第64話 異世界ツーリング
軽く咳払いをして、気を取り直し説明する。
「正直なところ、サブリナの言う通り、細かいプランがあるわけじゃないです。でも、何もしないなんて選択肢はない。仲間が連れ去られたんだ、助けに行くに決まってます」
ルリアーナさんはじっと僕を見つめ、深いため息をついた。
「……あなた、セーシアから聞いていた話とはずいぶん違うのね。業務報告では『寂しげで、頼りない雰囲気』って言ってたけど——」
——『寂しげで、頼りない雰囲気』……?
思わず言葉を失っていると、彼女は冷めた目で言い放つ。
「見当違いも甚だしい。あなた、どちらかと言うと暑苦しくてウザいわ」
そんな風に思われてたのか?
まあいい、今は話を進めたい。
「とにかく、すぐにでも影流の森へ向かいます。ここからどれくらいの距離ですか?」
「地球の単位でいうと60キロぐらいね。殿下の竜馬なら半日もあれば行けるわ」
60キロ……か。竜馬ってのはよく分かんないけど、バイクなら楽勝だ。
「たとえ辿り着けたとして、その後どうするの? 森には魔獣がうようよいるのよ?」
「それは私が何とかします」
ドン殿下が前のめりに言う。
ルリアーナさんは、何度目か分からない深いため息をついた。
「明日になれば魔動車を用意できるわ。ただし、私が力を貸せるのはそこまで。それでも行くつもり?」
真っ直ぐにこちらを見つめる彼女に、固まっていたサブリナが人差し指を立てて「チッチッチ」と振る。
「最初から助けてもらうつもりなんてないよ! 魔動車だっていらないもんね! マイバイクがあるからね!」
サブリナはお構いなしに話を続ける。
「それとさー、さっきドンチー……いや、殿下に怒ってたけど、殿下は最初からあなたに相談しようとしてたのよ? それを止めたのは私。怒るなら私に言ってよねー」
そう言い捨てると、不敵な笑みを浮かべ、お茶を一気に飲み干した。
その横で、ドン殿下は苦笑いしている。
「やっぱ、この人に話しても埒が明かないよ! 迷ってる時間はないよ! モリッチ、悠長にお茶を飲んでる時間もな!」
そう言うが早いか、ちょうどカップを口に付けた僕の背中をドンと叩く。
おかげで、お茶が勢いよくズボンにこぼれた。
——自分だって今、飲んでたくせに!
そんなの気にする様子もなく、サブリナは「よーし、パッと行くよ!」と部屋を飛び出していく。
慌てて後を追おうとしたところで、ルリアーナさんの声がかかった。
「森に着いたら、近くのトーマの街にある『ウメ』という宿屋に行きなさい! 力になってくれるはずだから」
そう言って、鎖の付いた二枚の名刺大のプレートを投げてよこす。
「それは仮の身分証よ。街に入る時に必要になるから」
意味も分からぬまま受け取り、それ以上は何も言わず、お辞儀をして部屋を出た。
▽▽▽
「影流の森までは、この道なりに進めば行けるよ」
ドン殿下が振り返り、前方に続く道を指さした。
僕たちは今、僻遠統制局の白い建物を出て、遠くへと伸びる道の前に立っている。
ルリアーナさんの部屋を飛び出した後、サブリナを追ってバイクを預けたロビーに行き、森へ向かう準備を整えた。そして荷物を回収し、こうして外へ出たというわけだ。
ドン殿下は馬に似た生き物にまたがっている——これが竜馬だろう。
馬より一回り大きく、脚の一部が鱗に覆われている。顔つきは馬というより狼に近く、轡の間から鋭い牙がのぞいていた。
僕は単気筒バイクにまたがり、リアシートにはサブリナが乗っている。彼女の荷物は牽引トレーラーに詰め込んだ。
目の前に広がる道は、野原を縫うように地平線の彼方まで伸びている。
舗装こそされていないが、砂利道ほど荒れてもいない。多少の凹凸はあるが、バイクのタイヤを取られるほどではなさそうだ。
僕はギアをニュートラルに入れ、アクセルをひねる。
単気筒エンジンが唸りを上げ、振動が身体に伝わる。
背後ではサブリナが「イヤッホー!」と奇声を上げた。
——いける。
ドン殿下が心配そうにこちらを見遣る。
「先に行きますが、ついてこれますか?」
「もちろん」
僕は短く答えた。
「じゃあ、行きましょう」
殿下が手綱を引くと、竜馬が砂煙を上げて駆け出した。
想像以上の速度だ。あっという間に距離が開く。
「サブリナ、しっかりつかまれよ」
そう声をかけ、クラッチをつなぐ。
アクセルを開けると、バイクがぐっと前に押し出された。
瞬く間に、殿下の操る竜馬に追いつく。
おそらく速度は30キロほどか。
殿下はこちらを確認すると、さらに速度を上げる。
竜馬は首を下げ、風を切るように加速した。
——竜馬、おそるべし。
とはいえ、こっちもまだ余裕がある。
路面に注意しながら、スピードを合わせていく。
後ろで牽引トレーラーが跳ねる音がするが、問題ない。
道は次第に細くなり、風景が流れるように変わっていく。
風が頬を撫でる。
エンジンの鼓動を感じながら走るのは、たまらなく心地いい。
まさか、異世界の道をバイクで走る日が来るとは。
でも——この広大な風景を駆け抜ける感覚は、ただただ最高だった。
サブリナもしがみつきながら「うひゃー!」とか「行け行けー!」とご機嫌だ。
この分なら、二時間もあれば目的地に着くだろう。
僕はひたすら、その快感に身を委ね、バイクを走らせた。
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