第70話 ‥‥‥追い詰められて
間違いない。
上からだと顔まで確認できないが、あの大剣、剣の構え方、その背格好は間違いなくオフィーだった。
しかし、彼女の周りには魔獣ばかりで、人の姿は見当たらない。
‥‥‥追い詰められてる。
そう思った瞬間、僕は駆けだしていた。が、足を掛けられ、盛大に転ぶ。
振り向くと、そこには僕を見下ろすウメさんが立っていた。
「バカたれ!下手に突っ込んでも犬死するだけだぞ」
彼女は僕の頭を乱暴にかき回しながら、森の方に目を遣る。
「落ち着け、お前が行って何ができる? あいつはあんな状況でも戦えてる。とはいえ、限界も近そうだがな……」
ウメさんはサブリナに目を向ける。
「魔獣たちはどっから湧いてんのか分からんか?」
「湧いてるってどういうことよ?」
「あれだけの数だ、どこからか湧いて出てる場所があるはずだ。それをなんとかできなきゃ、一時的にあいつを助けても意味がない。魔獣の群れが街に来るだけだ。おめえはそれを捜せ!」
「わかった!」サブリナがゴーグルをはめ直し、リモコンを操作する。
「あと、ギーブ。お前はすぐ街に戻って、このことを知らせるんだ。あのドラゴンスレイヤーが倒れたら、いずれ魔獣たちは街を襲うぞ! 戦える奴らを集めといてくれ」
「了解だ」
ギーブが直ぐに街に向け走っていく。
「さてさて、このまま突っ込んでも、あの女……オフィーリアだっけ? あいつのところまでたどり着くのは難しそうだな」
と、その時、聞き覚えのある声が頭に響いた。
『お! あの女剣士ピンチじゃん!』
——!‥‥‥この声!
『なんだよ、久々に出てきたら、いきなり全滅寸前じゃん?』
慌てて周囲を見回す。
サブリナも同じく、ゴーグルを上げて声の主を探している。
ふと視線を落とすと――
そいつはウメさんのタブレットの上に座り込み、画面をペタペタ触っていた。
腹グロ精霊!!改め‥‥‥。
「 「グリー!」 」
サブリナと一緒に叫んでしまう。
すると当の本人はうるさそうに耳をほじる
『大声あげんなって、暑苦しーなー』
見た目は可憐な少女の妖精だが、仕草は中年のおっさんだ。
——コイツ、こんな時でも口悪いな。
当のグリーは、サブリナに『元気してたかー、サブリナ』とのんきに声をかけ、手を振っている。
突然現れたグリーを見て、さすがのウメさんも動揺したのか、目を見開いて僕の方をじろりと見る。
「おい、こいつはいったいなんだ?」
「あー、こいつはグリー。一応、僕の守護精霊です……」
なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら紹介する。
『よう! みなのもの。僕はこの腑抜け野郎の守護精霊やってる魅惑の美女グリーだ!よ、ろ、し、く!』
ウメさんはあっけに取られ、ルオさんも目を見開いたまま固まっている。
美人魔法使いのソラさんに至っては、震える指でグリーを指しながら、「ホントに……精霊?」とかすれた声を漏らしていた。
だが、そんな周囲の反応など気にも留めず、グリーはタブレットを覗き込む。
『ふーん。あの女剣士、強いけどさすがにあの数はきついかもなー。このままじゃ、遅かれ早かれ食われちまうな』
大きなあくびをしながら言う。
「おい、グリー! 何かできるだろ、仲間なんだから!」
焦る僕がグリーを掴もうとすると、それをひょいっとかわし、今度は僕の左肩にどすんと腰を下ろした。
これがまた、意外に重い。
『あー、休み明けで体だっるー』
グリーは首をぽきぽき鳴らしながら、面倒くさそうに言う。
『しゃーねぇな。ま、お前みたいに無能呼ばわりされるのも気に食わねーし、特別に手ぇ貸してやるよ』
そう言うと、グリーが片手を軽く振った。
ゴゴゴゴッ!
突如として地面が揺れ、森の木々がざわめく。
根が持ち上がり、枝が不自然にうねるように動き始めた。
まるで意思を持っているかのように、目の前にぽっかりと開いた空間が奥へ奥へと広がっていく。
そして――
目の前には、まるでオフィーの元へ導くかのように一本の道ができていた。
『おーおー、いい感じじゃねーの? ほら、行けよ』
グリーが肩の上で胡座をかき、ひらひらと手を振る。
「行こう!」
僕は迷わず、その道を駆け出した。
ウメさんは、ルオとソラに向かって「二人はドローン娘の援護を頼む」と声を掛ける。
目の前に開けた道は、人が一人通り抜けるのには十分な幅だ。
さすがに足元の根はところどころ隆起していて、転ばないよう注意しながら先を急ぐ。
『サブリナ! このまま真っすぐでいいんか?』
グリーが後ろのサブリナに声を掛ける。
「あーと、もうちょっと右寄りー!」
どうやらドローンでこちらの動きを確認しているようだ。
サブリナのナビに従い、グリーがひょいと手を振ると――
目の前の木々がざわざわと動き、道が緩やかに右へと変わっていった。
「もうすぐだぞー」
サブリナの声と同時に、目の前にベージュの建物が見えてきた。
辺りは薄暗く、木々の隙間から見える空は燃えるような赤色に染まっている。
それは、もうすぐ夜の闇が訪れることを告げていた。
建物の方からは、ひっきりなしに魔獣たちの唸り声が響いている。
「止まれ」
ウメさんが小さく呟く。
僕らは足を止め、身を低くして集まった。
「とりあえずドローン娘はここで待機。ルオ、頼んだよ」
ルオさんは無言で頷く。
「精霊の嬢ちゃん、あんたの魔法で何とかできないのか?」
『できるっちゃできる? でも、その時に女騎士も死んじゃうかもな』
——何ちゅーこと言うんだ!
『この先の広場を周りの木で埋め尽くしたり? そんぐらいかなー? でも、その時に女騎士も巻き込まれるかもなー』
「そりゃマズいな」
ウメさんが顎に指を当てて考え込む。
「グリーさ、ここはお前の世界だろ? もっとすごいことできないワケ?」
『あーん? お前なに言ってんの? 僕は生まれも育ちも日本だっつーの』
——え! そうなの?
『僕はお前んとこの大樹から生まれたんだぜ? こんな世界は知らねーっつうの』
えーーーー!?
まさかの同郷発言にびっくりだ。……だから品がないのか?
次の瞬間、グリーに後頭部を蹴られる。地味に痛い。
『とにかく、ここまで引っ張って来れりゃー、周りの木でガードはできるけど、やってそれぐれーだな』
ウメさんが考え込む。
「ソラ! フレアとか撃てるか?」
「まあ、一回ならできますけど」
「じゃあ、奥の方に頼む。あたしは横から出て奴らの気を引く。その隙に、お前がオフィーリアをここまで引っ張って来い」
ウメさんが僕をじっと見つめる。
「できるよな?」
僕は黙って頷いた。




