第72話 暴走
『何考えてんだ! 助けに行って助けられるなんて、最低だ!』
頭の周りをくるくる飛び回りながら、グリーが喚き散らす。
『このすかした王子が来なかったら、お前死んでたぞ!』
——命の恩人に対して、すかした王子って言っちゃダメだろ。
グリーは、一通り騒いだ後、今度はわき腹に蹴りを入れてきた。
激痛が走り、言葉にならない。
殺す気か!
「まあまあ、落ち着いて。でも本当に間に合ってよかったよ」
ドン王子が苦笑しながら話し始める。
「『ウメ』に行っても誰もいないし、君たちを探してたら魔獣が暴れ出して街中は大騒ぎ。ようやくギーブさんに事情を聞いて駆けつけたら、君の妖精とサブリナが大騒ぎしてるし……正直、焦ったよ。はい、ハイポーション」
そう言って、ドン王子はベルトのポーチから小瓶を取り出し、僕に差し出す。
「ハイポーションって! さすが王子さまは違うな!」
ルオさんが大げさに騒ぐ。
僕は貰った小瓶を一気に飲み干した。
口当たりは悪くない。
見た目も味も、どことなくグレープジュースに似ている。
なんて考えてる間に、脇腹の痛みが消えた。
いや、それどころか、体の奥から力が湧き上がるような感覚がする。
のどを通る瞬間に熱が体中を駆け巡り、ふつふつと力があふれてくる。
す、すごいなこれ……
ポーションならダンジョンの訓練で浴びるほど飲んできたが、これは比べ物にならない回復力だ。
体中の痛みも疲労も、一気に抜け落ちていく。
ようやく息がつけた。肩で大きく息を吐く。
そうだ! オフィーは——!?
慌てて周りを見渡す。
オフィーは、奥に仰向けに寝かされていた。
その傍らで、ソラさんが小瓶を傾け、彼の口元にハイポーションを流し込んでいる。
駆け寄りオフィーの横に膝をつき、顔を見つめた。
彼女は目を瞑り、ぐったりしている。
まさか……?
そう思ったが、息はあるようだ。
胸が上下しているのが分かる。
「気を失ってるのか?」
「お前がここに放り投げた時には、もう意識はなかった」とルオさん。
「たぶん、意識を失っても剣を振ってたんだろうな。ドラゴンスレイヤーの二つ名は伊達じゃない」
ウメさんが、まるで牛乳瓶を飲むように腰に手を当て、ハイポーションを飲みながら言った。
そんな会話を聞きながら、グリーが頭の上で足踏みをする。
『あのさー、あんまりのんびりしてる時間はないからなー。この樹の壁だって、いつまでも持つわけじゃないぞー』
焦れたように叫ぶグリー。
「そだねー。ちなみに外は魔獣が、押しくら饅頭してるからねー」
サブリナがモニターを覗くと、木でできたドームの外を魔獣たちが取り囲んでいるのが見えた。
「ヤバ、バッテリー切れだ。グリー、上開けて!」
サブリナがそう言うと、グリーが『メンドクセー』と愚痴りながら手を振る。
すると、頭上にぽっかり穴が開き、ドローンが降下してきた。
サブリナはそれを素早くキャッチし、バッテリーの交換を始める。
「いったん街に戻りましょう。オフィーも手当てしないと」
そう提案すると、ドン殿下が首を振った。
「無理だよ。もう森から魔獣が溢れてるからね」
——溢れてる?
サブリナが、再びドローンを上げる。
ドローンが上空へと上昇し、その映像がタブレットのモニターに映し出された。
そこには——。
森から溢れ出した魔獣の群れが、街の外までびっしりと広がっている光景が映し出されていた。
「こりゃ、今ここを出ても、街に辿り着くのは厳しいねー」
サブリナが息を呑むように呟く。
「さっきも言ったが、こいつらの元を絶たなきゃ減らねぇだろうな」
ウメさんがモニターを見ながらぼやいた。
「……スタンピードか」
ルオさんが呟き、殿下とウメさんが黙って頷く。
「だとしたら、ダンジョンコアを壊さない限り魔獣の増殖は止まりませんね」
ドン殿下が腕を組み、考え込む。
その場の空気が重くなる。
ウメさんも、ルオさんも、ソラさんも——。
——スタンピード‥‥‥。
魔素が飽和したダンジョンから、魔獣が溢れ出す現象。
確か、神戸氏が言っていた。
はるか昔、大樹の麓で魔獣が溢れた時のことだ。
あのときも、状況は地獄絵図だったらしい。その時は、一ヶ月間、麓の村は蹂躙され続け、地獄絵図と化したと——。
コアを壊す……か。
とはいえ、影流の森のコアは移動すると聞いている。
そんなの、一体どうやって壊すっていうんだ!
無理に決まってる。
今は何としても街へ逃げ帰り、他の人たちと合流すべきじゃないのか?
そう思い、口を開きかけた時——。
「……ドンか?」
背後でかすかな声がした。
震えるような、その声は——。
「オフィー!!」
慌てて振り返ると、オフィーがかすかに目を開けていた。
「森川……? なんでお前がいる……? いや、ここはいったい……?」
混乱したようにつぶやき、体を起こそうとする。
その瞬間——。
「オフィー!」
サブリナが勢いよく飛び込み、オフィーに抱きついた。
「死んだと思ったじゃんかー!」
「サ……サブリナ!? なんでお前まで……」
驚いたように目を見開くオフィー。
サブリナはそのままぎゅっと抱きしめ、肩を震わせながら涙をこぼしていた。
正直、僕も驚いた。
サブリナがこんな姿を見せるなんて。
いつも斜に構えていて、皮肉たっぷりな彼女からは想像もつかない。
——まあ、その片鱗は見え隠れしてたけど。
戸惑いながら、オフィーは僕とドン殿下の顔を交互に見つめる。
「……いったい、何がどうなってる? 誰か説明してくれ」
縋るような視線を向けてくるオフィー。
ドン殿下は静かに前へ進み出ると、オフィーの前に膝をついた。
そっと彼女の手を取る。
「よかった……オフィーリア。とにかく無事でほっとしたよ」
穏やかに微笑みながら、ぎゅっと手を握る。
「話すと長くなるが……落ち着いて聞いてくれ」
そう言って、殿下はゆっくりと語り始めた——。
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