第63話 パッと、シュと、チャと
サブリナの猛攻はさらに続く。
「それにさー、あの時、枝を使えって言ったのは大樹だからね!」
——それ、梢社長も言ってたっけ。
「大樹が? そんなこと言うわけ‥‥‥」
「私は聞いたよー、大樹が『自分の枝を使って治療しなさい』って言ったの。ヒトミッチも聞こえてたみたいだけどね」
「嘘……」
ルリアーナさんは固まったまま動かない。
そんな彼女を見て、サブリナはフフン! と胸を張り、鼻を鳴らした。
「ほらさー、私と大樹はマブダチだからさ! 深~いところでつながってんの。だからわかるんだよねー」
——大樹に触れた時、“ふにゃ”ってなってたもんな、サブリナ。
しかし、大樹とマブダチって……マブダチっていったい何なん?
ルリアーナさんは片手で顔を覆い、静かに俯いた。
沈黙が流れる中、殿下が口を開く。
「あまり時間がありません。ルリアーナさんの言うとおり、ツバサさんのことが知られれば何が起こるかわかりません。だからこそ、そうなる前に二人を救い出さなければ」
殿下の決意に、ルリアーナさんは冷たい視線を向ける。
「……ですが、本当に大丈夫なのですか? 殿下が動けば、波風が立つのは避けられません」
「それは……分かっています。でも——」
「殿下、ご自身のお立場をお考えください。実験を推進しているのは第二皇太子のカルビアン殿下ですよ? しかも、管理局の中にも実験自体の賛成派は多いのです」
「もちろん承知しています。でも、立場を守るために友人を切り捨てるなんて、上に立つ者としての沽券に関わります」
「甘いですね。それがどれほど危険なことか理解されてますか? 今後、殿下ご自身の身に危険が及ぶかもしれないのですよ」
「……それでも、私は梢ラボラトリーの一員です」
殿下は口を閉じ、拳をぎゅっと握る。
そんな殿下を見て、サブリナが手をひらひらと振りながら言った。
「だから私たちが来たの! この世界のしがらみがない私らが動く分には問題ないっしょ?」
「ちょっと待って、あなたたち二人で行くつもりなの?」
「そだよー。何? そんなヤバいとこなの? 影流の森って」
「影流の森は、ここから東方にあるダンジョンの森よ」
「 「ダンジョンの森?」 」
僕とサブリナが揃って声を上げる。
「そんなことも知らないで行くって言ってたの?」
ルリアーナさんは、これでもかというほど大きな溜息をついた。
呆れるルリアーナさんを横目に、ドン殿下がゆっくりと口を開く。
「ダンジョンの森とは、その名の通り、ダンジョン化した森のことだよ。つまり、森の中には魔獣が生息してるってわけ」
サブリナが「へぇ〜」と頷きながら腕を組む。
「それって、ダンジョンコアが森の中にあるってこと?」
先日オフィーが話していたことを思い出しながら尋ねる。
「そう、よく知ってるね」
殿下は感心したように目を細め、少し考え込んでから続けた。
「もちろん、影流の森にもダンジョンコアはある。ただし——」
一拍置き、渋い顔をする。
「あの森のコアは特殊でね。常に移動している」
「移動? ダンジョンコアって動くものなんですか?」
「いや、普通はしない。けど、なぜかあの森のコアは魔素の流れに沿って動き続けている。彷徨えるダンジョンコアなんて言う人もいるね」
——動くダンジョンコア‥‥‥か。
「ある時は最深部で見つかったと思えば、翌日には森の浅い場所に移動している。さらに次の日には、別の場所に現れる。まるで実体のない影のように」
「もしかして、それで『影流』?」
「まあ、そんなところだね」
僕が黙って考えていると、殿下が続けた。
「そもそも、ダンジョンコアは魔素が集まる場所に発生する。つまり、影流の森には魔素が満ちているってことだ」
そう言って、殿下は手元のカップを持ち上げ、一口お茶を飲む。
「……急進派の連中は、そこなら大規模転移術式も可能だと考えている。つまり、大樹転移の最有力候補地になっている」
「大樹をダンジョンの中に転移させるつもりなのか?」
「梢ラボの大樹だって、ダンジョンとくっついてるだろう?」
「……まあ、確かに」
納得しかけたところで、サブリナが「ちょっと待ってよ?」と眉をひそめる。
「実験が行われてるのって、森の奥なの?」
「いや、入口付近のはずだよ」
殿下が言うと、サブリナはさらに怪訝な表情を浮かべた。
「なんでそう言い切れるの?」
「最近、連中が森の入口付近に“実験棟”と称する建物を建てたって情報が入ってるからね」
その言葉に、サブリナが勢いよく指を鳴らす。
「スパイだな!」
殿下は「アハハ」と笑ってごまかした。
「わかったわかった! もういいわ!」
そんな僕らの会話を聞いていたルリアーナさんが突然声を上げる。
「それで? もちろん、ちゃんとした計画はあるんでしょうね?」
鋭い視線がこちらに向けられる。
待ってましたと言わんばかりに、サブリナが腰に手を当て、立ち上がった。
「そんなのさー、パッと行って、シュッと助けて、チャッと帰る! でしょ?」
‥‥‥。
「それで、もちろん計画はあるんでしょうね」
ルリアーナさんが、今度は僕だけを睨んでくる。
——デジャブかよ!
スルーされた当のサブリナは立ったまま固まってしまった。
お読み頂きありがとうございます!
ブクマークや、★でご評価いただければ嬉しいです!
何卒よろしくお願いいたします。




