第59話 どうすんのかなー
ドン殿下は、真っ直ぐ僕を見つめる。
そして、大きく溜息をつき、言った。
「……断れませんね。それに、オフィーは僕の大事な友人だし」
その様子を見て、梢社長が心配そうに顔をしかめる。
「ねえ、ドンちゃん、それって結構マズくない? 立場的に……」
——立場的?
ドン殿下は、苦笑しながら肩をすくめる。
「そうだね……。でも、親友が困ってるのに見過ごすことはできないよ」
その顔には、どこか吹っ切れたような覚悟があった。
「立場的にって、どういうことですか?」
僕が聞くと、梢社長が説明する。
「いくら継承権が低くても、ドンちゃんは王位継承権を持つ王族でしょ? 今回の件で動けば、結果的にお兄さん──カルビアン第二皇太子に反旗を翻す形になるよね」
——なるほど。継承権争いに名乗りを上げるみたいなものか。
「もともと、王位には興味がないからね。問題ないよ」
「ウソ! 本人がその気でも、周りが放っておくわけないでしょ! 下手すれば身の危険だってあるんだよ!」
——身の危険って……王族、メンドクセー!
「私が探しに行きます。これでも社長だし! 社員を守るのも社長の責任……でしょ?」
「セーシア。君こそまずいんじゃないのか? お姉さんは大樹管理連盟・僻遠統制局の局長だろう? 君が動けば、ルリアーナさんの立場が悪くなる」
ドン殿下の言葉に、梢社長は一気にシュンと落ち込む。
「ルリアーナさんって、社長のお姉さんなんですか?」
ドン殿下が頷く。
「去年までは、セーシアのお姉さんがここの社長だったんだ。でも、僻遠統制局の局長に就任したのをきっかけに、セーシアが社長になった」
「で、それの何が問題なんです?」
ドン殿下は言いづらそうに視線を逸らす。
「……ちょっと二人の前では言いにくいんだけど……」
言いづらい? 何か事情があるのか?
「もともと転移計画は、大樹の恵みを手に入れるために考えられたものなんだ。大樹の価値を知らない世界から、それを転移させる。建前は大樹の保護で、本音はその力を手に入れること……そういう計画だよ」
大樹の価値を知らない世界……か。
確かに、この世界では大樹の存在自体、ごく一部の人間しか知らない。
もし知れ渡ったら、どこかの傭兵集団みたいに私利私欲のために奪い合う火種になるだろう。
神戸氏が言っていた言葉を思い出す——『大樹なんて存在しない方が良い』
それなら、転移させてしまったほうがいい。
そんな考えも否定できない。
「梢社長のお姉さんは、その推進派なんですか?」
「……お姉ちゃんが推進派なのかは分かんない」
社長は目を伏せる。
——なるほど。背景が見えてきた。
つまり、大樹の転移は皇国に莫大な利益をもたらす。
その計画が進む中、事故に遭った二人を救出しようとすれば、転移計画を推し進める強硬派にとっては妨害行為と見なされかねない。
つまり、この救出は皇国の利益を損なう行為だと判断される可能性がある、ってことか。
まったく、面倒な話だ。
こっちはただ、巻き込まれてしまった人を助けたいだけなのに——。
……いや、それだけ大樹の恩恵が計り知れないということか。
「殿下や社長はどう思ってるんですか?」
ふと気になり、訊ねてみた。
社長は俯いたまま答えない。
そんな彼女をちらりと見て、ドン殿下が口を開く。
「私は、転移自体に意味がないと思っている」
予想外だったのか、梢社長が驚いたように殿下を見る。
「実はこう見えて、大樹の研究をしていてね。結論から言えば、大樹は、その地に生まれた者にしか恩恵をもたらさない。そう考えているんだ」
ズイと身を乗り出し、僕とサブリナを見つめる殿下。
「先日、森川さんとサブリナさんが大樹に触れた時のことを聞いた時、それは、我々が皇国にある大樹に触れた時と同じだと思った。一方で、私たちが、ここにある大樹に触れても何も感じなかった」
そこで彼はひとつ息を吐く。
「最初は、この世界の大樹がまだ若いせいだと思っていた。でも違った。二人は確かに大樹の力を感じていた。つまり——大樹の力は、その世界に属する者にしか作用しない。まだ仮説だけどね」
そう言うと、ドン殿下はお茶をひと口飲み、深く息を吐いた。
事務所の中に、重い沈黙が落ちる。
まるでここには誰もいないかのように。
その静寂を破ったのは、サブリナだった。
「でさー、どうすんの? 大樹の恩恵がどうとかより、今はオフィーとツバッチー助ける方が大事じゃん?」
僕も、社長も、ドン殿下も、思わずサブリナを見る。
その視線に、彼女は乱暴に頭を掻きながら言った。
「ドンチーもヒトミッチも行くのが難しいならさ、モリッチが行けばいいじゃん!」
——は!?
「だってモリッチはここの社員だし、仲間を助けに行くのは別に変じゃないっしょ? それに、そっちの世界のしがらみなんて関係ないし!」
「いやいやいやいや、何言っちゃってんの!? 異世界とか何も分かんないし! 行っても何もできないって!」
「それはさー、ヒトミッチとドンチーがフォローすんの! それなら行けるっしょ?」
サブリナは梢社長とドン殿下に視線を送る。
しかし、二人は固まったまま、何も答えない。
「大丈夫だって! 私も一緒についてってやるからさ!」
そう言って、満面の笑顔でサムズアップしてくるサブリナ。
——それ、自分が行きたくて言ってない!?
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