
男はチラリと僕らを一瞥すると、無言のまま傍らに下がり、道を開ける。
オフィーが僕らに視線を送り、促すように通り抜ける。
すれ違いざま——
男が一瞬、鋭い目で僕を睨んだ。
思わず反射的に「す、すいません」と会釈してしまう。
——なんだ、この圧は……!?
男は僕の反応を気にも留めず、周囲の近衛騎士たちに「少し外れる」とだけ告げると、オフィーの腕を掴み、王城の中へと歩き出した。
僕とツバサさんも、それに続く。
王城の広々とした玄関を抜けると、脇にある扉が開かれた。
中はそれほど広くはないが、誰もおらず、乱雑に椅子が並べられている。
男はそのうちの一つに腰を下ろすと、オフィーを真っ直ぐ見据え、静かに言った。
「オフ。最初からすべてを話せ」
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