第75話 ダンジョンコア
突撃メンバーは、ドン殿下、オフィー、ルオさん、ウメさん——そして僕。
全員、サブリナが用意していたインカムを装着している。
ルオさんは「なんじゃこりゃ! 耳元で声がするぞ!」と騒いだが、冒険者姿に白いインカムが妙に合っていて、それを見たソラさんが「意外と似合ってるよ」と褒めると、彼は頬をかきながらも嬉しそうに笑った。
最初はドン殿下とオフィーだけで行く予定だった。
だけど、ルオさんが「余所者だけに任せてはおけない」と名乗りを上げた。
さらに——
「後輩が命を懸けて戦うって時に、指をくわえて見てるわけにはいかんだろ」
ウメさんも静かに剣を握りしめた。
彼女の実年齢は未だに聞けずにいるけど、そんなことはもう関係ない。
——格好いい奴に、歳なんて関係ないよな!
肉弾戦に向かないソラさんとサブリナは後方支援に回る。
もちろん、この拠点を守るためにグリーも残る。
いざ出発——というところで、グリーが『お前が一番弱いんだからな。無理すんなよ』と呟き、胸に手を当てる。
体の奥から力が湧き上がり、全身が軽くなる。
『気休めだ』とグリーはそっぽを向いたけど……わかってる。ありがとな。
——まったく、このツンデレめ。
そして最後に、大樹卿がモニター越しに深々と頭を下げた。
「異世界の者に頼るのは、本来あってはならぬこと……しかし、今の我らには、おぬしらに縋るほか道がない。どうか、街を救ってくれ」
「まあ、さっさと終わらせますよ。ツバサさん探しが本命なんで」
僕の言葉に、のじゃロリ大樹卿の顔がくしゃりと綻ぶ。
『……そうじゃったな』
彼女はふっと目を細め、小さく頷いた。
準備は整った。
あとは、彷徨えるダンジョンコアをぶち壊しに行くだけだ。
▽▽▽
木の壁の隙間から前方を見ていた殿下が、振り返り、段取りを確認する。
「ソラさんのフレアボムを合図に、私とオフィーが先陣を切ります。ルオさん、ウメさん、森川さんを頼みます。彼が、私たちの切り札ですからね」
殿下は皆を見回し、微笑んだ。緊張を吹き飛ばすように。
「だな」
オフィーも笑顔でうなずく。
「久々に上がるぜ」
ルオさんが首を鳴らし、ニヤリと笑う。
「‥‥‥フン」
ウメさんは、いつも通り冷静だ。
「さあ行こう。ソラさん、お願いします」
ソラさんが頷き、手にした杖を掲げ、詠唱を始める。
グリーが手を振ると、目の前の木々が生き物のようにうねり、人が通れるほどの隙間を開ける。
その瞬間——
ドン殿下が滑るように前に出る。一閃。
風を裂く真空の刃が、目の前の魔獣たちをまとめて薙ぎ払った。
同時に、ソラさんの杖が高く掲げられる。
「フレアボム!」
爆発的な閃光。
視界が焼き切れ——直後、轟音とともに爆炎が周囲を飲み込んだ。
「行くぞ、エアーカッター!」
殿下が駆ける。
オフィーも「ウインドスラッシュ!」と叫び、斬撃が魔獣の群れを断ち割る。
道が開けた。
ルオさんが続いて飛び出し、ウメさんが俺の背に手を当てる。
「さあ、行こう!」
彼女の声を合図に、僕は駆け出した。
その背中に、「くたばんなよ!」と、サブリナの声が聞こえた。
▽▽▽
ドン殿下とオフィーの連携は完璧だった。
互いに位置を入れ替えながら魔獣を切り裂き、翻弄し、蹂躙していく。
横から飛び出してくる魔獣は、ルオさんとウメさんが容赦なく斬り伏せた。
——その時だった。
並んで走っていたウメさんが、僕の背を強く押し出す。
「このまま前だけ見て走れ!」
振り返る。
後方から、魔獣の群れが回り込んでいた。
ウメさんとルオさんが足を止め、剣を構える。
迫る魔獣の前に、壁のように立ちふさがった。
「しつけーんだよ! まとめて消し飛べ!」
ルオさんの大剣が唸る。迫る魔獣を豪快に薙ぎ払う。
「これ以上は行かせねぇよ」
ウメさんの剣が舞う。正確に急所を穿つ。
一瞬、足を止めかけた僕を見て、ウメさんが吠えた。
「お前は行け、森川!」
「頼んだぞ! コアをぶち壊してこい!」
ルオさんが拳を握り、僕に向け突き出す。
俺は二人に頷き、前を向いた。
横から伸びる魔獣の爪を弾き飛ばしながら、殿下たちを追う。
殿下とオフィーが魔獣をなぎ倒し、道が開けていく。
その先——黒く蠢く渦が、視界に迫る。
俺は走りながら左手に意識を集中する。
手首が淡い緑の光を纏い、体の奥底から熱が湧き上がる。
それを、左手首に——集める。
——ぐ、っ……!
手が震える。
抑えきれない熱量が、腕を軋ませる。
「森川、行けるか!」
オフィーの声。
応じようとして——歯を食いしばる。
"行ける"? 違う。
行くしかないんだよ。
「——いつでも!」
僕がが叫んだ瞬間、殿下とオフィーが最後の魔獣をなぎ倒す。
道が開いた。
目の前——黒い渦が、脈動していた。
そこからは、今も魔獣が這い出そうと手を伸ばしている。
左手の震えが止まらない。
今にも弾け飛びそうだ。
左手に、右手を添える。
耐えろ、耐えろ、耐えろ……!
——あと少し。
「いくぞ——!」
グリーンフラッシュ、解放!
緑の燐光が爆ぜる。
一瞬で、周囲を緑の光が包み込む。
そして、光が収束し、一本の剣となって渦の中心へと奔る。
刹那、世界が静寂に包まれた。
次の瞬間、閃光が炸裂し、大地を揺るがす轟音が響いた。
渦が内部から崩れ、その姿を歪め始める。
まるで巨大なガラス細工が砕けるように、黒い渦はひび割れ、亀裂から緑の光があふれ出す。
渦の中から耳をつんざくような悲鳴が響いた。
魔獣の断末魔ではない。
これは——コアそのものの叫び。
そして、崩壊する渦から、黒い霧のような魔力が四方へと噴き出す。
「まずいな……! 魔力の暴走だ」
ドン殿下のつぶやきが聞こえた。
僕は思わず足を止め、地面に膝をつく。
逃げ場がない。
黒い波が押し寄せ、すべてを呑み込もうとしていた——
「森川!!」
オフィーが僕の襟首を掴み、乱暴に引き起こす。
そして、ドン殿下が背中を強く押し、叫んだ。
「走れ!!!」
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