第79話 ぶっ飛ばして行け
「……オフィー、こりゃ面倒なことになってるぞ」
覗いていた双眼鏡をオフィーに渡す。
王都まであと数キロ。
道の脇に広がる荒野を抜け、小高い岩陰へバイクを停めた。
前方にそびえる王都の門を見据える。
松明に照らされた門は固く閉ざされ、その前では鎧をまとった兵たちが陣を組んでいた。
双眼鏡を覗きながら、オフィーが口元をゆがめる。
「そうだな。トーマの街であれだけ騒ぎを起こしたんだ。カラスも飛んで、準備万端ってとこか」
「カラス? なんだそりゃ?」
双眼鏡から目を離したオフィーが、横目でこちらを見る。
「王子直属の隠密部隊だ。王子の目となり耳となる連中で、どこに潜んでいるか分からないが、確実に監視されていると思え。おそらくトーマの街にもいたはずだ。私たちが襲撃に出たことは、とうに報告済みだろう」
オフィーは双眼鏡を俺に押し戻す。
「どのみち、これだけ道を照らして、大音量で走ってきたんだ。気づかないほうがおかしい」
——まあ、そりゃそうだよね。
「そうなると、まともに行って、通してくれるなんてことは……」
「ないな」
被せるように言い切るオフィー。
「良くて拘束され牢屋行き。悪けりゃ、門まで辿りつく前に……」
オフィーは無言で手を握り、宙に向けてパッと開いた。
——消されるってことね。
「ドン殿下を待つか……いや、ダーズだっけ? 殿下の従者に連絡を取るほうが良いか……」
そんな考えが頭をよぎるが、オフィーが呆れたように言う。
「なあ森川。まだ始まってもいないのに、こんなところで立ち止まるつもりか?」
オフィーの目が、じっとこちらを見据える。
「ぶっ飛ばして行けって言っただろ? まさか二度も言わせるつもりか?」
ニッと、悪そうな笑顔。
「……だな」
僕が答えると、オフィーは満足そうに頷いた。
そして、もう一度門に視線を投げる。
「となると、特攻するしかないだろうな」
「特攻って? どういうこと?」
「そのままの意味だ。バイクで突っ込む。それだけだ」
おいおいおいおい。脳筋かよ!
「向こうも私たちが来ることには気づいてる。もたもたしてると、ツバサが危ない」
それ言っちゃう?
それ言われちゃうと……行くしかないよな。
ただ、気になるのは……
「オフィーは……もしかしたら、この世界で帰る場所をなくすかもしれないんだぞ」
オフィーは一瞬きょとんとした顔をした。
「なんだ、それ気にしてたのか?」
フッと笑って、まるで取るに足らないことのように肩をすくめる。
「帰る場所なんて、自分で作ればいいだけだろ? それに、お前の世界のメシは悪くないしな。ピンク亭とこかげの飯を毎日食えるなら、そっちに引っ越すのもアリかもな」
「そっか、そん時は昼飯代ぐらいは奢るよ」
「おっ、言ったな? 毎日奢れよ?」
——毎日は……勘弁してくれ!
「バイクに乗れ、森川! お前は迷わず突っ込め、道は私が開く!」
僕は大きく息を吸い、吐き出す。
……クソッ、やるしかないか!
僕はバイクのエンジンをかけ、スロットルをひねる。
エンジンが獣のように咆哮し、振動が腹に響く。
「オフィー! 振り落とされんなよ!」
「誰に言ってる。貴様こそビビってスピードを緩めるなよ」
僕はアクセルを思い切りふかした。
そして、門までまっすぐに伸びる道へ、ハンドルを切る。
前だけを見て‥‥‥走る。
兵士たちが身構える姿が目前に迫ってくる。
爛々と輝く光を向け、爆音を響かせながら突き進むバイク。
目の前の異常事態に、一瞬、兵士たちは硬直した。
だが、すぐに剣をこちらに向け、隊列を崩さず迎え撃つ構えを取る。
さすが、恐怖よりも、王都を守るという矜持が勝ったのか――。
このまま突っ込めば、当然、待っているのは捕縛か――いや、切り刻まれた挙げ句に門へ激突してジ・エンドだろう。
ただ……
こっちには王都屈指のドラゴンキラー、オフィーがいる。
——前方の皆さま、ご覚悟を! 彼女は凶暴だぜ!
視線を上げると、城壁の上と門前に弓兵の姿が見えた。
「オフィー! 弓だ!」
「任せろ!」
甲高い弦の音が一斉に鳴り響く。
——風を裂き、殺意が降り注ぐ。
オフィーは腰を上げ、バイクの上で立ったまま剣を構える。
——ウインド・プレス!
オフィーの剣が風を切り裂く。
瞬間、空気が爆ぜる轟音が響いた。
飛来した矢は見えない壁にぶつかるように弾かれ、甲高い音を立てながら四方に飛び散る。
弓兵たちが一瞬、動揺するのが見えた。
オフィーはそのまま詠唱を続ける。
僕も左手に意識を集中させる。
「オフィー、無駄に殺すなよ」
「分かってるさ!」
——トルネード・スピア!!
呪文の響きとともに、僕の頭上を疾風が駆け抜けた。
前方に広がる、渦巻く風の槍。
それは兵士たちを容赦なく吹き飛ばし、なぎ倒していく。
そして、その勢いのまま巨大な門扉に叩きつけられた。
しかし——
瞬間、赤い魔法陣が浮かび上がり、渦巻く風の槍を押しとどめる。
「チッ、保護障壁か!」
——この魔法陣、いつもいつも進路を塞ぎやがって!
今は、こんなところで止まってる場合じゃねぇんだよ!
左手を強く握りしめる。
指が食い込むほどに、拳を握り込んだ。
体中の熱を、力を——左手へ。
手のひらが緑色の光を帯び始める。
門扉は、もう目の前だ。
——ぶち抜く!!
左手を突き出す。
——グリーン・フラッシュ! 吹き飛べーーー!!
閃光が走る。
風の渦と交じり合いながら、赤い魔法陣の障壁を貫いた。
弾け飛ぶ結界の光。
閃光はそのまま渦巻く風を纏い門扉に突き刺さり、巨大な穴を穿つ。
轟音と共に、瓦礫が四方に飛び散る!
「行くぞ、オフィー! 一気に駆け抜ける!」
スロットルを目いっぱいひねる。
俺は体をタンクに付け、姿勢を低くする。
オフィーも、かぶさるようにしがみついた。
タイヤが地面を噛み、疾風のごとく突き進む。
崩れ落ちる門扉の残骸を蹴散らしながら、バイクは王都へと突っ込んでいった——!
粉塵が舞い上がる中、視界の先に王都の街並みが広がる。
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