第84話 魔獣
「グリー来たか! こっちも頼む!」
オフィーの声に応じ、グリーは軽く手を振りながら「はいはい、ほれ」と呟き、手かせをひねって断ち切った。
自由になったオフィーは素早く近くの兵士から剣を奪い、勢いよく振り回して円を描いた。
一瞬、時間が止まったように静まり——次の瞬間、オフィーを囲んでいた兵士たちが一斉に吹き飛んだ。
——こんな光景、映画やアニメでしか見たことないって。
よく見ると、機体に白いインカムが引っかかっている。
インカムを掴んで頭に掛けた瞬間、懐かしい声が飛び込んでくる。
『ウェ~イ! ツバサは無事?』
「サブリナ!」
別れてから半日も経っていないのに、彼女の声が妙に懐かしく感じる。
「助かった。ツバサは……とりあえず無事だ!」
『オフィーにもインカム渡せよー!』とサブリナ。
僕はオフィーにインカムを投げる。
彼女は、剣を振りながら器用にキャッチし、そのまま装着する。
『ねーねー、いきなりなんだけど、足元の変な模様、めっちゃ光ってるけど大丈夫?』
サブリナの指摘に、足元を見下ろすと、確かに魔法陣の模様が不気味に赤く輝いている。
「オフィー! これ、どうなってるんだ?」
「とにかく、逃げろ!」
オフィーの声に反応し、僕はツバサさんを胸に抱えたまま、魔法陣から飛び出した。
その瞬間——
魔法陣の赤い輝きが歪み、中央から黒い渦が広がっていく。
——あの渦……やな予感しかしない。
「カルビアン! 今すぐ術を止めろ!」
オフィーの叫び声に振り向くと、そこには『悠枝の冠』をしっかりと胸に抱え、震えているカルビアンの姿があった。
彼の目はあらぬ方向を見つめ、何かをブツブツ呟いている。
「ふざけるな……! いつもいつも、俺の邪魔をしやがって……!」
そして突然、頭を抱えながら叫ぶ。
「ゴードン! 貴様もそうだ! この役立たずが!」
カルビアンは、隣に膝をついて呆然とするゴードンの体をそのまま魔法陣の中心——黒い渦の中へと蹴り飛ばした。
ゴードンは叫びをあげながら体が地面を転がり、渦に飲み込まれていく。
一方、黒い渦は、魔法陣いっぱいにその大きさを広げていった。
——これ、絶対ヤバい!
そう思った瞬間、渦の奥からグギャァアと咆哮が響き、周囲が揺れた。
「まずいな……術が発動したまま、止まらない」
オフィーが呟く。
その直後——
渦の中から禍々しい爪が突き出し、渦の縁を掴んで、何かがゆっくりと這い出してくる。
——まさか!?
次の瞬間、その存在が黒い渦から完全に姿を現した。
その巨大な口には、先ほど放り込まれたゴードンが咥えられている。
そして、その黒い鱗、鋭い牙、翼——
「ドラゴン……!」
渦から出てきたのは、紛れもなく ドラゴン だった。
ドラゴンは咥えていたゴードンをひと飲みにすると、ゆっくりと首をもたげ、周囲を見渡した。
「ヤバいな……完全に、あのダンジョンと繋がったらしい」
「……あのダンジョンって、会社にあるやつか?」
「そうだ。あのダンジョンのラスボスは、ドラゴンだからな」
——新情報にびっくりだ、オフィー!
オフィーは『悠枝の冠』を抱えたまま震えているカルビアンの胸ぐらをつかんだ。
「今すぐ発動を止めろ! 魔獣があふれてくるぞ!」
激しく揺さぶるが、カルビアンの目はすでに焦点を失い、宙を彷徨っている。
「チッ……使えねえ!」
オフィーはカルビアンから『悠枝の冠』を無理やり引きはがそうとするが、カルビアンはしっかりと抱え込み、放そうとしない。
冠は今も淡い怪しい光を放ちながら、なおも不気味に輝いている。
「こいつを壊せば、もしかしたら……」
「待て待て! それ、国の至宝 だろ!?」
「うるさい! 穴を塞がんと、とんでもないことになるぞ!」
そう言っている間にも、穴からゴブリンや狼のような魔獣が続々と這い出してくる。
その中には、見たこともない巨大なトカゲのような魔獣も混じっている。
そして——ドラゴンが、ゆっくりと翼を広げ、浮かび上がる。
あふれ出る魔獣たちは周囲の術師たちに襲いかかり、次々と牙で襲い掛かっている。
「ひっ……!」
カリビアンは後ずさりしながら、「これは……これは、俺のものだぁぁぁ!!!」と叫ぶと、冠を強く抱えたまま、走り出した。
「おい、待て!」
オフィーが手を伸ばすが、間に合わない。
カリビアンは冠を抱えたまま、中庭の外へと逃げ去った。
「クソッ、触媒を潰さないと転移門を閉じれない!」
オフィーの視線が僕に向く。
その視線は——全身から怪しく光を放つツバサさんに注がれていた。
「ふざけんな!ツバサさんを殺す気か!」
僕はツバサさんを庇うように抱え直し、オフィーの視線から隠す。
「どちらか一方だけでもなんとかしないと、転移門が発動しっぱなしだ! ツバサを何とかしろ!」
「何とかしろって言われても、どうすりゃいいんだよ!」
「ツバサを起こせ! 何でもいい、すぐにだ!」
オフィーは迫りくる魔獣を切り伏せながら、焦燥の色をにじませて叫ぶ。
「起こせって言っても……どうすれば!?」
僕は名前を呼びながら彼女の体を揺さぶるが、反応は一切ない。
「なーなー、お姫様を目覚めさせるのって、王子様の口づけだろ? チューしてみなよ!」
隣でツバサさんを覗き込んでいたグリーが、ニヤニヤしながら言った。
——な、なにー! チューって……接吻のことか!?
「森川! いつまでも持たん! 何でもいいから早くしろ!」
魔獣を斬りながらオフィーが叫ぶ。
「なんだよ、照れてんのかよ? もしかして、チューするの初めてか? その年で?キモー笑うー!」
「な、な訳あるかー!!」
見栄を張った僕に、グリーはさらに煽る。
「だったら早くしろよー! チュー!チュー!チュー!」
手をバタバタ振りながら騒ぐグリー。
「早くしろ、森川!」
オフィーの怒声が飛ぶ。
……僕は、覚悟を決めた。
——そう、これは仕方なくやるんだ!
決して、決して、欲望に負けてやるんじゃなくて!!
僕はツバサさんの顔を見つめる。
ぐったりと目を閉じ、静かに眠る彼女。
その唇をじっと見つめる。
ピンク色の、柔らかそうな唇。
僕は、顔を近づけ——
目を閉じ、そっと唇を尖らせ——
——ぱちり。
「……森川さん?」
突然、ツバサさんが目を開けた。
「……なにしてるんです?」
そして彼女は、無様な僕の顔をじっと見つめている。
はい。チュー、失敗!
不吉な気配を感じ、ハッと横を振り向くと、ドローンがすぐ横に浮かんでいた。
『ウェ~イ! 証拠映像、しっかり確保しました~♪』
サブリナの叫ぶ声がインカムを通し聞こえた。
——僕はこの時、ある意味死んだ。
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