第66話 冒険者たち
石造りの立派な門の前には、冒険者風の人たちや、馬車に乗った商人らしき人たちが列を作っていた。
僕らはルリアーナさんからもらった仮の身分証を首から下げ、その列の後ろに並ぶ。
殿下と別れる時、身分証について聞いたところ、ルリアーナさんから貰った身分証には「僻遠統制局所属・特別調査員」と刻印されているらしい。
あれだけ彼女を責めて啖呵を切った手前、正直ちょっと使いづらい。
とはいえ、殿下曰く、これがないと街には入れないらしい。
「これ、本当に使っちゃっていいのかな? ルリアーナさんに迷惑がかかるんじゃない?」
僕が殿下に尋ねると、彼は肩をすくめながら答えた。
「まあ、ありがたく使わせてもらいましょう。あの人もそれなりに地位のある人ですし、いざとなればご自分で何とかごまかすでしょう」
それに……と、殿下は薄く笑いながら続ける。
「彼女も立場上、厳しいことを言ってましたけど、ああ見えて身内にはやたら甘い人ですからね。典型的な姉貴肌です」
——身内? 妹のセーシアさんのこと?
「ちなみに、あなたたちもルリアーナさんにとっては、大事な身内だと思いますよ。何しろ彼女は、梢ラボラトリーの前社長ですから」
殿下はニッと笑った。
そうなの?
じゃあ……素直にお姉さまのご厚意に甘えさせてもらおう。
▽▽▽
列に並んでから、だいぶ時間が経つが、なかなか前に進まない。
僕らの前には、まだ二十人以上が並んでいる。
何か揉め事でもあったのか、列の前方では門番と誰かが大声で言い争っていた。
状況が分からないまま、僕らはバイクのエンジンを止め、大人しく順番を待つことにした。
すると、前に並んでいた大剣を背負った冒険者風の男が、興味深げにこちらを見て声をかけてきた。
「おい、それ……魔動車か?」
年は中年ほど。短髪でいかつい顔つきに、がっちりした体躯。熟練の冒険者らしい風格だ。
男はバイクの周りを行ったり来たりしながら、じろじろと眺めている。
その後ろには、いかにも魔法使いといった格好の美しい女性と、槍を担いだ青髪の若い男性が立っていた。
二人は申し訳なさそうに薄く笑い、僕らにぺこりと頭を下げる。
僕も軽く愛想笑いを返した。
「えー、これ、魔動車に見えるかなー?」
サブリナがとぼけたように大声で返すと、男は「違うのか?」と怪訝そうな顔をした。
——サブリナ、ナイス!
門番に聞かれたら魔動車ってことにしよう。
「さっき走ってきた時は、やたらデカい音がしてたが……こんな鉄の塊、魔動車以外に考えられねぇよな。けど、なんかこう……かっけぇな!」
男の言葉に、サブリナが嬉しそうに手を叩いてはしゃぐ。
「わかるー? わかっちゃうー? これね、バイクって言って、最新型の魔動車なんだよー!」
口から溢れるように、平然と嘘をつくサブリナ。
一方で、男は感心したように腕を組み、バイクのフロントライトをペタペタと触り始めた。
「へぇー、最新型の魔動車に乗ってるなんて、あんたら、まさか貴族様か何かか?」
「わかるー? わかっちゃうー? 秘密だけど……ウチら、王国直属の特命調査隊なのよー!」
男は驚いたようにバイクから手を引く。
「調査って、まさか森の中の実験棟のか?」
「あちゃー、バレちゃった? まずいなー、どうしよー、困ったなー、すんませーん、番長!」
サブリナは、目を覆い空を見上げ、僕の肩をバシバシ叩く。
——なに、その棒読み。それに、あざとい演技。
そもそも、番長って……どこの暴走族設定だよ!
とはいえ僕は、サブリナの話に乗ることにした。
「おいおい、極秘任務をバラしてしまってはダメじゃないかー、なにをしてるんだー、サブ特攻隊長。このままではー、お前はムチ打ちに、クビだなー」
——ごめん、僕のほうが棒読みだったわ。
「えー! そんなご無体なー、お許しくださいませー、お代官様!」
——設定ブレブレ!
やりすぎだって、さすがにバレるよ!
そう思ったが、男は真に受けたようで、気の毒そうな表情でサブリナを見ながら、懇願するような目を僕に向けてきた。
「おいおい、代官さん。嬢ちゃんを責めてやんなよ。俺が余計なこと聞いちまったから、つい口を滑らせちまったんだろ? 俺が知ってることならなんでも教えてやっからよ、な、許してやってくれ」
——バレてなかった……
しかもこのおっさん、めっちゃいい人じゃん。
「やさしーい、お兄さーん! ありがとうごぜーますだー」
サブリナは胸元で手をすり合わせ、潤んだ目で男を見つめた。
男は「いいってことよー。どうせ、あいつら気に食わねぇしな」と、手を振りながらサブリナを慰める。
「あいつら? って、何かあったんですか?」
僕が尋ねると、男は顔をしかめた。
「学者だか何だか知らねーけど、いつも偉そーに俺らの狩場にズカズカ入り込んできて、研究のためとか言ってヘンテコな建物を建てやがってよ。昨日なんか一晩中、森の中でガンガン火を焚いてたせいで、魔獣たちの気が立っちまって、いい迷惑だっつーの」
「ねえ、お兄さん。そのヘンテコな建物ってどこにあるの?」
サブリナが上目使いで首をコテンと傾け尋ねる。
「何だい嬢ちゃん、そんなんも知らねーのか。森に入るとすぐ右手に見えてくるよ」
「入ってすぐー?」
「ああ、入ってすぐだ。でもなー、今は行かない方がいいぜ」
「なんでー?」
「噂じゃ、王子までやってきて何やら怪しげなことをおっぱじめたらしくてよ。ちょうど昼の鐘が鳴る前だったかな。実験棟の方でビカーッととんでもねぇ閃光が上がって、そっからわんさか人が逃げてきたんだ! あいつら、とんでもねーことしちまったにちげーねー」
——たぶん、それ、極大転移魔法のせいだろうな。
おじさんは身振り手振りを交えながら大声で説明を続ける。
「知り合いの魔術師なんか、『魔力暴走があった』って言って、ヤバいから逃げちまったんだ」
そう言いながら、後ろにいる美人の魔法使いさんに「だよなー」と声をかけると、彼女もこちらを気遣うように「そうね」と相槌を打った。
「へー、サブこわーい。なんかヤバい状況なんだー」
「ヤベーよ。俺らもこの森には長く通ってるが、こんなに森がざわつくのは初めてだぜ。魔獣も気が立ってて狂暴になっちまってる。結局、俺らもヤバいってんで帰ってきたってわけだ」
——不測の事態でも起きたか?
となると、ますます二人のことが心配だけど……
「こわーい、こわーい」とベタベタな演技を続けるサブリナに、「あぶねーから行くのはやめな!」と、おっさん冒険者は必死に言い聞かせている。
そんな二人のやり取りを見ていて、ふとルチアーノさんが言っていたことを思い出し、尋ねてみる。
「つかぬことをお聞きしますが、この街にある『ウメ』って宿屋、ご存じありませんか?」
「ご存じも何も、俺らの定宿じゃねーか。なんだい、あんたらウメさんと知り合いかい?」
——ウメさん?
なんか、どこかで聞いたような……いや、まさかな。
とりあえず、ここは曖昧に答えておく。
「えー、まあ、後輩って感じですかね」
「ここを真っ直ぐ行って一つ目の交差点の角だよ。でも、ウメさんにお貴族様の知り合いなんかいたっけな?」
おっさんが首をひねっていると、ちょうど検問の順番が回ってきた。
彼らは衛士と軽く言葉を交わし、認識票を見せると、そのまま門をくぐっていく。
別れ際、「俺はルオってんだ。ウメにいるから、何かあったら声をかけてくれ! 代官さんも、あまり嬢ちゃんをいじめるなよ!」と笑いながら手を振り、他の二人と一緒に街の中へ消えていった。
その後、俺たちの前に門番が立ち、検問チェックの順番が回ってきた。
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