第78話 王都に続く道
暗闇の荒野を、ただひたすらバイクで突っ走る。
単気筒エンジン独特の小気味よい低音が、異世界の夜を切り裂いていく。
後ろにはオフィー。腰のあたりをしっかりとニーグリップしているので、僕も気にせずアクセルを開けっぱなしにできる。
日本では到底できないタンデムの走り方だが、闇の中を通る者のいない異世界だからこそ可能な走行だ。
とにかく早く——ただそれだけを思い、スロットルを握る手に力が入る。
風が頬を叩き、視界の端で闇が流れていく。
ヘッドライトに照らされた道を見つめながら、トーマの街を出た時のことを思い出す。
▽▽▽
黒い霧の脅威から解放された街はお祭り騒ぎだった。
日付が変わっても熱気は冷めることなく、酒瓶を片手に騒ぐ者、歌い叫ぶ者、じゃれ合いながら笑う者たちで溢れかえっている。
その喧騒を背に、僕はバイクを押しながら街の門へと向かった。
道すがら、街の人々に「英雄だ!」「大樹様だ!」と肩を叩かれ、酒を勧められたが、訳もわからず愛想笑いを浮かべることしかできなかった。
ドン殿下は一足早く街を出ていた。
「王都に着いたら、従者で腹心のダーズという男が力になってくれます。話は通してありますので、彼を頼ってください」
そう言い残し、竜馬に乗って闇の中へと消えていった。
どうやって話を通したのかはわからないが、この世界にもそれなりの通信手段があるらしい。
……まあ、今は関係ない。
ドン殿下にできる事があるように、僕には僕のすべきことがある。
門の周りには、見送りに集まった人々の姿があった。
その間性の中を抜け門から出て、バイクを停める。
そこには、一緒に戦ったルオさん、ソラさん、ギーブさんたちの姿があった。
ルオさんたちも王都まで同行すると申し出てくれたが、この世界に根を張って生きている彼らを巻き込むのは忍びなく、気持ちだけ受け取って辞退した。
王都には梢ラボのメンバーだけで向かう。そう決めた。
「俺たちの街を壊そうとした奴らだ。思いっきりぶちのめしてこいよ!」
ルオさんが拳を突き出す。
「もちろん」
僕は拳をこつんと合わせた。
その後ろから、ソラさんがひょっこり顔を出し、「私たちからの餞別よ」と言ってポーションの小瓶を二つ手渡してくれる。
お礼を言い、それを内ポケットにしまった。
そんなやり取りをしていると——
「待たせたな!」
オフィーたちがやってきた。
彼女は森での戦いで血みどろになったスウェットを処分し、この街で用意した服に着替えていた。
細身のパンツに白地のシャツ、革の胸当てを合わせた軽装で、膝までのブーツを履いている。
長い髪は首元でまとめ、背中に流していた。
その姿は、冒険者というよりも凛々しい騎士のようだった。
オフィーの後ろから、竜馬二頭に引かれた馬車がやってくる。
御者台にはウメさんとサブリナが乗り、荷車にはバイクに付けていた牽引トレーラーが積まれていた。
この竜馬と馬車はギルド長が提供してくれたものだ。
「見てくれは悪いが、丈夫さと速さは保証するぞ」
竜馬の背を撫でながら、ギルド長が自信満々な顔を向けてくる。
街の人たちのあまりの厚遇に戸惑っていると、ウメさんがこっそり教えてくれた。
「街を危険にさらしときながら、とっとと自分らだけ逃げちまった奴らに、みんな怒ってんだよ」
そう言って、見送りに来た人たちを見回す。
「その点、お前は、見捨てられた街を救ったヒーローだからな」
今度は、からかうように目元を緩めて僕を見る。
——ヒーローね。そんな気は全くないんだけど。
「いいじゃねーか。王族に喧嘩売ろうってんだ、この際、借りれるもんは借りとこうぜ」
当初、バイクには小柄なサブリナを乗せ、オフィーとウメさんが竜馬に乗る案もあった。
だが、夜間の移動では竜馬の速度を落とす必要があるため、最終的に僕とオフィーがバイク、ウメさんとサブリナが馬車と分かれ、バイク組が先行して王都へ入ることになった。
「さあ、準備はいいか?」
声をかけると、皆が頷く。
僕はバイクに跨がり、イグニッションキーを差し込んでセルを回す。
単気筒エンジンが唸りを上げた。
アクセルを煽ると——
ドルゥン! ドルゥン! ドルゥン!
小気味いいエンジンの鼓動が響く。
暖気するバイクの横に、サブリナが駆けてきてインカムを手渡す。
「届かないかもだけど、一応つけといて。向こうに着いたら連絡入れるからさ」
僕は頷き、オフィーは「了解だ」と返事をして装着。その上からゴーグルを着けた。
「じゃあ、オフィー。乗って」
オフィーは長い足で軽々とバイクをまたぐ。
「森川。私のことは気にしなくていいから、ぶっ飛ばしていけよ」
そう言って、彼女はニッと口の端を吊り上げた。
「了解だ」
僕は短く答え、クラッチをつなぎ、アクセルを開く。
後輪が地面を抉り、一瞬、横にスリップする。
両腿で車体をグリップし、体をタンクに押し付ける。
抑え込んだ車体が、まるで生き物のように前へと跳ね、体ごと引っ張られる。
バイクが一気に加速し、背後で街の人たちの歓声がひときわ大きくなった。
その声に背中を押されながら、僕たちは夜の闇へと飛び込んだ。
▽▽▽
王都へ続く道。
街を出てから、ただひたすら走り続けた。
オフィーも疲れているはずなのに、文句ひとつ言わず、黙って背後にいる。
その静かな信頼が、僕の手に力を込めさせる。
一秒でも早く、彼女のもとへ。
視線の先、闇にぼんやりと浮かぶ明かりが見え始めたところで、バイクを一旦止めた。
固まった体を伸ばし、息を整える。
オフィーも軽く屈伸しながら体をほぐしている。
その向こう、夜闇にそびえる城壁。
王都——ツバサが囚われている場所。
「さてと、どうしたもんかな」
僕はオフィーに声をかける。
「どうしたとは?」
「このまま突っ込みたいんだけどさ、オフィー的にはマズいんじゃない?」
「何がマズい?」
ぎろりと横目で睨んでくる。
「ほら、一応、お前って公爵家のお姫様だろ? いきなりバイクで城門に乗りつけたら、いろいろヤバくない?」
「関係ない。ツバサを救う事だけを考えろ、それ以外は気にするな」
オフィーはニッと口の端を吊り上げる。
思わず、僕もつられて笑ってしまう。
「じゃあ——殴り込みといきますか」
「おうよ」
再びエンジンに火を入れ、スロットルを軽く煽る。
単気筒エンジンが夜の静寂を裂くように唸りを上げる。
王都へ突入開始だ。
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