第73話 ツバサの行方
「それで、ここにドンと森川とサブリナが勢ぞろいしてるわけか」
オフィーは頷き、大きく息を吐いた。
彼女が目覚めてから、ドン殿下がこれまでの経緯を丁寧に説明した。
そして、影流の森に来てからのことは、僕とサブリナが話を引き継いだ。
その間、オフィーはドン殿下からもう一本ハイポーションを受け取り、ちびちびと飲みながら、時折考え込むような表情を見せつつも、最後まで黙って話を聞いていた。
ポーションは傷や疲労は癒せても、精神的な疲れまでは回復できるわけではない。
体力的には問題なさそうに見えるが、彼女の瞳はどこかぼんやりとしていた。
それでも、確かめなければいけないことがある。
大切なことだ。
もちろん、オフィーにとっても。
僕はオフィーの目を真っ直ぐに見据え、訊ねる。
「オフィー、疲れてるかもしれないけど、確認させてくれ。ツバサさんは? 一緒にいたんじゃないのか? 彼女は今どこにいる?」
オフィーはハッとしたように顔を上げた。
しかしすぐに顔を歪め、額に拳を押し当てる。
まるで記憶を手繰り寄せるように、拳で何度か軽く額を叩いた。
やがて、ゆっくりと口を開く。
「……そうだ。あの時、私とツバサはダンジョンで魔法の練習をしていた。すると突然、ダンジョン内の魔素の密度が急激に高まり、どこからか誰かの詠唱する声が聞こえてきた。そして気がつくと、私たちの足元に赤い魔法陣が浮かんでいた」
オフィーは視線を宙に泳がせ、当時の情景を思い出しながら続けた。
「次に気がついたときには、私とツバサは木々に囲まれた広い空き地に倒れていた」
——オフィーが話しているのは、転送されたときのことだな……。
「周りには私たちのほかに魔獣も倒れていて、足元には広場いっぱいに魔法陣が描かれていた。それを見て、すぐにツバサを起こし、近くに見えた塔のような建物……そう、あそこにある建物だ。そこへ走ったんだ」
オフィーは息を吐き、残りのハイポーションを一気に飲み干す。
「すると、建物から魔法局の服を着た連中が出てきて……そうだ! あいつがいた! カルビアンだ!」
オフィーはドン殿下に詰め寄るように訴えた。
「奴らは『なぜお前らがここにいる』って問い詰めてきた。でも、それを言うならこっちのセリフだ! 私も奴らに何をしたのか詰め寄ったんだ。すると、ツバサが抵抗したせいで縄で縛られ、私にも縄を掛けようとしてきた。そのとき——」
オフィーは髪をかきむしりながら、必死に記憶を掘り起こす。
「突然、奥の方から轟音が響いて……光が走った。振り返ると、そこに黒い渦のような穴が浮かんでいたんだ。そこから魔獣が溢れるように現れて……! 考える暇もなく剣を抜いて戦った。でも、斬っても斬っても次から次へと湧いてきて……!」
「それで!? ツバサさんは!? ツバサさんはどうなった!」
「ツバサは……! 逃げていくカルビアンたちに引っ張られて、連れて行かれた……! 私は、魔獣を押さえるので精一杯で……ッ、クソッ!!」
オフィーは両手を地面に何度も叩きつけ、荒々しく息を吐く。
「クソッ! クソッ!!」
叫びながら暴れ出した彼女の腕を、ドン殿下がしっかりと掴み、落ち着かせようとする。
一方、僕はオフィーの話を聞き呆然とした。
——連れて行かれた? どこへ? いったいどこに!?
「まさか、森の中に行ったのか?」
思わず漏れた言葉に、横で話を聞いていたルオさんが僕の肩に手を置き、「それなら大丈夫だ」と答えた。
「そのツバサって子なら、きっと無事だ。俺たちが森を出る時、魔術師たちが大勢で逃げていくのを見た。奴らと一緒なら安全なはずだ」
ルオさんの言葉に、ソラさんも頷く。
「ええ、私も見ましたよ。黒いローブを着た小柄な子もいました。一瞬、子供かと思ったので印象に残っています」
それを聞き、今度はドン殿下がじっと僕を見つめた。
「兄と一緒ならツバサさんも無事でしょう。決していい人とは言えませんが、臆病な人ですからね。彼女の素性が分かるまでは手を出さないはずです」
「森川、サブリナ。ツバサは——必ず、私が命を懸けてでも取り戻す。絶対にだ」
オフィーは僕とサブリナを真っ直ぐに見据え、断言する。
その言葉に、僕たちは頷いた。
「さて、ツバサさんの行方を追うにしても、まずはここを何とかしないとね」
ドン殿下があえて明るい声で言う。
「何とかするって言っても、周りは魔獣だらけで動きが取れないぞ」
ルオさんが難色を示す。
「そうですね」
ドン殿下が膝についた土を払いながら立ち上がる。
「これはあくまで推測ですが——極大転移魔法でここに魔素を集めた時、ちょうど近くにこの森のダンジョンコアがあった」
「彷徨えるダンジョンコア……ですか?」
僕が訊ねると、ドン殿下が頷く。
「そして、魔素が飽和状態になったことで、ダンジョンコアが共鳴して暴走が発生した。そんなところでしょう」
殿下はさらりと言うが、事態の深刻さは変わらない。
「ってことは、結局、ダンジョンコアを潰さなきゃ暴走は止まらねぇのか……」
ウメさんがぼそりと呟く。
「そう! そして、そのダンジョンコアは意外にも近くにある」
殿下はぐるりと皆を見回した。
「さっきオフィーは言ったね。『振り返ると黒い渦があった』と」
——それが、ダンジョンコア?
「あれなら、広場の奥にあったぞ!」
オフィーが前のめりになる。
そんな彼女の肩を支えながら殿下は言った。
「そう、広場の奥。そこにダンジョンコアがあるはずです」
「とはいえ、広場は魔獣だらけだ。それこそ通る隙間もないくらいに」
ルオさんが言う。
「だから、そこを突っ切ってコアまで行くしかない。他に方法はありますか?」
殿下は皆を見回し、再び笑った。
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