第6話 ガンちゃん
岩田さんは穴が開くほど僕の履歴書を見つめ、しばらくコンピューターを操作した後、深い溜息をついて僕を睨んだ。
「拝見しました。こちらからお伺いするのも失礼かと思いますが、入社に至った経緯をご説明いただけますか?」
「ガンちゃん、それ昨日説明したじゃーん」
梢社長が岩田さんの肩をぺんぺんと叩きながら声を上げる。
「社長。私は森川君に聞いてるんだ。ちょっとお口チャックでお願いします」
叱られて頬を膨らます梢社長。……なんか可愛い。
——しかし岩田さん、その顔で『お口にチャック』って…。
「昨日、梢社長に誘われまして、これも何かのご縁かと思い入社することにしました」
向かいで梢社長が「そうそう」とニコニコ顔で頷く。
そんな彼女を無視して、岩田さんが続ける。
「この会社が何をする会社か、きちんと理解しているのかな?」
「えーと、中央にある樹の管理とお聞きしました」
ウンウンと大きく頷く梢社長。
その姿を、岩田さんも視界の隅にとらえてるはずなのに、さっきから一切無視だ。
「聞くところによると、ハローワークで社長と出会ったそうだが、怪しいとは思わなかったかい?」
「正直思いましたけど……」
梢社長が「ウソー!」と大げさに声を上げ、両手で頬を押さえた。
——ていうか、あの状況が普通と思う彼女にびっくりだ。
「しかも、社長がエルフだと名乗ったらしいが、森川君はそれを信じたのか?」
そう言う岩田さんに梢社長は「だってさー」と声を上げる。
岩田さんはそれを手で制し、続いてその手を僕に差し向け答えを求めてくる。
「えーと、それって本当なんでしょうか? 確かに耳は見せてもらいましたが、さすがにエルフとは思ってないです。たぶん、何かご事情があっての‥‥‥コスプレ エルフ?」
そう答えると、梢社長が露骨にショックを受けたように目を見開き固まる。
まるで、ガーン!という効果音が聞こえてきそうだ。
一方で、『コスプレ エルフ』という言葉がツボにはまったらしい岩田さんは、両手で顔を覆いながら「ぐふっ、ぐふっ」と肩を揺らし、気味悪い笑い声を漏らしている。
一通り笑った後、岩田さんが咳払いをして場を戻す。
「失礼した。で、森川君。この会社は非常にデリケートな情報を扱っています。それゆえに、君には厳格な守秘義務を負っていただく必要があるんだが、そこは理解できてるかい?」
「具体的にはどういうことですか?」
「そうだねー」
岩田さんは手元のカップを取り、一口お茶をすする。
隣に座る梢社長は、まだ『コスプレ エルフ』のショックから立ち直れず、固まったままだ。
「この会社で知り得たことは一切口外しない。それから、時には嘘でごまかしてもらうこともあるかもしれない」
「嘘ですか? それって、犯罪‥‥‥という事ですか」
イヤイヤイヤ!と、顔の前で手を振る岩田さん。
「犯罪にはならない。それがたとえ虚偽の発言であったとしても」
そう言って彼は一拍開け続けた。
「それに、理由もなくこちらから危害を加えるようなことはしない。ただし、逆に危害を加えられることは……あるかもしれないね」
「危害を受ける……ですか?」
——まさか、本当に命の危険がある?
不安そうにしている僕を見て、梢社長が慌ててフォローに入る。
「大丈夫だよ! 森川君には、名刺を渡したから安心して!」
その言葉に、岩田さんが驚いて梢社長を睨む。
「名刺を渡したんですか!」
「渡したよー。だって何かあったら困るじゃん?」
平然と答える梢社長に、岩田さんは呆れたように額に手を当てた。
「そもそも社長はなんで彼をスカウトしたんだ?」
「だって、ガンちゃんだって現地社員入れたほうが良いって言ったよねー」
「だから、ちゃんと調べてから紹介すると言いましたよね!」
——なんか言い合いが始まってます。
「待って待って。いつまで経っても見つからなかったじゃない!」
「いやいや、私言いましたよね。ちょっと時間かかりますよって。身元や人柄、能力とか、いろいろ調査する必要があるんですよ」
「大丈夫だよ。森川君、良い子だよ?」
「そういう問題じゃないんだ!」
岩田さんは、ごっつい手のひらでテーブルをバンッと叩いた。
——だんだん白熱してきちゃったな……居たたまれない。
それに、二人の周囲になんだか暗い靄のようなものが立ち上っているようにも見える。
「そもそも何で昨日! 軽率すぎるでしょ」
岩田さんが声を荒らげる。
「だって、ルリ姉さんが『探し人現る』のが明日だよって連絡くれたんだよ。だから昨日探しに行ったんじゃん!」
「……それって、予言か?」
「ルリ姉さん、こないだネットで私が買った『はじめての占い』って本にはまっちゃって……」
「単なる占いじゃねーか、それ!」
「それに、ドンさんがこの前『人探すんなら冒険者ギルドに行け』って言ってたから! だから探しに行ったの!」
「『ハローワーク』は『冒険者ギルド』じゃねーよ!」
二人が今にも胸倉を掴み合いそうな勢いで言い争っている。
これは止めないと危ない……! そう思って、つい声を上げてしまった。
「あのー、あのー、ちょっと落ち着いてください!」
その言葉に、二人揃ってグルンと首を回して僕を睨みつけてくる。
「あの……僕から質問いいですか?」
「「なに!」」
「えーっと、雇用条件についてなんですが……」
「「普通!」」
ハイ、ですよねー。
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