第62話 ルリアーナ姉さん
「今日、地球へ向かわれたと伺っておりましたので、お戻りの際にお知らせいただくようお願いしておりました」
彼女が白髪の老人をちらりと見る。
老人は恭しくお辞儀を返した。
——なるほど、このじーさんがチクったのか。
「それにしても、お戻りが早かったですね。しばらく滞在されるのかと思っておりました」
女性……いや、社長のお姉さんが頬に手を当て、首を傾げる。
彼女は梢社長より背が高く、ブロンドの髪をしている。
制服なのか、白地に金の装飾が施されたワンピース状の服をまとい、そのせいか梢社長よりずっとお堅い雰囲気だ。
面影は……目元が少し似ている気がする。
「それで、そちらの方々は?」
ルリアーナさんが僕らに目を向ける。
「えーっと。この二人は、私の従者のユウとサブリナです」
「そうですか……。 サブリナ?」
僕とサブリナは無難に笑顔を浮かべ、お辞儀をする。
彼女はじっとサブリナを見つめ、一瞬目を細めた。
次の瞬間には、何事もなかったかのように視線を殿下へ戻す。
「もしよろしければ、お茶でもいかがですか? ドングラン殿下」
「あー……嬉しいんだけど、ちょっと用があって……」
「まあまあ、そうおっしゃらずに。たったいま、おいしいお茶の葉が届いたので。さ、どうぞどうぞ」
殿下は僕らに視線を投げ、苦笑しながら彼女の後ろをついていく。
こうして、僕らは連行されていくのであった。
▽▽▽
「で! なんでバレた!!」
サブリナの叫びが部屋に響く。
「見ればわかります。ジャージって言うんでしたっけ? その服。そんな恰好、地球でしか見ませんから。サブリナさんでしょ? セーシアから聞いてるわ。さあ、座って座って」
「ジャージの利便性と機能性、その鮮麗された美しさを知らないとは、異世界なんて碌なもんじゃないな!」
サブリナはぶつぶつと文句を言っている。
僕らは今、彼女の部屋――大樹管理連盟・僻遠統制局の局長室にいる。
こちらの世界に来た時に通ったあの白い扉は、この局に設置された転移門だったようだ。
荷物とバイクを預けたロビーを抜け、階段を上がった先にあるのが、この局長室である。
そして今、僕らはその部屋のソファに腰掛け、届いたばかりのおいしいお茶をいただいている。
……うん、確かにうまい。
「殿下、ご説明をお願いします」
彼女は向かいのソファに深く腰掛け、背もたれに体を預けながら足を組み、殿下を鋭く睨んでいる。
どう見ても王子に対する態度とは思えない。
殿下はというと……すっかり縮こまり、僕らと並んで大人しく座っている。
そして、観念したように肩をすぼめ、話し始めた。
「ルリアーナさんも知ってるでしょ? 急進派の連中が大樹の転移実験をしているのを。その実験にオフィーとツバサさんが巻き込まれたみたいなんです」
ルリアーナさんは軽く顎を上げ、頷く。
「実験の噂は私も聞いております。たしか影流の森で行っているとか」
「そう、私の情報でも同じです。今回の実験は、地球からの召喚魔法がどの程度制御可能かを調べるために行ったようです。たぶん、ダンジョン内の魔素を狙って召喚実験をしたのでしょう。その結果、二人が巻き込まれた――そう考えられます」
「 オフィーリアがダンジョンにいたのは分かりますが、もう一人のツバサさんって……岩田さんの妹さん?」
彼女は思い出すかのようにこめかみに指をあてる。
ドン殿下は気まずそうに視線を逸らし、助けを求めるように僕に目を向けた。
仕方ない、ここは僕が説明したほうがよさそうだ。
「おっしゃる通り、岩田さんの妹のツバサさんです。実は、オフィーリアさんとツバサさんは、例の実験が行われたときにダンジョンの中にいたんです。おそらく、それで巻き込まれたんだと思います」
気持ちが逸って早口になる僕を、ルリアーナさんが細めた目でじっと見つめた。
「あなた……もしかして、モリカワユウイチ?」
彼女の射るような視線に一瞬ドキリとするが、息を整え、改めて挨拶する。
「はい。ご挨拶が遅れました。森川裕一です。先月、梢ラボラトリーに入社しました」
「あなたが……あの森川くん?」
——あの?
「《《あの》》? っていう意味が分かんないですが、森川です。僕らはオフィーとツバサさんを探しに来ました」
「オフィーリアならまだしも、なんで岩田さんの妹さんがダンジョンにいたの?」
「それは……」
「魔法の修行をしてたんだよ。ツバッチーはさ!」
じれったそうにしていたサブリナが横から口を挟む。
ルリアーナさんは訝しげに首を傾げる。
「魔法? ツバサさんが?」
「そう! ツバッチーには魔法の才能があったんだよ! だからオフィーがダンジョンで訓練してたの!」
「地球人が魔法を?」
ルリアーナさんが眉をひそめる。
「おそらく大樹の影響で、魔力がついたんじゃないかと思います」
「大樹の影響? どういうこと?」
「彼女はいつも、会社の隣にある畑で野菜を育てているんです。その場所が、大樹のすぐ隣にあるんですよ。壁一枚隔てて」
「そういえば、確かに……」
「知ってたんですか?」
「彼女が会社の専任になったのはセーシアに変わってからだけど、去年までは私があの会社の責任者だったの。だから面識はあったし、隣の畑にいるのも何度も見かけたわ。でも……そうなるとちょっと厄介ね」
——厄介?
「それが何か問題でも?」
フウッと長い息を吐いてから、彼女は話し始めた。
「二人は、地球の大樹を転移させる計画があるのは知ってるわよね?」
僕とサブリナは頷く。
「地球の大樹が転移候補に上がった理由は、大きく二つ。一つは、地球の大樹がまだ若いこと。もう一つは、あなたたちの文明が大樹の恩恵を必要としていないと判断されたこと。つまり、大樹の力を使える人間がいないということね。だったら、あなたたちの世界に大樹は不要——そういう考え方ね」
あの大樹が若いのかどうかなんて、僕には分からない。
それに、大樹の力を有効に使えていないと言われれば……今のところ、そうかもしれない。
でも、大樹の存在は、それだけで意味があるはずだ。
今では薄れつつあるが、日本には古来、八百万の神を敬う風習があった。 すべてのものに神が宿り、存在そのものが尊いとされる考え方だ。
そんなことを考えている間も、彼女は話を続ける。
「ただ、もしその子が大樹から恩恵を受けて、魔力を使えるようになったとしたら、話が変わってくる。あなたたちの大樹が、その地に生きる者に恩恵を与える存在だと証明されることになるから」
「それは良いことでは? 大樹の恩恵があることが実証されたんですから」
「逆よ。推進派からすれば、今さらそんなことが分かっても邪魔なだけなの。むしろ、その証拠となる彼女の存在自体が目障りになるのよ。本当に彼女の力が大樹の恩恵によるものだとすればね」
——それって……
口を開こうとしたところで、彼女が先に言葉を継いだ。
「もしこのことが知れたら、彼女の存在自体を抹殺しようとするかもしれない」
ルリアーナさんは首を振り、視線を逸らす。
不穏な空気が部屋の中に満ちていく。
そして、そんな空気を良しとしないのが我らがサブリナだ。
「大樹の恩恵って言うけどさ!ツバッチーよりモリッチが一番それをもらってるんじゃない? グリーンフラッシュ☆ってね」
——それやめて! ハズイから。
「あなたも魔法が使えるの?」
ルリアーナさんが驚いたように見てくるので、なんとなく目線を反らししていう
「魔法?じゃないんですけど、手首を斬られたときに大樹の枝を折って治療してもらったので‥‥‥」
「大樹の枝を使った?」
彼女が身を乗りだしテーブルに手をバンと突く
その剣幕に押され一瞬腰を引いてしまう
「‥‥‥えーと、枝を触媒にしたおかげで、大樹の力を使えるようになりました」
「そんな、大樹の枝を使うなんて‥‥‥まったく、セーシアは何やってるの!」
彼女は目に手を遣り、ソファーの背にドンと体を預ける
「ヒトミッチは悪くないよ! そうしなきゃモリッチ死んじゃってたんだからさ!」
サブリナが手をひらひらと振る。
「だからって!大樹の枝を折るなんて!」
「社員を守る。それが社長だろ? まあ、あんたにはわかんないかもだけど‥‥‥」
嘲るようにウヒヒヒと笑うサブりナ。
——煽るの上手いな、サブリナ。
まぁしかし‥‥‥。グッジョブ、サブリナ! お前最高だぜ!
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