第69話 ダンジョンの森
「ウメさん、こっちって電話やインターネットはつながるんですか?」
ネットが使えた理由を考え、とりあえず確認してみた。
だけど、返ってきたのは至極当然の答えだった。
「そんなわけあるかよ! そもそもこっちには、電気でモノを動かすって概念がねぇんだ。魔素エネルギーで何でもできちまうからな。当然、パソコンなんて代物も存在しねえ」
——なるほど。そりゃそうか。
「モリッチさー、それ考えても答え出てこないよ。どっから電波が来てんだって話だもん。このノートPCだって魔素を受信してるわけじゃなくて、ただの電波を受信してるだけだからね」
サブリナがじっと僕の左手を見つめる。
「たぶん……そっから来てる気がする。勘だけど」
そして、「よっ、人間Wi-Fi」と、いたずらっぽく笑った。
——まぁ、いい。今はそこじゃない。
「ネットが使えるなら、それを活かして今後の方針を決めない? とはいえ、まずは二人の救出が第一優先事項だけど」
僕は場を仕切り直す。
「ウメさんは、『実験』について何か知りませんか?」
「ある程度ならな」
ウメさんはそう前置きし、話し始めた。
「お前たちが探してる二人については分からん。ただ、転移召喚の実験は実際に行われた。そして、想定外の何らかのトラブルが起こっている。以上だ」
そう言い切ると、ウメさんは僕らに視線を向ける。
それだけ? だとしたら新しい情報はほとんどないな……。
「その『想定外』って、二人のことですかね?」
僕が訊ねると、ウメさんは首を横に振り、さらに手を振った。
「まさか。その程度じゃ想定外にはならんだろ。間違って二人を召喚したとしても、それは逆に成功のうちとも言えるしな」
「じゃあ、それ以上の何かが起こった?」
「そうだ。あくまで噂のレベルだが、とんでもない数の魔獣が召喚されたともいわれてる」
「それって……」
「しかも、召喚は今も続いていて、魔獣が際限なく湧いてるらしい。あくまでも噂だが」
「それ、マズくない?」
サブリナがノートPCから顔を上げ、眉をひそめる。
「そりゃマズいに決まってる」
「それを確かめるにはさ……森に入るしかなくない?」
サブリナが提案する。とはいえ、俺ごときで対処できるのか不安だ。
「なんだったらさー、ドローン持ってきたから飛ばす?」
ドローン! そんなものまで持ってきたの?
「でもさ、あんまり奥までは飛ばせないと思うよ。中継ドローンを使っても、せいぜい2キロくらいかな?」
2キロか……。実験棟が森のどの辺にあるかにもよるが——。
ウメさんの顔を窺うと、「まぁ、問題ないんじゃないか?」と軽く答える。
「それよりも、もたもたしてると日が沈むぞ。迷ってる暇はないんじゃないか」
僕はまだしも、サブリナは戦えない。かといって、彼女なしではドローンでの調査も難しい。
二人だけで森に行くのは厳しいだろう。
「……あたしもついてってやるよ。どうせ、おまえらだけじゃ森に行くこともできんだろ? 可愛い後輩のためだ、仕方あるまい」
そう言ってウメさんは、壁に飾ってあった大きな剣を手に取り、一振りする。そして、思い出したように付け加えた。
「そういや、助っ人にちょうどいい奴もいるしな。そいつらにも声をかけようか」
ウメさんはニッと笑った。
▽▽▽
さっき通った街の門を出て30分ほど歩くと、目の前には深い緑の森が広がっていた。
心なしか、周囲の空気が澱んでいるように感じるのは、おそらく気のせいじゃないだろう。
西の空は赤く染まり、空の端はすでに深い群青色へと変わりつつある。
ウメさんの話では、あと1時間もすれば日は完全に沈み、あたりは真っ暗になるらしい。
今は、森の手前にある開けた場所でサブリナがドローンの準備をしている。
僕、ウメさん、そして門で出会った冒険者ルオさんと、その仲間であるギーブさん、魔法使いで美人お姉さんのソラさんが周囲を囲み、警戒をしている。
実は、僕らより一足早く宿で休んでいたルオさんたちを叩き起こし、無理やり連れてきたのだ。
最初に頼んだ時は、当然のように断られた。
しかし、ウメさんが「断れば二度と宿に泊めない。受けてくれれば1か月分の宿代と飲み代は無料」と強引に交渉した結果、渋々ついてきてくれた。
ウメさん曰く、ルオさんたちのパーティはそれなりの実力者ぞろいで頼りになるらしい。
そんな、ルオさんは俺の後ろで森を見ながらぼやき続けている。
「おいおい、暗くなってから森に入るなんざ、自殺行為そのものだろ。1か月宿代タダったって、さすがに割に合わねぇよ……」
そう言って、僕の肩に手をかけ首を振る。
「しかしあんたらもお偉い貴族様の割には、こんなとこまで来てたいへんだな!」と背中をバシバシ叩いてくる。
——まだその設定生きてんだ。
一応誤解を解こうかと思った矢先にサブリが大声を上げる
「よーし、準備完了!」
そして、二つあるリモコンの一つを手渡してきた。
「おれが操作するのか?」
「そっちは中継ドローン。本チャンはこっちで操作するから、それぐらいやりな!」
軽く説明を受けたが、基本操作は昔遊んだラジコンヘリと同じだった。
しかも、ほとんどオートパイロットで制御できるらしいので、見守るだけで問題なさそうだ。
サブリナはリモコンを手に持ち、専用のFPVゴーグルを装着。
準備万端といった様子だ。
ちなみにドローンの映像は、リモコンについているモニターだけでなく、 タブレットでも確認できる。
今はウメさんがそれを持っている。
「それじゃ行くぞ! テイクオフ!」
ドローンが茜色の空へと舞い上がり、森の上空へと進んでいく。
「そっちのは、適当なところでホバリングしておいていいよー」
サブリナの指示に従い、僕はオートパイロットに切り替えた。これでしばらくは放っておいても問題ない。
タブレットを持つウメさんの横に寄り、画面を覗き込む。
魔道具に慣れているはずのルオさんたちも、ドローンの映像には驚いたらしく、全員がタブレットを食い入るように見つめていた。
すぐに、森の奥にベージュ色の建造物が現れ、その周囲が大きく開けた空間になっているのが見えてきた。
「実験場ミッケ!」
サブリナがリモコンを操作しながらさらにドローンを進める。
そして、広場へ出た瞬間——全員が息をのんだ。
そこには、地面が見えないほどの魔獣たちが蠢いていた。
「なんだこりゃ!」
ルオさんが思わず叫ぶ。
ドローンは高度を保ちつつ、ゆっくりと旋回する。
しかし、どこを見渡しても魔獣、魔獣、魔獣。広場全体がそれらに覆い尽くされていた。
実験棟の壁は大きく崩れ、半壊状態になっていた。
その周囲にはゴブリン種や、巨大な狼のような魔獣が所狭しとひしめき合っていた。
——だが、その中に、一か所だけ魔獣のいないスペースがあった。
そこにいたのは、血まみれになりながら剣を振るう一人の人物。
オフィーだ。
お読み頂きありがとうございます!
ブクマークや、★でご評価いただければ嬉しいです!
何卒よろしくお願いいたします。




