第61話 根界の扉
「おー、良いじゃん良いじゃん!」
サブリナが手を叩いて喜ぶ。
大樹の部屋——ダンジョンへ続く小屋の前に、梢社長とドン殿下、それにキャリーケースを引くサブリナが待っていた。
僕は倉庫から引っ張ってきた単気筒バイクを押していく。
「そんなの、どこにあったのー?」
梢社長が驚いた様子で寄ってくる。
「倉庫にありました。専用の牽引トレーラーもあったので、くっつけて持ってきました」
そう、倉庫にあったこの単気筒バイク——。
最初に見たときから気になっていた。
梢社長が乗るとも思えないし、以前の社員が使っていたとも考えにくい。
それでも妙な存在感があった。
その時は、深く考えなかったけど、今となって思えば、このバイクで異世界に行ってたんじゃないか……とも思う。
いや、さっきのドン殿下の話だと、向こうの世界では馬が主流らしいし、単にその影響かもしれない。
ともかく、持っていけるなら持っていこう——くらいの気持ちで準備した。
ちょうどバイクの近くに専用の牽引トレーラーまであったので、近場のスタンドで満タンにした後、バイクに連結した。
こんな物まであるなんて、やっぱり以前に誰かが行ったことがあるのかもしれない。
倉庫にはサイドカー付きのバイクもあったが、さすがに扉を通れるか不安だったので、それは諦めた。
とはいえ、これで準備は万端。
「本当に行くんだね……やっぱり、私も行く!」
梢社長が縋るように訴える。
「ダメだよー! ヒトミッチはこっちにいなきゃ! 二人が戻ってくるかもしれないし、何かトラブったときの最後の砦なんだからさー」
シュンとする社長。そんな彼女を、ドン殿下がフォローする。
「大丈夫。いざとなれば、命をかけて二人を守るよ」
——命をかけるって……そんなにヤバいのかな?
「それじゃ、行きましょう」
ドン殿下の一言で、僕らはダンジョンへと足を踏み入れた。
昼前にここを出てから、すでに3時間以上が経っている。
それでも、ダンジョンの中にゴブリンの姿はなかった。
ドン殿下を先頭に、僕らは進んでいく。
ダンジョンに入ると、梢社長がバイクを押すのを手伝ってくれた。
僕の反対側から支えて、一緒に押してくれている。
その間も、彼女は「危ないことはしちゃダメだよ」とか「怖くなったらいつでも帰ってきていいんだからね」とか、さらには「剣持った? ハンカチとかも持った?」なんて声をかけ続け、完全にオカンモードだった。
そんな社長の様子に、ドン殿下は苦笑いを浮かべる。
一方、サブリナは「安心しなよ、ぜってー二人連れて帰るからさ」と、男前なことを言っている。
ボス部屋の前にある広いスペースに到着すると、ドン殿下は抜いていた剣を鞘に収めた。
そして、ボス部屋の扉の横——土壁から扉二枚分ほどの根が露出している部分に手を押し当てる。
すると、剥き出しになっていた根がざわざわと動き出し、まるで「潜れ」と言わんばかりに穴が広がっていった。
——これが、根界の扉……。
ぽっかりと空いたその穴の奥は、薄暗い闇が広がっている。
「ここを抜けると、すぐ転移の間です。あちらとの時差は4時間ぐらいですから、今だと丁度お昼前ですね。行けますか?」
ドン殿下が僕とサブリナを見つめながら言う。
僕らは黙って頷いた。
「社長。行ってきます」
「うん……気をつけてね。みんな、オフィーとツバサちゃん、頼んだよ」
目を潤ませながら見つめてくる梢社長に、僕ら三人は揃って頷く。
そして、ドン殿下の「行こうか」という合図とともに、闇の穴へと足を踏み入れた——。
一瞬、視界が暗くなる。
同時に、ジェットコースターに乗ったときのような、ヒュッとした浮遊感に襲われ、思わず目を瞑った。
そして、もう一度目を開けると、目の前の光景が変わっていた。
白い壁に囲まれた空間。
ちょうど会社の事務所ほどの広さだ。
気が付くと、僕たち三人はその中央に立っていた。
壁は平面だが、微妙にボコボコしており、人工物とは思えない。
何も音はしない。
目の前の壁には大きな穴がぽっかりと開いており、そこから一本の通路が奥へと伸びている。
「転移‥‥‥した?」
僕が呟くと、ドン殿下が頷き、後ろを指さした。
振り向くと、そこには観音開きの扉があった。
壁と同じ白地に、輝く金色の縁取りが施された扉。
「この扉を通って来た?」
「そう。帰るときもここを通る」
「でも、どうやって?」
気になって尋ねると、ドン殿下はにっこりと微笑んだ。
「大丈夫。帰るときは一緒です」
そう答えたあと、今度は少し申し訳なさそうに眉を下げた。
「ところで、申し訳ないんだけど、公の場では一応、僕のことは敬称で呼んで下さい。それと、二人のことは、こっちの人間として呼び捨てで呼ばせてもらいます」
「もちろん」
僕もサブリナも頷く。
「サブリナさんはそのままサブリナで、森川さんは……ちょっと聞き慣れない名前だから……」
「ユウじゃダメですか?」
「ユウ……。それがいいですね。じゃあ、ユウで」
そう言って、ドン殿下は目の前の通路へと歩き出した。
しばらく歩くと、更に広い、まるでホテルのロビーのような場所に出た。
すると、待っていたかのように白い服を着た老人が近づいて来た。
「随分と早いお戻りでしたね。ドングラン王子」
老人は、僕とサブリナの方に視線を向ける。
「えーと、この二人は僕の従者だ……ってことにしておいてくれないかな」
ドン殿下がそう言うと、一瞬、僕らをじろりと睨んだ後、恭しく「分かっております」とお辞儀をする。
「お名前をお聞きしても?」
「こっちはユウで、女性はサブリナです」
殿下の指示に合わせ、僕はぺこりと頭を下げる。
「お荷物は、一旦こちらでお預かりしますか?」
老人が尋ね、殿下が僕に頷く。
「置くところはありますか?」と問うと、老人はこちらへとカウンターらしき奥にある奥部屋を案内してくれた。
僕はバイクを、サブリナはキャリーケースを置かせてもらい、ロビーに戻る。
「じゃあ、とりあえず、ルリアーナさんに挨拶に行きましょう。たぶん、力になってくれる‥‥‥はず」
——その人って…
「そお、セーシアのお姉さんで、大樹管理連盟・僻遠統制局の局長さん」
そして殿下はニッと笑う。
「梢ラボラトリーの前社長さんですね」
——我らが親愛なる残念エルフのお姉さんか……
「その人さー、会う必要あるのかなー? 推進派の人でしょ?」
サブリナが駄々をこねるように尋ねた。
人懐っこいサブリナには珍しい反応で、僕は思わず訊ねた。
「サブリナは会ったことないの?」
「ないよー、私はヒトミッチが社長になってからの契約だから」
態度のデカさに、古株だと思ってたわ。
「別に推進派じゃないですよ。彼女は、中立‥‥‥かな」
「なおさらヤバイじゃん。こっちでは、私達ゲリラだよ! ゲ、リ、ラ」
——ゲリラじゃないだろ?
「彼女ならきっと力になってくれます!」
と、ドン殿下が食い下がる。
「ウソだねー。ゲリラ戦仕掛ける前に裏ボスに挨拶するって、どんだけお人よしだよ!」
——サブリナ。裏ボスではないと思うぞ。
とはいえ、サブリナの言うことも完全に理解できないわけではない。
「殿下。目星つけてる場所に直接向かうんじゃダメなんですか?」
「それは無謀すぎる‥‥‥」
三人で言い合っていると、その時、「ドングラン王子!」と誰かが呼ぶ声が聞こえた。
ドン殿下はその声に振り返り、驚きで目を見開いて固まった。
その視線の先には、一人の女性が立っていた。
「ルリアーナ‥‥‥さん」
ドン殿下が絞り出すように言う
女性はにっこりと微笑み返す。
「ご無沙汰しております、殿下。今日はどうなさったんですか?」
ゲリラ失敗!!
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