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第8話 詩織さん


 2階に上がると、広めのスペースに扉付きの小部屋が一つあり、その扉は開いていた。


 岩田さんは迷わず小部屋に向かい、「さあ、入って」と手招きする。


 僕が入ると、岩田さんが扉を閉め、4人掛けのテーブルを挟んで向かいに座った。

 続いてすぐに、扉を開けて、さっきの女性が入ってくる。


「いらっしゃーい。岩田さんひさしぶりだねー」


 女性は水の入ったコップを僕らの前に置き、チラリと僕に目を向ける。


 赤い三角巾から覗くポニーテールに、印象的な大きな瞳。細身で中性的な雰囲気があり、美人というよりも健康的で人懐っこいイメージの女性だ。


「こちら森川君。梢さんとこの新入社員だよ」


 岩田さんが僕を紹介すると、彼女はびっくりしたように、大きな目をさらに見開いて、まじまじと僕を見る。


 僕はその視線の圧に押されながら、「森川と言います。よろしくお願いします」と少し緊張しながら挨拶した。


 そして、慌てて昨日もらった名刺を鞄から取り出して差し出そうとすると、彼女はクスッと笑って「そんな物騒なもの、いらないわよ」と軽く苦笑いを浮かべた。


 物騒なもの?、名刺なんですけど……と頭の中でツッコミつつも、なんだか彼女の目力に圧倒されてしまう。


 彼女は岩田さんの方を見て、「なんだか普通の人に見えるけど……」とつぶやくと、岩田さんは軽く「ああ、普通の人だよ」と返す。


「えっ、梢さんの会社って普通の人も入れるんだ!」と彼女は驚いた様子で言い、すっとお辞儀をして「今川詩織って言います。よろしく!」と、にっこりと笑顔を見せた。


「詩織さんはこの店のオーナー兼、看板娘だよ。弟さんと店を切り盛りしてるんだ」と岩田さんが彼女に手を向けて紹介してくれた。


「岩田さんたら!、もう、看板娘って年齢じゃないって」

 ねー、と振られて、僕は返答に困った。


 でも、そんな彼女がきれいだと思ったのは事実だ。


 そう思ったのがいけなかったのか、つい反射的に口を開いてしまった。


「へぇー、おいくつなんですか?」


 すると、部屋の空気が一瞬にして冷え込み、詩織さんの瞳がギラリと光った。その口から、地の底から響くような低い声が返ってくる。



「ぶっ殺すぞ、てめぇ」



 背筋が凍りつき、命の危険を感じた僕は椅子ごと後ろにのけぞった。 

 そんな僕を見て、岩田さんは鼻でフフンと笑っている。


 気づけば、詩織さんは何事もなかったかのように岩田さんへ「珍しいね。梢さんのところに社員さんが入るなんて」と話しかけ、僕にはにっこりと笑顔を向けている。


 ——何? いま一瞬、地獄に落ちたような…。


 僕は目をこすり、二人を見る。

 ごつい岩田さんと、健康美人のしおりさんがにこやかに会話してる。


 気のせい‥‥‥か?。


「森川君もランチで良いよな」

 岩田さんが僕を窺うように目を向けてきた。


「今日はねー、当店人気ナンバーワンの唐揚げランチだよ」と詩織さんが無邪気に笑う。


 ——ウン、可愛い。さっきのは、きっと幻だな。


「僕もランチでお願いします!」


 詩織さんは片手を額に翳し、「よろこんでー!」とおどけて答えると、部屋を出て行った。


 彼女が出て行くのを目で追っていた岩田さんが、ぼそりと呟く。


「森川君は命知らずだな…」


 えっ、なんで?!  …… まあ、深く考えるのはやめよう。


 しばらくして、詩織さんがトレーに唐揚げランチを乗せ持ってきてくれた。


 「唐揚げランチは味もボリュームも文句なし。衣はカリッと香ばしく、噛むとじゅわっと肉汁があふれる。ほどよくニンニクが効いていて、ご飯が進む。あー、僕はなんて幸せなんだ! ……て、感じでしょ!!」


 さっきから、詩織さんが僕の横で頬杖をつきながら、勝手に食レポをアフレコしてくれている。


「おおっと、ここでニンニクの香ばしさが襲ってくる~!ご飯が止まらないや!」とか、「衣のサクサク感が絶妙で、あと3皿は食べたい!」とか、盛り上げてくれるので、思わず吹き出しそうになる。


 まあ、実際、美味しいんだけど‥‥‥。


 ——詩織さん、うるさいです。


「詩織ちゃん、お店は大丈夫なのか?」

 そんな詩織さんを見て、岩田さんが呆れたように声をかける。


「大丈夫、大丈夫!ランチは終わったし、あっくんがいれば平気だよ」

 詩織さんは手をヒラヒラ振りながら、僕に向かってにっこり微笑んだ。


「あのね、あっくんは弟で、この店のコックなの!」


 補足説明ありがとうございます。…って、この人、いつまでいるつもり?


 そんな気持ちが顔に出ていたのか、詩織さんが僕の顔を覗き込みながら言う。


「いてもいいじゃん! 興味あるんだもん、梢さんちの新人君。彼って、岩田さんの紹介で入ったの?」


「いや、梢社長がスカウトしてきたんだよ」素っ気なく答える岩田さん。


「ウソ―! 君、すごいんだね。どこで梢さんと知り合ったの?」


「ハローワークで」僕は答える。


「へー、梢さんとこハロワに求人出してたんだ」


「いえ、駐車場で声をかけられて」


「何それ、訳わかんない…」


 詩織さんが眉をひそめ、岩田さんが横から補足する。


「梢社長はハロワの事を、冒険者ギルドと勘違いしてたらしい」


「何それ、もっと訳わかんない…」


 詩織さんは腕組みして俯き、「いや、まって、ある意味そうか! なるほど、あー、そういうことか! …いやいや、全然違うでしょ!」と一人で突っ込みを入れている。


 ——その気持ち、わかります。語彙力も低下するってもんです。


「いずれにせよ、そういう事なので、今後は彼をよろしく頼むよ」

 岩田さんがナプキンで口を拭きながら言う。考え込んでいた詩織さんは顔を上げ、元気よく返事をした。


「はい。それは大丈夫!こちらこそ、よ・ろ・し・く、森川君」

 

 そう言うと、空いたお皿を手に「お茶持ってくるね!」と言いながら階下に降りて行った。


 なんだろう、あのテンション…。

 誰かと似てる気がするのは僕だけだろうか。



お読みいただき、ありがとうございます。

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